宴もたけなわではございますが、異世界に呼ばれましたので

バラモンジン

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1.荒野に降り立つ乙女

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 奈月の目の前には、焼け焦げた森が広がっていた。

 普通の森林火災などではない。木々がいびつに薙ぎ倒され、生木のうちに裂けた形のまま、炭になっているからだ。奥の方では、まだ煙がくすぶっている。

「これは、いったい何なの?」

 奈月は現状が呑み込めなかった。さっきまで結婚式の披露宴で、キャンドルの炎に見惚れていたはずなのに。これも演出?のわけがない。

「陽一さん?」

 奈月は頼れる高瀬陽一の名前を呼んだ。

 いない。

 どうして? ここはどこよ! 奈月がパニックになりかけた時、

「危ない!」

という声がして、とっさに顔を上げると、目の前に飛行する巨大な生き物が迫って来ていた。

「きゃあああ、いやああああ!」

 奈月は目をつぶって闇雲に腕を振り回した。
 
 すると、握ったままのキャンドルトーチのスイッチに勢いよく指が当たり、カチッという音がして火が着いた。奈月自身はそれに気づく余裕もなく、青白い炎を噴き出しているトーチを振るい続けた。


 しばらくして奈月は我に返った。
 何ものからも攻撃されていないことに、やっと気付いたのだ。

「あ、火がついてる」

 トーチはオレンジ色の小さな炎を出していた。慌ててスイッチを切り、改めて周囲を見回した。


「巫女様?」
「聖火の巫女様なのか」
「おお、白き衣の巫女様じゃ」

 後ろから声が聞こえた。

 奈月が振り返ると、石ころだらけで、まだらに草の生えた荒涼とした景色が広がっていた。そこに十人ほどの疲れ果てた様子の男たちが立ち尽くしていた。年代もバラバラで、衣類はあちこち破れ、全身が埃や煤にまみれていた。手には剣や槍を持っている。

 幸いなことに奈月は男たちが話している言葉が理解できた。日本語ではないのに、なぜ分かるのだろう。いや、それよりも、ここがどこなのか知りたい。さっきの空を飛ぶ恐竜みたいなのモノは何なのか、奈月を襲わなかったのはなぜなのか、この焼け焦げた森はどうしたのか。教えてほしいことが山ほどあった。

 先ほどの『巫女様』発言からして、奈月に対して酷いことはしないだろうと考えて、彼らと話をしてみることにした。ゆっくりと彼らの元に向かう。

 奈月は風の吹く中、白いウェディングドレスの裾を翻して歩いた。片手に真鍮製のキャンドルトーチを持ち、頭には煌めくティアラ、首元には結婚式でしか見ないような豪華なネックレスを着けている。どちらもキラキラしくて場違い感がひどい。

『空気の読めない女だと思われたらどうしよう。違うんです、たまたま、さっきまで披露宴の主役だったんです』

 奈月は心の中で誰にともなく言い訳をした。

 それにしても歩きづらい。パンプスは高瀬陽一との身長差を縮めるために、かなり無理をして十センチのピンヒールを履いている。奈月は転ばないように慎重に歩いた。

『こんなフラフラとみっともなく歩いていたら、ばかにされるかも』

 奈月は不安に思ったが、近づいてみると男たちの顔は歓喜に輝いていた。

「聖火の巫女様」
 
 ひとりがそう言って跪くと、次々と男たちがそれに倣った。

「巫女様、我らをお救いくださって、ありがとうございました。俺たちはあの飛竜と刺し違える覚悟を決めたところでした。それを巫女様が聖なる炎で跡形もなく消してくださるとは」

「本当に信じられねえ。聖火の巫女様など、伝説だとばかり思っとった。ありがたいことだ」

「巫女様は我らの命の恩人だ。ありがとうございます。俺らと一緒に村まで来てもらえないだろうか。話を聞いてほしいんだ。頼む」

 口々にお礼を言われ、奈月は戸惑った。奈月としては、目を瞑ったまま滅茶苦茶にトーチを振り回していただけなのだ。あれで飛竜が消えてしまったなどと、にわかに信じられるものではなかった。しかし、現実に飛竜はいなくなった。それが誰の仕業であれ、目出たいことに変わりはなかった。

『だけど、どうしよう。聖火の巫女様とか言われてるけど、そんなの知らない。本当に私のことなのかな。後から詐称だなんだと罪に問われて殺されたりしない? どうしたらいい? 陽一さん』

 奈月はこれまで、困った時はいつも陽一に頼ってきた。陽一も頼りにされることを喜んでくれていた。だけど今は陽一がいない。この先帰れるかも分からない。自分でなんとかするしかないのだ。

 そんな奈月の密かな葛藤などに気付くものはおらず、絶体絶命の危機から救われた奇跡に、男たちは上機嫌で奈月を持てはやした。

 村までは一時間ほど歩くらしい。言葉が勝手に日本語に翻訳されるのと同じように、時間の単位もうまいこと換算されるようだった。

 しかし、このヒールでそんなに歩けるだろうか。奈月が不安に思っていると、遠くの方から何かがすごい速さで近づいて来るのが見えた。馬?に乗った人?

「あれは、領主様のとこの若様じゃないか?」

 まだ五百メートルくらいあるというのに、男たちは馬上の人物が判別できるらしい。

 近くまでやって来た若様とやらに、ひとりの男が事情を説明すると、奈月は馬に乗せてもらえることになった。馬の背は思った以上に高いし揺れるしで怖かったが、ピンヒールで歩き続けるよりはましだと思って我慢した。

『でもなんで私なんだろう。聖火とか、伝説とか、飛竜とか、私の人生におよそ関係ない単語ばかりだ。人違いだったらどうしよう。飛竜を消し去った覚えなんてないのに。だいたいキャンドルトーチの火なんかじゃ、雀の丸焼きだって無理だと思う。いわんや飛竜においてをや』
 
 思わず苦手な古文が紛れこんだあたりで、馬上で後ろに座っている若様に話しかけられた。

「名は何という」

「奈月です」

「手にしているのが聖具か?」

「ただのトーチです。ウェディングトーチとか、キャンドルトーチとも言います。聖具という認識はありませんでした」

「そうなのか?」

「はい」

『そうだよ。そんなん言ったら、模造剣持って勇者の剣って言うくらい痛いやつじゃん』

「村に着いたら改めて見せてくれないか。いずれ魔導院か賢者様に鑑定してもらった方が良いだろうな」

「え? そんな大それた物ではないと思うのですが」

「だが、飛竜を数撃で消滅させたそうではないか。浄化というのか?」

「浄化!? そんなことはできません。炎が出た状態のトーチを振り回していただけです。怖くて目をつぶっていたので、飛竜を消したのが私なのか確証が持てません。お願いします。見ていた皆さまにもう一度確認してください」

 奈月は若様に懇願した。魔導院だの賢者様だの、大事になり過ぎる。さっきの人たちから大袈裟に感謝されるだけでも居た堪れなかったのに、偉い人の元まで連れて行かれたらどうなってしまうのか。戦々恐々とする奈月をよそに、徒歩の男たちは、村を挙げての巫女様歓迎会の計画で盛り上がっていた。

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