菩提樹の猫

無一物

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16章 メストへの帰還

5 悔恨の塔の鐘が鳴る

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◆◆◆◆◆



 三の月に入ったというのに、この日はまるで冬に逆戻りしたかのように寒く、鈍色の空にはチラチラと雪が舞っていた。

 
『悔恨の塔』の敷地内にある塀で囲まれた広場、黒い服を着た男たちが並ぶ。

 ガランゴロンと塔の一番上に設置された鐘が鳴る。
 
 それは処刑の合図。
 低い音はここで命を絶たれた亡者たちのうめき声のようだ。
 
 羽を休めていたカラスたちが一斉に飛び立ち、鐘の音に合わせるように乾いた金属のような鳴き声を上げた。
 
 
「これよりカムチヴォス・ドホーダを斬首刑に処す」

 鷹騎士が罪状を読み上げると、引っ立てられてきた罪人をその場へ膝立ちにさせ、シャツをはだけさせ首もとを露にした。
 罪人には目隠しがされており、やって来た死刑執行人の姿は見えない。


 公開処刑ではなく『悔恨の塔』の敷地内での処刑なので、見物人はほとんどいない。
 少ない見物人の中には、『山猫』の長であるドプラヴセ、そして第二王子のラドスラフの姿があった。

 この王子は変わり者として有名で、好んで罪人のいる『悔恨の塔』を出入りし、罪人の拷問や処刑をこうして見学しに来るのだ。
 
「いつもの処刑人は下手くそだからなぁ……一太刀では首は落ちないだろうな。きっと今日も僕を楽しませてくれるに違いない」

 ラドスラフは豪奢な金髪を弄りながら、薄笑いを浮かべている。
 人が苦しむ姿を見るのが何よりの楽しみなのだ。

 
「……ん? いつもの処刑人はもっと厳つい男だったが、今日は違うな……」

 死刑執行人は真っ黒の衣装に、不気味な鉄仮面を着けているので、人物の判別がつきづらい。
 しかし明らかにラドスラフが楽しみに待っていた大男とは違う。

 細身の身体で斬首用の大きな両手剣を持っているが、いつもの大柄な男もうまく扱えないくらいの剣だ、きっと今日の死刑執行人も一太刀では斬れぬまい。
 ラドスラフは気を取り直して、処刑の様子を見守ることにした。
 
 処刑人は身体に似合わぬ大剣を手にしてもふらつくことなく構える。
 その所作はまるで騎士の様で、妙に様になっていた。

 
 灰色の空に、真っ赤な血を振りまきながら罪人の首が飛んでいく。

「なっ……」
 
 一瞬の出来事に、ラドスラフは我が目を疑った。
 いつもはそう何度もやり直すのに、今日はいとも簡単に首を切り落としてしまった。
 
 
 何事もなかったように、死刑執行人は剣の血を振り払うと、石畳の地面に落ちた首を拾い台の上に置く。
 目隠しのとれた生首は、黄緑色の瞳を見開き、まだ自分の死を認識できていないかのような顔をしていた。
 
 雑用人が二人がかりで大きな麻袋の中に首のなくなった死体を入れ、荷車に乗せて運んでいく。
 

 最後に死刑執行人が見学者たちに一礼すると、仮面の横からハラリと灰色の髪が一房こぼれ、そのまま処刑場となった広場から去っていった。
 
 

「——おいドプラヴセ、今日の処刑人は初めて見るが誰なんだ?」

 
 自分の少し後ろで処刑の様子を眺めていた男にラドスラフは問いかけた。
『山猫』の長とはこの『悔恨の塔』でよく顔を合わせる。
 
 暇つぶしに隠し部屋から拷問の様子を眺めるのが、ラドスラフの楽しみの一つだ。
 平民や下級貴族たちは拷問官たちが担当するが、上級貴族の拷問だけは『山猫』のドプラヴセが受け持つ。

 容疑が確定するまでは、身分の高い人物をむやみに傷つけることはできない。
 ドプラヴセの拷問は、ゆっくりと岩に染み入り長い時間をかけて砕く水のように、ほとんど相手の身体を傷つけることなく追い詰め、罪を自白させていく。
 
 身体を傷つけなくとも、相手に痛みを感じさせる方法は沢山ある。
 囚人の痛覚だけを研ぎ澄まさせて、肉体的・精神的に追い詰めていく様子は、官能の頂点に達するような淫靡な快感をラドスラフにもたらすのだ。

「担当が体調不良になり、急遽代役を立てました」

 ラドスラフの問いに答える男の瞳は沼のように濁っている。
 まるで自分を見ているみたいにそっくりな目だ。
 この男にはいつもシンパシーを感じずにはいられない。
 
「そうか……あまりにも見事な腕だったから、楽しみが削がれた」

「ご安心ください。次回からはいつもの処刑人に戻りますので、お楽しみいただけるかと思います」


 ラドスラフの目には、鮮やかな一太刀で斬首した死刑執行人の姿が焼き付いたままだった。
 






【後書き】
そりゃあシンパシーを感じるはずです。しかしラドスラフはドプラヴセの本当の正体を知りません。

(確か……【菩提樹の猫】ではドプラヴセの正体を明かしてなかったと思うのですが、気になる方は【副団長にはどうやら秘密が沢山あるようです】の秘密のお仕事の方に出てきます)



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