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4、先立つものは
しおりを挟むあれから数日。
結局、あの日はもう鏑木さんと顔を合わすことなく終わった。
同僚ADの吉田から聞いた話によると、プロデューサーの言っていたとおりあの日の鏑木さんはすこぶる絶好調でまさに『見るもの全てを魅了するアイドル』『パーフェクト超人』…みたいな感じだったらしい。
なるほどわからん。
「抜いてすっきりしたって事なのかねぇ…ま、俺には関係ないや」
今日の仕事は休み。
いつものようにネットを巡回しながらゴロゴロ過ごすという、超有意義な休日を過ごすのだ。
「今日のBGMは27-CANの名曲、およげまぐろくん。…メバチちゃんのソロパートが最高なんだよなぁ」
無駄に独り言を呟きながらスマホをぽちぽち操作する。
画面に映る流れゆく情報の海を、ぼんやりと眺めていたのだが……
「……こ、これは…っ…!」
……………………
………………………………
「……佐原、彼から連絡はあった?」
とあるラジオ局の控え室。
そこで僕はコーヒーを飲みながらマネージャーの佐原に『例の件』の進捗を尋ねた。
「いえ、今のところは。…もしかしたら名刺を無くしてしまわれたのかも知れません。今度あのテレビ局で仕事があった時にもう一度声をかけてみましょう」
「あぁ、お願いするよ」
この忌々しい病を治すきっかけとなるかもしれない青年…社くん。
絶対に逃がすわけには行かない、と僕は決意を新たにした。
「……奏多。念の為、万に一つもないとは思うのですが…彼、社さんに恋愛感情など抱いてはいませんよね?」
「え?まさか!…確かに彼の顔を思い出すだけでムラムラするけど…それはあくまでも性欲だけ。かわいい女の子を見た時のような胸の高鳴りは皆無さ」
「そうですか、それはよかった。…彼も特別貴方のファンという訳でも無さそうですし、金で解決出来そうなのは幸いでした」
EDも大変なスキャンダルだが、それ以上にアイドルの恋愛というものにもファンは敏感だ。
佐原の気持ちはよく分かるし、僕自身今は誰とも恋愛するつもりはない。
「そうだね。これがもしファンの女の子だったと思うと…」
間違いなくネットは大炎上。
最悪の場合EDであることもバレ、アイドル人生は幕を閉じることだろう。
「ええ。ですから彼には何としてでも…」
ーーピピピピピピ!
と、佐原がメガネを押し上げた瞬間…その胸元からけたたましい呼出音が鳴り響いた。
「失礼。…知らない番号ですね…彼、でしょうか?」
「っ、出てみて」
焦る気持ちを抑え、佐原に電話を促す。
「……もしもし、佐原ですが…」
『あ、佐原さん…あの、俺…社 拓磨ですけど』
「あぁ…社さん、お電話ありがとうございます」
(やっぱり彼だった…!)
佐原の返した言葉で相手が社くんだと知り、僕は思わず拳を握る。
「お電話頂けたということは…契約の件、考えて下さいましたか?」
『え、えぇ…あのでも、とりあえず…お試しからでもいいですか…?』
「ええ、もちろん。…では早速ですが今日お時間はありますか?もし可能でしたら引越し作業など…」
社くんの声は聞こえないが、どうやら契約の話を受けてくれたらしい。
これで病気の改善に1歩近付いた気がして、僕は口角を上げた。
(これからウチに住み込みで来てくれるのか……あ。ダメだ。彼のこと考えてたら…また…)
社くんの姿を思い出しただけで下半身に熱が溜まり、僕は咄嗟に適当な雑誌を手にする。
そこに載っていた女性タレントや芸人の姿を見るとなんとか落ち着いた。
「…はい。では今夜8時頃お迎えにあがります。連絡先はこの番号でよろしいですか?」
『は、はい。…と、とりあえず…必要な荷物だけ纏めて待ってます。…その、よろしくお願いします』
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね」
ピッ
佐原が電話を切ると、僕は雑誌を閉じてゴクリと息を飲んだ。
「…社くん、なんだって?」
「とりあえず、1ヶ月間お試しで引き受けてくれるそうです。ですので今夜彼の家に伺ってきます」
「そうか…良かった」
いくら多額の謝礼があるとはいえ、男のシモの世話をすることになる仕事だ。
断られてもおかしくないと不安になっていたけど…お試しでも引き受けてくれたのは有難い。
僕は安堵の息をつき、控え室に置かれていたミネラルウォーターを少し口にした。
「じゃあ僕はそろそろラジオの出番だから」
「ええ。頑張ってくださいね」
これからのことに心躍らせながら、僕は控え室のドアノブを握った。
…………………………………………
「……引き受けてしまった」
佐原さんとの電話を切ると、俺は力なく床に転がった。
スマホの画面を切り替えれば…そこには今日発表された27-CANの新グッズ。
『あの27-CANが夢の立体化!ツナ缶全メンバーを貴方の手に!』
『【受注生産限定】27-CAN デフォルメミニフィギュア 27体セット 20万円+税(送料別)』
その可愛らしい画像を見て、俺は思わずニヤニヤと頬を緩ませた。
「27人全員揃えられて20万円とかもはや実質無料でしょ…」
オタク特有の意味不明な言動が飛び出すのを抑えられないのは仕方ないと思う。
なにせ27-CANはまだ地下アイドルだった頃から最推してるアイドルだし!
(1ヶ月間だけお試しで鏑木さんのお世話をすれば…それだけで費用は充分稼げる)
お試し1ヶ月間だけだから。
そう自分に言い聞かせ、俺は早々に荷物をまとめ始めた。
『まいにち まいにち 僕らは海の中♪』
「泳ぎっぱなしで嫌になっちゃうよ~♪」
…………………………………………………………
※どうでもいい豆知識
27-CAN代表曲『およげまぐろくん』
どこか聞き覚えのある懐かしのメロディに『泳ぎっぱなしで疲れたマグロが、楽をするためにジェットを身につけて最終的には宇宙へ飛び立つ』というトンデモ歌詞が合わさった名曲(迷曲)。
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