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第1話

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いましがた引き裂いた魔王の首、バレンはその生首に生える二本の禍々まがまがしい角の片方を掴んでいる。

ここは魔王城、その最上層の魔王の玉座に腰を下ろす。

左右に円柱が並び、一段高くなった場所に玉座は置かれている。

それは来るものを見下ろす為の設計か、玉座に座り、バレンは首無しになって玉座の間の中央に横たわる魔王の骸を見下ろしている。

魔王城。

今でこそ魔王城と言われているが、その昔は人間の住まう国の中で最も栄えた都。

王都《クライオウェン》、10数年前まではそれは美しい都だった。

切り立った山の麓にあり、尖塔の数々に荘厳なお城。

城下町は活気が溢れていた。

魔王が一夜で攻め滅ぼし、今では魔都《ヴァヴァルオウェン》と呼ばれている。

その時に殺された人々の数は数万人、数十万人とも言われており。

歴史上、最も凄惨な大虐殺と言われている。

この玉座もかつては人間の王が座っていた、それを魔王が簒奪し、今は王でもなんでも無いバレンが待ち人が来るまでの間、立っているのもなんだからという理由で座っている。

何故、魔王を殺した後に玉座に座ってダラダラしているのか。

バレンはある・・男の到着を待っていた。

本来なら、バレンでは無くその男が魔王の首を獲るべきハズだった。

腰をずらして玉座に座り、頬杖をついて片手で魔王の首を持ち上げて眺める。

100年以上も魔界に王として君臨し人間世界に進攻して蹂躙し続けて、もうすぐ現界までもその手中に納めようとしていた者。

苦悶の表情を浮かべて今は人畜無害な生首に成り下がっている。

その苦悶の顔を見ていると嫌な記憶が頭を過ぎり、バレンは顔をしかめた・・・

あの日。

故郷から一緒に旅に出たバレンの事を足手纏いだと切り捨てた。

そこにはバレンの恋人の姿もいた。

バレンのそばではなく、その男のそばに・・・

「アナタは弱いしー、頼りないアナタよりもアタシ勇者様と一緒になる事にしたから」

彼女は頬を染めてバレンを見ずに勇者様の横顔を見ながらそう言い放った。

彼女はバレンが旅に出る時、涙ながらに「ずっと待っている、だから絶対に無事で帰ってきてね」そう言って、徹夜で作ったんだろう、手作りの御守りをバレンに渡した。

バレンは涙を流しながら「ずっと待ってるって言ったじゃないか」とか「一緒に魔王を倒そうって言ったじゃないか」と。

惨めに叫んでいた。

きっと、あの時の自分はちょうどこんな苦悶の表情をしていたことだろう。

魔王の首を見てバレンはそう思ったのだ。

そう思うと同時に、バレンの中には御し難い怒りと悲しみの感情が火を吹いたように沸き上がる。

バレンは自分をいらないと、足手纏いだと言った勇者の言葉が信じられなかった、確かにバレンと勇者の力の差は開くばかりだった。

毎日毎朝、バレンは必死に鍛錬したが追い付くどころか勇者の背中はどんどん離れていった・・・

仕方はなかったのかも知れない。

相手は勇者、バレンは魔法剣士。

全ての能力が圧倒的に違っていたのだ。

剣の腕も、使える魔法も勇者が上。

魔法剣士が剣の扱いに優れ、中位の攻撃、回復、補助の魔法を使える万能といえど、勇者は完全にその上位互換。

補助こそ低位のものしか使えないが、勇者は勇者だけに使える聖なる雷の攻撃魔法に上位の回復魔法も使える。

最初、村から旅立ってすぐの頃は良かった。

ほとんど差もなく、なんならすぐに低位魔法を色々と覚えた分、バレンの方が旅を引っ張っていた。

だけど、その関係はすぐにひっくり返った。

Lvが10に達する頃には差はハッキリと付いていた、その上に勇者はLvまで上がるのが早かったのだ。

いつの間にかLvは10も差がついていた。

そして勇者がLv20、聖なる雷の魔法を収めた時。

唯一のバレンのアドバンテージだった、範囲攻撃魔法を勇者が覚えた時。

