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第40話 ~アッシュの求婚~
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第40話 ~アッシュの求婚~
祭りの熱気が冷めやらぬ翌朝。村は昨夜の成功に満ち足りた雰囲気に包まれていた。俺は村の中央広場で村長と最終打ち合わせを行っていた。
「いやあ、まさかここまでの大成功になるとは」
村長は満面の笑みを浮かべながら言った。
「おかげで村の評判も上がるでしょう。これも全てあなた方のおかげです」
俺は謙遜しながらも内心誇らしかった。みんなの協力があってこその成功だ。
「それより」
村長の声が少し落とされる。
「アッシュ様のことですが……」
言葉を濁す様子に事情を察する。昨日の夜から彼の行動がおかしいことは村中が知っていた。
「彩音殿を探しておられるようです」
「そうでしょうね」
溜息交じりに答える。あんな劇的な出会い方をすれば当然だろう。
「お断りは難しいですか?」
率直な問いに俺は黙り込んだ。高位貴族の申し出を無下にすることはできない。かといって彩音の意思を無視することもできない。
「まずは本人に会ってもらうしかないでしょう」
俺の答えに村長は困ったような表情を浮かべた。
---
その日の夕方、予想通りアッシュが再び現れた。今回は使用人をと共に数人で訪ねてきたという。
「彩音殿をお願いします」
使用人を通じて伝言があった。俺は直接対応するために彼の待つ来賓室へ向かった。
「お待ちしておりました」
部屋に入るとアッシュが立ち上がって迎えてくれた。昨夜の祭り衣装ではなく簡素な旅装だが優雅さは変わらない。
「単刀直入にお聞きします」
俺が切り出すと彼は真剣な表情になった。
「彩音のことについて」
「彼女について」
アッシュの言葉に部屋の空気が張り詰める。
「一目惚れしました」
ストレートな告白に言葉を失う。彼の赤い瞳には迷いがない。
「率直にお伺いします。彼女は婚約者ですか?」
質問の意図を理解するのに時間がかかった。つまり婚約者がいないなら求婚しても良いのか、ということだ。
「いいえ」
正直に答える。彩音とは同居しているが恋人関係ではない。
「ありがとうございます」
アッシュの表情が明るくなる。
「それでは明日改めて正式に申し込みに参ります」
「ちょっと待ってください」
慌てて制止する。話があまりにも一方的すぎる。
「彩音の気持ちを考えたことがありますか?」
「もちろん」
彼の声には自信が滲んでいた。
「彼女が自分の意志で選択できるよう環境を整えます」
その言葉に違和感を覚える。まるで上から目線の物言いだ。
「彩音は自分で決められます」
強く主張するとアッシュは不思議そうな顔をした。
「しかし平民の娘でしょう?」
その言葉に拳を握りしめる。これが貴族の価値観なのか。
「彼女は特別な存在です」
俺の声に力がこもる。
「ただの平民ではありません」
「なるほど」
アッシュの表情が変わった。興味深そうな眼差しになる。
「面白い。ますます欲しくなりました」
この男の危険な部分を見てしまった気がする。彩音を玩具扱いしているようで腹立たしい。
「とにかく」
話題を変えようと努力する。
「明日彩音と会ってください。お互いを知ることが大切です」
「承知しました」
アッシュはあっさり引き下がったがその瞳の奥には執着心が見え隠れしていた。
---
その夜、彩音の部屋を訪ねた。彼女は祭りで使った衣装を整理していた。
「ねえ海斗」
俺の姿を見るなり深刻な顔になる。
「アッシュ様のことだけど……」
どうやら噂を聞きつけたらしい。
「明日会うことになった」
「やっぱり!」
彩音の表情が曇る。彼女にとっても複雑な状況なのだろう。
「どうしたらいいのかな……」
珍しく弱気な姿を見せる。普段の元気が嘘のようだ。
「素直な気持ちを伝えればいい」
