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45話〜魔将殺しのゲルハルト

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 魔将殺しのゲルハルト。

 彼は300年前の帝国ダンシュタールの武人である。

 現界の4大大陸、ゲルハルトの活躍した300年前はまだ西の大陸の一小国だったが現在は西の大陸を支配し、バーンダーバ達のいる南の大陸の一端にまで侵攻している。

 現界最大の武力国家・帝国ダンシュタール。

 かつて魔界からの侵攻を防いだ帝国は滅亡の危機に瀕した経験から魔界への備えとして富国強兵に務めた。

 そして、

『国がいくつもあり、個々の国々で対応するから魔界からの進行に迅速に対応出来ない』

『現界の4大大陸全てを統一国家にすることによって魔界からの侵攻に迅速に対応する事が出来る』

『我らの下につけ!』

 そう宣言してより、現界を統一しようと武力外交を開始する。

 その結果、現界最大の武力国家となった。

 近年は強力な味方をつけ、さらに勢いを増している・・・

 ゲルハルトが産まれ時のダンシュタールは紛争地帯の一小国でしかなかった。

 戦争で両親を無くしたゲルハルトは奴隷となって騎士の家に引き取られた。

 そこで気まぐれに剣を持たされた時に才能を見出され、養子として迎え入れられて戦場に出た。

 幼い頃より頭角を現し、10代で軍の近衛隊長にまで上り詰めた。

 ゲルハルトを身請けした騎士の家の娘を貰い、護るべき家族も出来て幸せの絶頂とも言えた頃。

 その頃だった。

 魔界から魔族が侵攻してきた、魔族はゲルハルトのいる西の大陸を蹂躙した。

 魔族の軍勢は2万にも及び、当時としては史上最大の大侵攻だった。

 西の大陸は小国家の多い紛争地域のような様相を呈していたので国同士の連携が全くとれず、魔族の侵攻に国ごとに1つ、また1つと落とされた。

 魔族の侵攻に小国家ではどうすることも出来ずに大陸の半分が魔族の領土となり、ゲルハルトのいるダンシュタールへの猛攻も日毎に増していた。

 そんな中、ダンシュタールの王、ダンシュタール4世は国民の5分の1を徴兵し、大攻勢に打って出た。

 凄まじい激戦の最中、ダンシュタール4世は魔族に魔王とその配下に魔将と呼ばれる幹部がおり、その幹部達が魔族の心臓でありアキレス腱であることに気付いた。

 魔族は強い者に従う、魔将がいれば忠実に従い非常に厄介な傭兵術で戦うが、魔将がいなければ統率の取れない烏合の衆と化す。

 魔王1人では2万の軍勢の細かな統率を取れはしない。

 ダンシュタール4世は自ら軍を率いて自分を囮にし、裏を突いてその魔将を各個撃破していく作戦を考えた。

 そして、魔将を討伐する少数精鋭部隊の長にゲルハルトを指名した。

 ゲルハルトはこの頃には個人戦力としては群を抜いた実力を持っていた。

 魔将は3人、奇襲部隊は3隊編成された。

 魔王軍の虚をついた奇襲部隊は善戦した。

 もちろん、簡単にはいかなかった。

 ゲルハルトの率いた部隊は見事に魔将を討ち取ったが他の2隊は返り討ちにあった。

 その戦況を知ったゲルハルトは満身創痍の中で他の2隊の生き残りと合流、さらに奇襲をかけた。

 そして、見事にこの作戦を遂行し、魔王の下にいた3名の魔将を討ち取り【魔将殺し】の異名を得た。

 魔将を討ち取られた魔王軍は局地戦で敗戦を重ね、後退の途中に当時の勇者に魔王が討ち取られた。

 帝国ダンシュタールはその後、現在の(現界統一による魔界への対抗)を掲げた。

 ゲルハルトはダンシュタール4世から魔界への対抗策になり得る迷宮の遺物ラビリンスレリックの取得を命ぜられて帝国の多大な後押しを受け、長い年月をかけて迷宮を踏破。

 時の大神の加護を受けた勇者以外では迷宮を踏破するのは初の快挙である。

 更なる名声を得たゲルハルト。

 そのゲルハルトに時の大神・クーンアールが目をつけた。

 300年後に魔界に現れる4人の魔王を従えた魔帝。

 未来視によって見えたその強大な存在に対抗する為に300年の眠りについて欲しいとゲルハルトに頼んだ。

 ゲルハルトは悩んだ。

 眠りにつくという事は自分を英雄として国の重鎮に据えてくれた王とも。

 自分を拾い上げ、育て上げてくれた、実の親のようにしたっていた騎士とも。

 愛する妻と子供達とも。

 全てと別れなければならない。

 だが、

 ゲルハルトはそれを了承した。

 神は300年後に戦ってくれるならダンシュタールの王に大帝の龍キュレスドラゴンの加護を与え、現界最大の強国にすると約束した。

 そうすれば、間違いなく帝国ダンシュタールは安泰だ。

 国が安泰ならゲルハルトの家族は間違いなく幸せに暮らしていける。

 ゲルハルトは安心し、家族や王。

 愛する者達と別れを済ませ1人、南の大陸に渡り、神殿にて300年の眠りについた。

 300年経てば自然と目覚める。

 勇者にはその事は伝えておくので神殿で待っていて欲しい。