全てにおいて勇者が魔法剣士の上位互換になった時。

剣の腕も、魔法の威力も、地力であるLvも。

全てが、

全てがバレンよりも上。

魔法剣士に、勇者に勝てる要素はひとつも無かった・・・

そんなバレンに、いつの間にかついた渾名が"劣化版勇者"。

悔しかった、それでもバレンは努力を続けた。

旅を辞めようなんて思わなかった。

朝、勇者より先に起きて鍛錬を続けた。

勇者は不器用なタイプだった、旅をしていても金の管理も地図の読み方も、重要な情報を持った相手から話を聞き出すことも出来なかった。

コミュ障な勇者をフォローしながら、足手纏いというのは分かっていたが、いつか、勇者の盾になって死ねたら本望だ。

バレンはそう思っていた。

幼い頃からコミュニケーションが苦手で孤立していた勇者に対して、いつも笑顔で人当たりの良いバレン。

対照的な2人だが、何故か気が合いいつも一緒に遊んでいた。

この旅も、最初は勇者なんて柄じゃないと渋っていたのをバレンが連れ出したのだ。

そんな風に旅に出たのに自分が途中で辞めるなんて考えられなかった。

力の差は開く一方でも。

それでも・・・

バレンは強くなる努力は怠らなかった。

いつの日か勇者と肩を並べて世界に平和をもたらすその日を信じて。

だが、

その日はもう来ない、

永遠に。

勇者はバレンを罵倒し

バレンの恋人の肩を抱きながら

こう言ったのだ

「劣化版勇者にもう用はない、田舎に帰って大人しくしてろ」

サンサンと照りつける太陽の下、人通りの多い街道で勇者はバレンにそう言い放った。

周りは明るいのにバレンの視界はまるで宵闇のように真っ暗になった。

すがるバレンに勇者と恋人は辛辣な言葉を惜しげも無く浴びせた。



そして、バレンが街道に膝をつき。

立ち上がれない程に消沈したのを確かめるとなにも言わずに歩き去っていった。

バレンの心は砕けた

そして

その心を繋げたのは

怨み

憎しみ

復讐への思い

バレンの心を黒い、暗い焔が焼き尽くした。

その日からバレンは魔王を倒す為じゃなく

勇者を殺す為に修行に明け暮れた。

それでもバレンはいっこうに強くはなれなかった・・・



==========



勇者に戦力外通告を受けて1年、いくら鍛錬しても一向に強くなれない事に嫌気がさし。

現実から逃げる様にバレンは酒場に入り浸った。

そんな時だったバレンの転機となるジジイに会ったのは。

バレンが大陸の端の小さな村の宿屋兼酒場、その店は木造で何処を歩いても木の軋む嫌な音がするのに二階建てで床が抜けて上から人が落ちてくるんじゃないかと思う程のボロい安酒場。

その日もバレンはカウンターの端に座り、酒をコップに注がずに瓶のまま煽っていた。

そんな虚ろな目のバレンにバーテンのジジイが話しかけてきたのだ。

ジジイはバレンに小声でこう言った。

「力が欲しいか?」

と。

バレンはその時酔い潰れていた、ジジイが何者かなんて考えもしないでくだを撒くように言った。

「あぁ、勇者よりも強くなれるなら悪魔にだって魂を売ってやるよ」

と。

バレンの言葉にジジイは満足気に薄気味悪く笑うと

「その言葉、忘れるでないぞ」

そう言ってバレンから酒瓶を取り上げ、カウンターの奥へと案内した。

床の一部を取り外すと地下へと降りる階段があった。

ジジイに促されるままにジジイの後について階段を降りる。

ジジイは松明を持っておらず、手のひらから光の玉を創り出して浮かべていた。

ジメジメとした階段は左右が補強されていない土壁だった。

降りていくとかなり広い空間がドーム状に広がっていた。

空間の中央には青紫色に浮かび上がる六芒星の魔法陣が描いてあった。

「これは、神から授かった職能を無理矢理に変える事の出来る。禁じられた魔法陣じゃ」

魔法陣の周りには4つの燭台があり、魔法陣と同じ青紫色の焔が揺らめいている。

その頃にはバレンの酔いはすっかり覚めていた。

(神から与えられた職能を変える・・・)

(だって・・・)

(そんな事が可能なのか!?)