俺の言葉に彼女は首を傾げた。
「どういう意味?」
「好きか嫌いかは別として尊敬できる人なのか判断してほしい」
その言葉に彼女は黙り込んだ。
「……わからないよ」
小さな声で呟く。
「こんな状況初めてだし」
確かに突然の求婚に戸惑うのは当然だ。
「無理に決めなくていい」
安心させるように肩に手を置く。
「時間をかけて考えればいい」
「うん……」
彼女は小さく頷いたが不安そうな表情は消えなかった。
---
翌朝早くからマフユが準備を始めた。普段の服ではなく正装らしい着物を選んでいる。
「何故私が?」
彼女の尻尾が不満そうに揺れている。
「大切なお客様だからね」
俺の説明に納得していない様子だ。
「本当は嫌なんだが」
露骨に態度に出す彼女に苦笑する。やはりアッシュに対して敵意を持っているようだ。
「私の立場は?」
突然鋭い質問をしてきた。
「彩音のサポートとして同行してくれ」
「なるほど」
微妙な言い回しに何か含みを感じる。
「私が代わりになってもいいんだぞ?代わりになってあの男の鼻をへし折ってやる」
冗談めかして言う彼女に思わず噴き出してしまう。
「それは無理だろう」
「なぜ?」
「マフユはマフユだ。マフユの大切な人とそうなればいい」
マフユの耳がピクリと動いた。
「人間の貴族と結婚するのは嫌だろ?」
「そういうものか」
彼女は不満そうに唇を尖らせた。それでも本気で求婚したいわけではないようだ。
---
午前十時。約束の時間ちょうどにアッシュが訪ねてきた。今回は一人で来たようだ。
「お邪魔します」
玄関を開けると彼は深々と頭を下げた。今日の服装はさらに格調高い。正式な場にも通用する正装だ。
「どうぞお上がりください」
リビングに案内すると彩音はすでに座っていた。彼女も正装しているが緊張で表情が硬い。
「お初にお目にかかります」
アッシュが跪いて挨拶する。
「ご尊顔を拝し光栄です」
格式張った挨拶に彩音は困惑している様子だった。
「そ、そんな畏まらなくても……」
彼女の慌てぶりが可愛らしい。
「いえ、これは私の敬意を示す方法ですから」
アッシュの言葉に少し和らいだ空気になる。
「早速本題に入らせていただきたい」
彼は姿勢を正した。
「私アッシュ・レイヴンハートは彩音殿に心惹かれております」
真摯な眼差しに彩音も真剣な表情になる。
「ぜひ婚約の許可をいただきたいと考えております」
部屋に沈黙が流れる。彩音は言葉を探しているようだった。
「あの……」
やっと絞り出した声は震えていた。
「私は平民ですし」
「それが何の障害になりますか?」
アッシュが即答する。
「貴族であろうと平民であろうと愛があれば問題ないはずです」
その言葉に彩音の瞳が潤むのが見えた。
「私には夢があります」
彼女が勇気を出して言葉を続ける。
「ここでやりたいことがあるんです」
「夢とは?」
「新しい文化を広めること……です」
その瞬間彼女の瞳が輝いた。
「私の『コスプレ』で多くの人に喜びを与えたいんです」
「素晴らしい!」
アッシュが熱っぽく叫ぶ。
「まさに革命的な夢です!」
彼の賛辞に彩音は驚いた表情を見せた。
「その夢を実現するためなら私も協力しましょう」
「本当ですか?」
「もちろんです。資金でも人脈でも必要があれば提供します」
アッシュの申し出は魅力的に聞こえるが何か裏がありそうで警戒する。
「でも……」
彩音が言葉を選ぶように慎重に続ける。
「それは自由な活動ができなくなってしまいますよね?」
鋭い指摘にアッシュは一瞬言葉を失った。
「自由も保証します」
「約束できますか?」
「絶対に」
その言葉に俺は不安を感じた。貴族社会で本当に約束が守られるのか疑問だ。
「少し考えさせてください」
彩音が疲れたように言った。
「すぐに答えは出せません」
「当然です」
アッシュは意外にも潔く引き下がった。
「時間を与えましょう。返事は一週間後に聞きます」
「わかりました」
その答えを聞いて彼は立ち上がった。