 時の大神・クーンアールは眠りにつくゲルハルトにそう言った。

 300年。

 目覚めたゲルハルトは言われた通りに神殿で待った。

 と言うよりは、待つ以外に無かった。

 出ようにも神殿の周りに不可視の壁があって出られなかったのだ。

 1年

 2年

 3年

 ひたすらに神殿でゲルハルトは待った。

 勇者の到着を・・・

 ある日、ゲルハルトが神殿の周りを歩いていると不可視の壁が無くなっていることに気付いた。

 自由を得たゲルハルトは人を求めて彷徨い、小国家シュルスタに迷い着くと人々は歓喜の渦中だった。

 歓喜の理由。

 魔王が討たれたと言うのだ。

 ゲルハルトは愕然とした。

 そんな馬鹿な・・・

 と。

 親も主君も妻も家族も何もかもを捨てて使命を受け入れたというのに・・・

 その結果がこれか・・・

 目的を絶たれたゲルハルトは失意のままに廃人同然となった。

 300年後の異国の地。

 自分を知っている者など死に絶えている。

 いつの間にやら小国家シュルスタで物乞いのようになり、シュルスタの王が悪政を始めノインドラとの戦争と共に彼は戦災奴隷となった。

「また、戦災奴隷に逆戻りか」

 彼はそう自嘲げに笑った。

 戦災奴隷としてノインドラへと来た時に泣いているアビーを見て逃がした。

 アビーは助けを呼びに行くと言っていた。

「ルイズベルに親戚がいる、逃げて助けを呼びたい」

 と。

 ゲルハルトはそれを聞いて反射的にアビーの縄を引きちぎり逃がしてやった。

 アビーは道に迷い、ルイズベルとは逆方向の魔法都市ラスレンダール方へと言ってしまったが・・・

 それは後から知った話だ。


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『そして、今に至るという訳か・・・』

 流石のフェムノも笑えなかった。

 この者はお前の求める勇者ではない、先ずはお主の身の上話でも聞かせてくれ。

 聖剣フェムノに促され、語ったゲルハルトの半生。

「聞かせてもらおうか、なぜ聖剣がここにあるのかを」

 ゲルハルトは地面に腰を下ろし、先程の勢いは窄み、疲れた声で質問した。

「聖剣は私が持っていた、勇者の手に渡らぬように迷宮の奥深くでな。 私は元魔王軍四天王筆頭・魔弓のバーンダーバという」

 バーンダーバの素性を聞いても特にゲルハルトの表情に変化はない。

 他の村人はざわざわとなったが。

「だが、勇者は聖剣を取りに来ることなく、我が魔王を打ち倒した。 私はそのせいで魔王軍から役立たずの案山子と謗りを受けて追放された」

「・・・」

 ゲルハルトは何も言わない、だが、その目は虚ろではなく知性をたたえていた。

「それで、たまたま出会った私を聖剣フェムノが気に入って私が担い手になったんです」

 沈黙をフェイが繋いだ。

「アタイはね、アンタと同じ300年前に勇者に加護を与える為に産まれたレッドドラゴンの王、赤い鱗の王ロッソケーニヒだよ。 勇者はアタイの所に来ないで魔王を倒しちまったから、たまたまアタイの所に来たフェイに加護を与えて一緒に旅をしてんだ」

『我々は皆、勇者に置いてけぼりをくった連中だ。 パーティ名は勇者のケツを蹴れブレイバーキックアス、どうだ? お主も一緒に来るか?』

 そしてロゼとフェムノも言葉を繋ぐ。

 ゲルハルトは俯いた、そのまま肩を震わせている。

「くくく・・・ はぁーはっはっはっは!!」

 突如、上を向いて笑い始めた。

「フェイ殿、勘違いとはいえ、失礼した」

「いえ、気にしないでください」

「バーンダーバ殿、話は変わるが。何故、ここにいる奴隷達を買ったのだ?」

 その言葉には生気が戻っている。

「旅の途中で王都クライオウェンの生き残りに出会った、その者と約束したのだ。 身近な、私の手の届く人間を救い、贖罪すると。 だから私は自分の手の届く範囲の人を救いたい、1人でも多く」

 バーンダーバの答えにまた、ゲルハルトは少し考える。

「・・・ 魔剣を売り払ってまでか」

「命よりも大事な物は無いはずだ」

 迷うことなくバーンダーバは答える。

「・・・ そうか、では、バーンダーバ殿の目的は勇者への復讐と人間への贖罪かな?」

「いや、勇者のケツを蹴れブレイバーキックアスなどというパーティ名だが、そんなつもりは全く無い。 私の目的は魔王様の悲願である魔界の貧困の解決だ。 その上で魔界と現界の争いを無くせればと思っている」

「そして、自らの罪の償いもしたい」

 少し間を置いてから付け加えた。

 それを聞いたゲルハルトはうんうんと頷いた。

 ゲルハルトは立ち上がり、バーンダーバの前に跪いた。

「変わった魔族もいたものだな・・・ 経緯は承知した、及ばずながら、儂がお主の失った剣となろう。 老兵なれど腕には自信がある、必ずやお主の力となろう」

 奴隷のぼろを着ているのに、その所作だけでそこにいる誰もがどんな華麗な鎧を纏った騎士よりもゲルハルトが荘厳に見えた。
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