人は皆、12才で神から与えられた職能を受け生涯その職能で生きていく。

職能は大きく分けて2つ。

神に仇なす魔族と戦う為の戦闘職。

そして人類の発展の為の職。

一度与えられた職能が変わることは無い。

はずなのだ・・・

「信じられない、といった顔じゃな。 だが、事実じゃ。 そして、ワシが与えられる職能は2つ」

ジジイがそこで勿体ぶって言葉を切る。

「それは?」

「それはな・・・」

ジジイがバレンの顔を、眼をじっと見つめる。

その顔は、未だバレンを品定めするかの様な物だった。

「覚悟は出来てるよ、強くなれるなら。 それを聞いて怖気付くようなことは無い、お爺さん、教えてくれ」

バレンはジジイに言うと共に、自分にも言い聞かせるように言葉を出した。



・・・

・・・・・・



(なんだよ早く言ってくれよ)

(どんだけため打ちするんだ?)

(ファイナルアンサーだよ)

バレンはちょっぴり心で毒づいた。

「その職能はな、冥黒騎士。 そして冥道師じゃ」

バレンが痺れを切らして文句を言おうと口を開きかけた瞬間、ジジイは見計らったように2つの職能の名を告げた。

「冥黒騎士に冥道師・・・ 聞いた事も無いですね、それは一体どんな技能が与えられるんですか?」

「ふむ、暗黒騎士は冥族の闇の剣技、その邪悪さからこの世から抹消された蛇王怨殺剣じゃおうえんさつけんを扱う事の出来る唯一の職能じゃ」

バレンは思った。

(蛇王怨殺剣じゃおうえんさつけん・・・)

(だって・・・)

(聞いた事があるような無いような・・・)

「そして、冥道師。 これは冥族が操った零鋼覇道眷れいこうはどうけんという無から力を引き出し、全てを無に帰す技能じゃ」

バレンは思った。

(零鋼覇道眷れいこうはどうけん・・・)

(だって・・・)

(聞いた事があるような無いような・・・)

「どちらも1000年前に滅んだ冥族にのみ与えられた職能、冥族が滅んだ今は記憶からも記録からも抹消された闇より深い冥の技や術。 与えられるのはどちらか一方、さぁ、どちらを選ぶ?」

バレンは思った。

(え、抹消されてたの?)

(なんか聞いた事があった様な気がしたのは勘違いかな?)

(蛇王怨殺剣、額に第三の眼がある人のやつじゃないのかな?)

(零鋼覇道眷、極めたら若返るアレじゃないのかな?)

「どうした? やはり怖気付いたかの?」

ジジイが考え込むバレンの顔を覗き込む、ジジイの顔には不敵な笑みが浮かんでいる。

薄暗い地下室で青紫色の焔に照らされたジジイの顔はなにか狂気を孕んでいる様に見えてバレンは背筋がぞわりとした。

「いや、そうじゃないです。 名前を聞いただけじゃどっちが良いか分からないから、もう少し説明して貰えませんか?」

「残念じゃが、詳細に関しては分からぬ。 何せ記録が皆無と言っていい程に無いからのぅ・・・ じゃが、1000年前に時の闘神ライゼンがその力を恐れて冥族を滅ぼした程じゃ・・・ その力は疑いようも無いじゃろう」

・・・

バレンは思った。

(なんで記録も記憶も無いのにそんなのが分かるんだろうか?)

(その辺は突っ込んじゃ駄目なんだろうか? お爺さんの顔を見た感じ突っ込んじゃ駄目なんだろうな、役に入り込んでる感じがするし)

(そーいえば、なんで酒場の地下室にこんな物が?)

(なんでバーテンのお爺さんがそんな事知ってんだ?)

(ご都合主義もここまでやったらカオスすぎでは?)

色んな言葉を飲み込んで、バレンが出した返事は

「分かりました、なら、冥黒騎士になります」

だった。

よく分からないが、騎士なら剣を使うだろう。 剣なら扱い慣れている。

ツッコミどころ満載の状況でもバレンの脳内が出した結論は打算的な回答だった。

「よし、一応言っておくが職能を変えると今まで培ってきたLvはまた1に戻る。 更に職能変化の術式には凄まじい痛みを伴う、覚悟はいいかな?」

「・・・はい、お願いします」

バレンは妖しく光る魔法陣を見つめた、その光はバレンのこの先の未来を祝福するようなものでは無く、深くて暗い、暗澹とした未来を暗示しているようだ。

色んな思いが逡巡したが、バレンはそれをアイツへの・・・

勇者への憎しみでかき消して、魔法陣の円の内側を踏みしめた・・・




========


それから4年、バレンはしこたま鍛錬してLvを80まで上げた。

魔物を倒し、Lvが上がる程に凄まじく強くなっていった。

パラメータは同じLvの魔法剣士と比べて倍はありそうな数値だった。

どんどん強くなるのが嬉しくてバレンは20のダンジョンを踏破し、中の魔物を皆殺しにした。

そして、今では魔王を単身で蹂躙出来るほどに強くなれた。

(これなら、間違いなくアイツにも勝てるはずだ)