「それでは今日はこれで失礼します」
帰り際に彼は振り返った。
「彩音殿の心を射止めるために努力しますよ」
思わせぶりな台詞を残して彼は去っていった。
---
扉が閉まった瞬間彩音がソファに倒れ込んだ。
「もうダメ……緊張で死にそうだった……」
「お疲れさま」
俺が労うと彼女は大きく伸びをした。
「正直困っちゃった」
「そうだろうな」
「でも悪い人じゃないみたい」
意外な言葉に驚く。
「どういうこと?」
「ちゃんと考えてくれてる感じがしたんだ」
「なるほど」
「それに夢を応援してくれるって……」
「条件付きだけどな」
俺の言葉に彼女は苦笑した。
「わかってる。簡単な話じゃないって」
「それでどうするつもりだ?」
「うーん……」
彼女は天井を見上げた。
「今は考えてる途中かな」
「焦らずに決めればいい」
「うん」
その表情は穏やかだったがどこか寂しげでもあった。
「それにしても」
突然声を潜める。
「アッシュ様って結構カッコよかったよね?」
「おいおい」
冗談半分の発言に苦笑する。
「冗談だよ」
「あまりからかうな」
「はーい」
彼女は無邪気に笑った。緊張が解けたようで安心する。
「あっ!」
突然大きな声を上げる。
「どうした?」
「思い出したんだけどさ」
彼女は目を輝かせた。
「アッシュ様が言ってたじゃん?夢を応援するって」
「ああ」
「それってさ……」
言葉を切って俺の顔を見る。
「私の夢だけじゃなくて海斗の夢も応援してくれるんじゃない?」
その言葉に衝撃を受けた。
「まさか」
「違うかな?」
「いや……」
彼女の洞察力に驚く。確かにアッシュの言葉には自分にも向けられる可能性がある。
「だとしたら……」
「利用できるかもね?」
悪戯っぽく笑う彼女に感心する。
「彩音は賢いな」
「えへへ」
照れくさそうに笑う姿がかわいらしい。
「とにかく一週間考えるよ」
「それがいい」
「でも一つだけ約束してほしいな」
「なんだ?」
「もし私がアッシュ様と付き合ったら……」
真剣な表情で続ける。
「海斗は応援してくれる?」
「もちろんだ」
「本当に?」
「俺はいつも彩音の味方だ」
「ありがとう」
彼女の顔に安堵の色が浮かぶ。
「それと」
「まだあるのか?」
「もし海斗が誰かと付き合うことになったら教えてね」
「なんでだ?」
「私も応援したいから!」
「わかった」
約束すると彼女は嬉しそうに頷いた。
---
その夜俺は一人で星空を見上げていた。アッシュとの出会いが予想以上に複雑な事態を生み出している。
「海斗」
背後から声がした。振り返るとマフユが立っていた。
「どうした?」
「話がある」
「聞くよ」
「アッシュのことだ」
「ああ」
「信用できると思うか?」
「微妙だな」
素直な意見を述べる。
「ですが彩音にとってはチャンスかもしれません」
「そうだな」
「私としては認めたくないが……」
彼女の尻尾が不安そうに揺れる。
「自分の感情と理性の間で揺れている」
「マフユらしくないな」
「そうか?」
「もっと自分の気持ちに素直になるといい」
「……そうか」
少し考えてから彼女は言葉を続けた。
「彩音が幸せになることが一番大事か?」
「当然だ」
「それならば私個人の感情は置いておくべきか」
「偉いな」
「褒めても何も出ないぞ?」
照れ隠しのように言う彼女が微笑ましい。
「ただ一つお願いがある」
「何でも言ってくれ」
「万が一彩音がアッシュと付き合うことになったら……」
言葉を選ぶように間を取る。
「彼女を守ってくれ」
「約束する」
「頼んだぞ」
「任せろ」
その答えに満足したのか彼女は頷いた。
「それでは休む」
「おやすみ」
「おやすみ」
去っていく彼女の背中を見送りながら思う。この一件は予想以上に大きな波紋を広げそうだ。そして……
「彩音……俺は……彼女が幸せになるなら」
祭りの熱気が冷めやらぬ翌朝。村は昨夜の成功に満ち足りた雰囲気に包まれていた。俺は村の中央広場で村長と最終打ち合わせを行っていた。
