菩提樹の猫

無一物

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14章 エミリエンヌ嬢を捜索せよ

12 いっぽう

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◆◆◆◆◆


「またあの男か……」

 ジルドを殺した男が今度はトーニまでも手にかけようとした。
 レーリオは、ナタナエルの生まれ変わりであるバルトロメイの存在を無視できなくなった。

 トーニはブーフザビャック自治区でレネたちの跡を追っていたが、襲撃させた男たちと別の場所に隠れていたにも関わらず見つかり、バルトロメイの投げたナイフが太ももに刺さり負傷する。
 傷自体は致命傷ではないが、ろくに手当てをせぬままファロまで移動してきたので、もし癒し手の治療を受けなければ死んでいただろう。
 失血が酷かったため、傷自体は癒えたもののまだ臥せったままだ。

「そのバルトロメイとかいう男、気になる存在だな」

 短く刈り込んだ煤色の髪にレンガ色の肌をした男が、興味深げに口元を歪めて笑う。

 この男——ジャロックは、レーリオが新しく雇った傭兵だ。
 以前からずっと声をかけていたのだが、数年前から千歳であっていた内戦に参加していたので、ボークラード大陸に戻ってきたのはつい最近だ。
 ジルドがいなくなり、自分にも腕の立つ護衛が必要だと思っていた時だったのでちょうどよかった。

 ジャロックは『人食い鮫』という二つ名を持つ。
 血の匂いを嗅ぎつけたらすぐに寄ってくるところからつけられたというが、いかにも戦地を渡り歩くこの男らしい名前である。

 剣の腕はジルドより上だ。

「お前が最優先して殺すべき相手だ。もっとやる気の出る情報を提供してやろうか?」

「なんだ……?」

 ジルドと同じ金色の瞳がこちらを横目でチラリと窺う。
 ただ同じ瞳の色というだけで死んだ人間を思い出すなんて、自分は思った以上にジルドの死が堪えているのだろうか……。
 トーニ負傷もあって、最近レーリオは死に対して少し臆病になっていた。


「バルトロメイは『紅い狼』の実の息子だ」

「ほう……息子も親父くらい強いことを願うな。どうせやり合うなら強い相手がいい」

 この男は金を稼ぐためではなく、強い相手と殺し合うために傭兵稼業へ身を染めている。
 ジルドもそうだったが腕の立つ人間は皆どこか狂っている。

「腕利きの仲間が一人殺されたからな、もし戦うことになっても油断せずにかかれよ」

「あんなみたいな半端もんに口を挟まれたくねえな」
 
「わざわざ警告してやってんだから黙って聞いておけ」

 雇い主は自分だというのに、口の悪い男だ。
 全く剣が使えないトーニに比べたら、まだ自分は戦えるだけマシだというのに。
 
 少々生意気な口をきいても、滅多に雇えるような男ではないので、レーリオもこれ以上とがめたりはしない。


「奴らは今、ファロに来ている」

「じゃあさっさと、とっ捕まえに行こうぜ」

 この男はもしかして脳筋だろうか……考えがあまりにも短絡的だ。
 
「人の話をちゃんと最後まで聞け。レネたちは、グリシーヌ公爵家に滞在している」

(よりによって……)

 レーリオは以前グリシーヌ公爵家へ盗みに入ったことがあるので、どれだけあそこの警備が厳しいかわかっている。
 特に今巻き起こっている騒動のせいで家の中はピリピリしているはずだ。
 できることならあの屋敷には近付きたくない。