バレンはそう思い「ふふっ」と口角を持ち上げて不敵に笑った。

その時だった。



がこおぉん




玉座の間の大きな石造りの両開き扉が重々しく開いた。

バレンはここへ来るまでにめぼしい魔族は全て殺した。

魔族に付き従っていた魔物も魔王が死んだ時にその全てが逃げ出した。

今、魔王城にはバレンしかいない。

つまり、この扉を開ける人物がいるとすれば・・・

「魔王!! 俺と戦え!! 俺の名はクウラ!! 神と聖剣に選ばれし勇者だ!! サッサとこのクソッタレな戦争に蹴りをつけようじゃねぇか!!」

勇ましく名乗りを挙げて入ってきたのはきらびやかな鎧を身に纏った金髪金目の美青年。

雄壮な顔で最早魔王が息耐えた事も知らずに暗闇に向かって叫んでいる。

バレンのよく知った顔だ。

部屋は暗く、今し方勇者の開いた扉から光は差し込んでいるが、その光はバレンには届かない。

バレンは勇者に向かってもうすでに物言わなくなった魔王の生首を投げる。

「っな!」

勇者は生首に小さく悲鳴を上げ、数歩離れた。

「誰だっ!! 姿を見せろ!!」

首の飛んできた方向に向かって叫ぶ。

バレンは魔力を飛ばし、部屋の円柱にある燭台に火を灯す。

光に満たされた室内に浮かび上がったのは横たわる首の無い魔王の死体とそれを挟んで対峙する二人の男。

一人は玉座に腰をずらせて座り、一人は腰を落とし剣の柄に手を載せていつでも抜き放てるように構えている。

「貴様は誰だっ!」

勇者は剣を抜いた。

神に選ばれし者だけが振るう事の出来る聖剣を構えて勇者が叫ぶ。

「久しぶりだなぁ、クウラ。 僕だ、バレンだ。 5~6年会わなかっただけで忘れたのかい?」

バレンは嫌らしい笑みを浮かべて問いに応じる。

バレンはこの時をずっと待っていた。

彼の心は高揚していた。

彼の考える完璧な舞台である!

彼はこの復讐の舞台を作り上げる為に血のにじむような鍛錬の果てに、今を迎えたのだ!



さあ、

僕の顔を見ろ!

驚愕し

許しを乞え!!


「誰だっ!」



・・・

・・・・・・


「信じられないか?   もう一度言ってやる、僕はバレンだっ!」


バレンは自身の纏っている漆黒のマントをバサッとしながら今一度名前を高らかに宣言した。


「・・・・・」


バレンは考えた。

(あれ?    今、僕ちゃんと名前言ったよな?)

(マントもバサッてしたし)



「僕はバレ」



「誰だっ!   誰だお前っ!?   」



バレンが念の為にもう一度名前を言おうとしたら勇者が食いぎみにバレンの言葉を遮ってくる・・・


「いや、だから」


「バレンがこんな所で魔王の椅子に座ってるわけがないだろうがっ! 前歯へしおんぞテメー! 誰だお前っ!! 俺の大切な親友に化けとったら殺すぞっ!!」

その言葉を聞いてバレンの頭にカッと血が昇った!


「大切な親友だとっ!! ふざけるなっ!! 僕の事を足手纏いだなんだと言って旅の途中で棄てた上にっ! 僕のっ!! 僕の恋人まで奪っておいて何が親友だっ!!」


バレンは玉座から降りて勇者に向かって怒鳴る!


「黙れっ!! 誰だお前っ! 魔王は何処だ!!」


なおも理解しない、いや、理解出来かねないといった表情で勇者は叫んだ。


バレンは思った。

(誰だってなんだよ!?)

(何回言わせんだよっ!!!)

(なんだ!?)

(なんなんだ!?)

(なんか僕の思ってたんと違う!!)

(僕の姿を見て勇者が驚愕、謝ってくるけどそれを僕が《復讐は蜜より甘い》って言って断罪する予定やったのに全然上手くいかへんやん!!)

と。
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