「いやあ、まさかここまでの大成功になるとは」
村長は満面の笑みを浮かべながら言った。
「おかげで村の評判も上がるでしょう。これも全てあなた方のおかげです」
俺は謙遜しながらも内心誇らしかった。みんなの協力があってこその成功だ。
「それより」
村長の声が少し落とされる。
「アッシュ様のことですが……」
言葉を濁す様子に事情を察する。昨日の夜から彼の行動がおかしいことは村中が知っていた。
「彩音殿を探しておられるようです」
「そうでしょうね」
溜息交じりに答える。あんな劇的な出会い方をすれば当然だろう。
「お断りは難しいですか?」
率直な問いに俺は黙り込んだ。高位貴族の申し出を無下にすることはできない。かといって彩音の意思を無視することもできない。
「まずは本人に会ってもらうしかないでしょう」
俺の答えに村長は困ったような表情を浮かべた。
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その日の夕方、予想通りアッシュが再び現れた。今回は使用人をと共に数人で訪ねてきたという。
「彩音殿をお願いします」
使用人を通じて伝言があった。俺は直接対応するために彼の待つ来賓室へ向かった。
「お待ちしておりました」
部屋に入るとアッシュが立ち上がって迎えてくれた。昨夜の祭り衣装ではなく簡素な旅装だが優雅さは変わらない。
「単刀直入にお聞きします」
俺が切り出すと彼は真剣な表情になった。
「彩音のことについて」
「彼女について」
アッシュの言葉に部屋の空気が張り詰める。
「一目惚れしました」
ストレートな告白に言葉を失う。彼の赤い瞳には迷いがない。
「率直にお伺いします。彼女は婚約者ですか?」
質問の意図を理解するのに時間がかかった。つまり婚約者がいないなら求婚しても良いのか、ということだ。
「いいえ」
正直に答える。彩音とは同居しているが恋人関係ではない。
「ありがとうございます」
アッシュの表情が明るくなる。
「それでは明日改めて正式に申し込みに参ります」
「ちょっと待ってください」
慌てて制止する。話があまりにも一方的すぎる。
「彩音の気持ちを考えたことがありますか?」
「もちろん」
彼の声には自信が滲んでいた。
「彼女が自分の意志で選択できるよう環境を整えます」
その言葉に違和感を覚える。まるで上から目線の物言いだ。
「彩音は自分で決められます」
強く主張するとアッシュは不思議そうな顔をした。
「しかし平民の娘でしょう?」
その言葉に拳を握りしめる。これが貴族の価値観なのか。
「彼女は特別な存在です」
俺の声に力がこもる。
「ただの平民ではありません」
「なるほど」
アッシュの表情が変わった。興味深そうな眼差しになる。
「面白い。ますます欲しくなりました」
この男の危険な部分を見てしまった気がする。彩音を玩具扱いしているようで腹立たしい。
「とにかく」
話題を変えようと努力する。
「明日彩音と会ってください。お互いを知ることが大切です」
「承知しました」
アッシュはあっさり引き下がったがその瞳の奥には執着心が見え隠れしていた。
---
その夜、彩音の部屋を訪ねた。彼女は祭りで使った衣装を整理していた。
「ねえ海斗」
俺の姿を見るなり深刻な顔になる。
「アッシュ様のことだけど……」
どうやら噂を聞きつけたらしい。
「明日会うことになった」
「やっぱり!」
彩音の表情が曇る。彼女にとっても複雑な状況なのだろう。
「どうしたらいいのかな……」
珍しく弱気な姿を見せる。普段の元気が嘘のようだ。
「素直な気持ちを伝えればいい」
俺の言葉に彼女は首を傾げた。
「どういう意味?」
「好きか嫌いかは別として尊敬できる人なのか判断してほしい」
その言葉に彼女は黙り込んだ。
「……わからないよ」
小さな声で呟く。
「こんな状況初めてだし」
確かに突然の求婚に戸惑うのは当然だ。
「無理に決めなくていい」
安心させるように肩に手を置く。