「あいつらただの平民だろ? どうしてそんなところに入り込んでんだ?」

「レネが、あそこの孫と知り合いだ。それに島へ行くには公爵家が出している船に乗る必要がある」

「そうか。でもずっと屋敷にこもってるわけじゃないだろ? 外に出た時を狙ってかっさらえばいい。居場所はすでにわかっているから捜し出す必要もないし楽じゃないか」

「そうかもしれないが、そう簡単にいくと思うか?」

「いや、それしかできることはないだろ。レネが外に出たら、どうにかして他の連れと引き離す手を考えようぜ」


 
◆◆◆◆◆



 森の中にある湖の真ん中にひっそりとある白亜の建物。
 ここはセキアにある山城ほど大きくはないが、スタロヴェーキ王朝時代の神殿だった場所だ。
 この神殿も弾圧された神官たちが最後まで立てこもった場所で、二千年経った今でも全く朽ちない建物を彼らの怨念がそうしているのだと恐れて、弾圧した側であるこの国の人間は近寄ろうとしない。

『復活の灯火』は元はといえば、神がこの地から消えたと共に人々から弾圧された神官たちの集まりだ。
 こうして打ち捨てられた自分たちの神殿を、再び根城として利用している。
 

「様子はどうだ?」

 四十代前半の黒髪の男——トリスタンが部屋に入ってきた女に尋ねる。

「なにかおかしいって気付いたみたいだけど、まだ大丈夫よ」

 女も黒髪で目の周りを黒くふちどったレロでは珍しい化粧をしていた。
 服装もカラフルな刺繍を施したローブを纏い、じゃらじゃらと派手なアクセサリーをつけている。
 トリスタンが五、六年前から相方として活動を共にするようになった詐欺師のブリジットだ。

 ブリジットは占い師として貴族の奥方や金持ちの商人たちを相手に、高額の占い料金を巻き上げていた。
 もちろんブリジットは占いなどできない。
『馬車に乗る時は気をつけろ』や『赤い服を着た男が不幸な目に遭う』など、客に告げた何気ない未来をトリスタンが演じ役となり現実のものとする。

 こんなバカみたいなことでも客は占いが当たったと信じてしまうのだ。
 神のないこの国で、人々は心の支えを求めている。
 だからブリジットの元へと何度か通ううちに、すっかり客たちは占い師に心酔している。

 そんな中でも特に熱心な客には新たな王の予言を聞かせ、興味がありそうな者だけを選んで、この神殿に連れてくるのだ。
『復活の灯火』の目的と、魔法が存在した古代王朝時代の素晴らしさを語り、現在の西国三国がどれだけその事実をひた隠しにしてきたかを語れば、たいていの人間は国についての不満をも漏らす。

 今回も十代の夢見がちな娘を騙して、この神殿に連れて来ていた。
『復活の灯火』にとって、その娘は大きな役割を果たす存在だ。

 ブリジットに娘の世話をさせているが、あと数日もすれば家に帰せと騒ぎだすに違いない。
 
「それにしても、公爵家の娘が行方不明だなんて前代未聞の事件だが、やっぱり嫁入り前の娘が消えたなんて口が裂けも外には言えないだろうな」

「そりゃあそうよ。キズモノになったって噂が立っただけで縁談も来なくなるし」

 直接会って少し話したが、あれだけ恵まれた暮らしをしていながら、あの娘は現状に不満があるようだった。

「グリシーヌが本気を出さないうちに、レーリオの奴が早く『契約者』を捕まえないと、この根城まで見つかっちまうな……」

 レーリオが以前、グリシーヌの屋敷から古文書を盗み出したときに余計なものまで連れてきたせいで、あの屋敷の警備が厳しくなったという過去がある。
 
 もともとレーリオはセキアを中心に活動しており、トリスタンの本拠地であるファロの猟場を荒らされて以来、ずっと恨みを持っている。
 そんなレーリオが『契約者』を追ってファロにやってきているのだ、本当ならば追っ払ってやりたいところだが、カムチヴォスの命令なのでそれもできない。

 今はレーリオが『契約者』を連れて来るのを待っている状態だ。

(あいつから足を引っ張られるのだけは勘弁だぜ……)
 
 主役が来ないと、せっかく自分たちの整えた舞台が全部無駄になってしまう。
 苛々とした気持ちが募る中、トリスタンは隣に座っているブリジットの太ももに手を伸ばし気を紛らわせた。


 

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