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6、一夜明け
しおりを挟む…住み込み場所となるマンションを訪れてからのいきなりの初仕事。
正直、めちゃくちゃ怖かった。
(こ、こえぇ!!見抜きなら楽勝かと思ったけど、鏑木さんの目付き尋常じゃなかった!!)
柔らかいベッドに転がり、枕に顔を埋めたまま足をバタバタさせる。
男の視線に怯える女の子の気持ちがよく分かった気がする…あれは怖いわ…。
(…あの人、ほんとにノンケなんだよな…?ちょっと尻が心配になってきた)
誰もいない部屋でそっと尻を隠すように手を伸ばす。
手に伝わる『もにっ』と柔らかい贅肉的な感触に、俺はひっそりと筋トレを心に決めた。
「でもとりあえず…うん、荷解きしよう」
住み込みということもあり、この部屋は俺の自由に使って良いらしい。
ダンボールを開けると、まず第一に推し…27-CANのメバチちゃんポスターを取り出す。
(さすがにグッズ全部は持ってこれないけど、これぐらいならいいよな)
ポスターを目立つ場所に貼り、あとは衣類を適当にしまい込むと再びベッドに転がった。
そして取り出したのは左右にマグロの頭がくっついたような奇抜なヘッドホン。
これも27-CANグッズのひとつで、デビュー2周年記念ライブの限定品だ。
(よし、音楽を聞いて気を紛らわせよう。鏑木さんのあの目は忘れる。うん)
自己暗示のように自身に言い聞かせ、俺は音楽の海へダイブした。
……………………………………
時刻は午後九時をとうに周り、僕は佐原の用意した食事を黙々と口にしていた。
「佐原、社くんは?」
「もう荷解きも終わっているとは思うのですが…一応、見てきますね」
佐原が席を立ち、客間の方へと歩いていくのを尻目に彩り豊かなサラダを食べる。
…健康管理もアイドルの仕事。
マネージャーである佐原の用意したメニューは栄養バランスもよく、味もいい。
「社くん、食事はいいのですか?…おや」
「佐原?」
「…どうやら眠ってしまったようです。変なヘッドホンを付けたままですけど、そっとしておきましょう」
(変なヘッドホン??)
謎の単語が気になったが、深くは追求せず社くんの分の食事を残しておこうとラップを手にした。
「佐原、明日のスケジュールは?」
「午前中はニュース番組のコメンテーター、午後は歌番組の収録が入っています」
「そうか、なら早起きしないとね」
朝のニュース番組なら早朝3時にはここを出ないと間に合わない。
だから、明日の仕事が終わるまで社くんには会えないだろう。
(お詫び、まだ出来てないんだけどな…)
少し残念に思いながら、僕は最後の1口を咀嚼していた。
…そして次の日。
抜いたおかげかスッキリとした目覚めで朝を迎えると、僕は身なりを整えながら客間のドアをチラリと見た。
「社さん、起きてこなかったですね」
「うん。…大丈夫かな?」
「書き置きと食事は残していますので大丈夫でしょう。彼もあなたと同じ25歳の成人男性ですから」
「……え?」
社くんが…同じ歳…?
今更ながら明かされた真実に、僕はブラシを取り落とす。
「そ、そうだったの?僕はずっと年下だと…」
「まぁどちらかと言えば童顔な分類でしょうけど…一体幾つぐらいだと?」
「……19、とか?」
「だとしたら奏多、貴方は未成年をオカズにしていたことになりますけど」
「うぅっ…」
正直言うと、抜くのに必死で社くんの年齢など深く気にしたことはなかった。
しかし今彼が同い年と聞くと、少しばかり親近感が湧く。
(よくよく考えたら、僕には同じ年頃の友達はいなかったな…)
学生時代にはそれなりにつるむ相手は複数いた。
しかしそれも卒業までで、以降わざわざ会いたいと思うような人は1人もいない。
特にEDになった高校時代からはこの病が恥ずかしく、昔の知り合いに会おうとは微塵も思わなかった。
「もし病気が治ったら…社くんは元の生活に戻るんだよね?」
「ええ、そういう契約ですから。念の為秘密保持契約もしていますし、奏多の病が露見する事はありません」
『心配しなくてもいい』と話す佐原だが、僕が考えていることとは少しズレていた。
「おや、奏多。そろそろ出ないといけない時間ですよ」
「ほんとだ。……ん。大丈夫、行けるよ」
僕は『アイドル 鏑木奏多』として気持ちを切り替え、靴を履いて玄関のドアを開ける。
「行ってきます」
そして奥の客間に声をかけ、いつもより少しだけ晴れた気持ちで出勤した。
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