「時間をかけて考えればいい」
「うん……」
彼女は小さく頷いたが不安そうな表情は消えなかった。
---
翌朝早くからマフユが準備を始めた。普段の服ではなく正装らしい着物を選んでいる。
「何故私が?」
彼女の尻尾が不満そうに揺れている。
「大切なお客様だからね」
俺の説明に納得していない様子だ。
「本当は嫌なんだが」
露骨に態度に出す彼女に苦笑する。やはりアッシュに対して敵意を持っているようだ。
「私の立場は?」
突然鋭い質問をしてきた。
「彩音のサポートとして同行してくれ」
「なるほど」
微妙な言い回しに何か含みを感じる。
「私が代わりになってもいいんだぞ?代わりになってあの男の鼻をへし折ってやる」
冗談めかして言う彼女に思わず噴き出してしまう。
「それは無理だろう」
「なぜ?」
「マフユはマフユだ。マフユの大切な人とそうなればいい」
マフユの耳がピクリと動いた。
「人間の貴族と結婚するのは嫌だろ?」
「そういうものか」
彼女は不満そうに唇を尖らせた。それでも本気で求婚したいわけではないようだ。
---
午前十時。約束の時間ちょうどにアッシュが訪ねてきた。今回は一人で来たようだ。
「お邪魔します」
玄関を開けると彼は深々と頭を下げた。今日の服装はさらに格調高い。正式な場にも通用する正装だ。
「どうぞお上がりください」
リビングに案内すると彩音はすでに座っていた。彼女も正装しているが緊張で表情が硬い。
「お初にお目にかかります」
アッシュが跪いて挨拶する。
「ご尊顔を拝し光栄です」
格式張った挨拶に彩音は困惑している様子だった。
「そ、そんな畏まらなくても……」
彼女の慌てぶりが可愛らしい。
「いえ、これは私の敬意を示す方法ですから」
アッシュの言葉に少し和らいだ空気になる。
「早速本題に入らせていただきたい」
彼は姿勢を正した。
「私アッシュ・レイヴンハートは彩音殿に心惹かれております」
真摯な眼差しに彩音も真剣な表情になる。
「ぜひ婚約の許可をいただきたいと考えております」
部屋に沈黙が流れる。彩音は言葉を探しているようだった。
「あの……」
やっと絞り出した声は震えていた。
「私は平民ですし」
「それが何の障害になりますか?」
アッシュが即答する。
「貴族であろうと平民であろうと愛があれば問題ないはずです」
その言葉に彩音の瞳が潤むのが見えた。
「私には夢があります」
彼女が勇気を出して言葉を続ける。
「ここでやりたいことがあるんです」
「夢とは?」
「新しい文化を広めること……です」
その瞬間彼女の瞳が輝いた。
「私の『コスプレ』で多くの人に喜びを与えたいんです」
「素晴らしい!」
アッシュが熱っぽく叫ぶ。
「まさに革命的な夢です!」
彼の賛辞に彩音は驚いた表情を見せた。
「その夢を実現するためなら私も協力しましょう」
「本当ですか?」
「もちろんです。資金でも人脈でも必要があれば提供します」
アッシュの申し出は魅力的に聞こえるが何か裏がありそうで警戒する。
「でも……」
彩音が言葉を選ぶように慎重に続ける。
「それは自由な活動ができなくなってしまいますよね?」
鋭い指摘にアッシュは一瞬言葉を失った。
「自由も保証します」
「約束できますか?」
「絶対に」
その言葉に俺は不安を感じた。貴族社会で本当に約束が守られるのか疑問だ。
「少し考えさせてください」
彩音が疲れたように言った。
「すぐに答えは出せません」
「当然です」
アッシュは意外にも潔く引き下がった。
「時間を与えましょう。返事は一週間後に聞きます」
「わかりました」
その答えを聞いて彼は立ち上がった。
「それでは今日はこれで失礼します」
帰り際に彼は振り返った。
「彩音殿の心を射止めるために努力しますよ」
思わせぶりな台詞を残して彼は去っていった。
---
扉が閉まった瞬間彩音がソファに倒れ込んだ。
「もうダメ……緊張で死にそうだった……」
「お疲れさま」
俺が労うと彼女は大きく伸びをした。
「正直困っちゃった」
「そうだろうな」
「でも悪い人じゃないみたい」
意外な言葉に驚く。
「どういうこと?」
「ちゃんと考えてくれてる感じがしたんだ」
「なるほど」
「それに夢を応援してくれるって……」
「条件付きだけどな」
俺の言葉に彼女は苦笑した。
「わかってる。簡単な話じゃないって」
「それでどうするつもりだ?」
「うーん……」
彼女は天井を見上げた。
「今は考えてる途中かな」
「焦らずに決めればいい」
「うん」
その表情は穏やかだったがどこか寂しげでもあった。
「それにしても」
突然声を潜める。
「アッシュ様って結構カッコよかったよね?」
「おいおい」
冗談半分の発言に苦笑する。
「冗談だよ」
「あまりからかうな」
「はーい」
彼女は無邪気に笑った。緊張が解けたようで安心する。
「あっ!」
突然大きな声を上げる。
「どうした?」
「思い出したんだけどさ」
彼女は目を輝かせた。
「アッシュ様が言ってたじゃん?夢を応援するって」
「ああ」
「それってさ……」
言葉を切って俺の顔を見る。
「私の夢だけじゃなくて海斗の夢も応援してくれるんじゃない?」
その言葉に衝撃を受けた。
「まさか」
「違うかな?」
「いや……」
彼女の洞察力に驚く。確かにアッシュの言葉には自分にも向けられる可能性がある。
「だとしたら……」
「利用できるかもね?」
悪戯っぽく笑う彼女に感心する。
「彩音は賢いな」
「えへへ」
照れくさそうに笑う姿がかわいらしい。
「とにかく一週間考えるよ」
「それがいい」
「でも一つだけ約束してほしいな」
「なんだ?」
「もし私がアッシュ様と付き合ったら……」
真剣な表情で続ける。
「海斗は応援してくれる?」
「もちろんだ」
「本当に?」
「俺はいつも彩音の味方だ」
「ありがとう」
彼女の顔に安堵の色が浮かぶ。
「それと」
「まだあるのか?」
「もし海斗が誰かと付き合うことになったら教えてね」
「なんでだ?」
「私も応援したいから!」
「わかった」
約束すると彼女は嬉しそうに頷いた。
---
その夜俺は一人で星空を見上げていた。アッシュとの出会いが予想以上に複雑な事態を生み出している。
「海斗」
背後から声がした。振り返るとマフユが立っていた。
「どうした?」
「話がある」
「聞くよ」
「アッシュのことだ」
「ああ」
「信用できると思うか?」
「微妙だな」
素直な意見を述べる。
「ですが彩音にとってはチャンスかもしれません」
「そうだな」
「私としては認めたくないが……」
彼女の尻尾が不安そうに揺れる。
「自分の感情と理性の間で揺れている」
「マフユらしくないな」
「そうか?」
「もっと自分の気持ちに素直になるといい」
「……そうか」
少し考えてから彼女は言葉を続けた。
「彩音が幸せになることが一番大事か?」
「当然だ」
「それならば私個人の感情は置いておくべきか」
「偉いな」
「褒めても何も出ないぞ?」
照れ隠しのように言う彼女が微笑ましい。
「ただ一つお願いがある」
「何でも言ってくれ」
「万が一彩音がアッシュと付き合うことになったら……」
言葉を選ぶように間を取る。
「彼女を守ってくれ」
「約束する」
「頼んだぞ」
「任せろ」
その答えに満足したのか彼女は頷いた。
「それでは休む」
「おやすみ」
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去っていく彼女の背中を見送りながら思う。この一件は予想以上に大きな波紋を広げそうだ。そして……
「彩音……俺は……彼女が幸せになるなら」
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主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
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