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13、男の本音
しおりを挟む「……なるほど。そういうことが…」
奏多から逃げ出して十数分。
俺は予約してもらっていたシングルの客室で佐原さんに事情を説明した。
あまり具体的なことは話せなかったが、ひとまず『奏多に襲われた』といった趣旨のことを話せば佐原さんは分かってくれたようで深く頷いた。
「事情は分かりました。そして、大変申し訳ございません。社さんには大変怖い想いをさせてしまって…」
「…正直、本気で犯されると思いました」
女装の服は脱ぎ捨て簡素なTシャツとジャージに着替えたが、まだあの恐怖は拭えない。
俺は震えそうになる体を抱き締め、唇を噛み締めた。
「あの…やっぱり、俺もう辞めます。お金も…もう要らないので…」
「そうですか…いえ、当然ですよね」
佐原さんはゆるく首を横に振り、1度顔を上げてから深々と頭を下げた。
「…申し訳ございませんでした。今回の件は完全に私の責任です」
「佐原さん…」
「どうしてもというのでしたら契約解除に関してもお引き留めはしません。お金の件もご不要とは申されましたが、こちらから慰謝料などを含めてそれなりの金額を振り込ませて頂きます」
おそらく、それには口止め料も入っているのだろう。
奏多の病気のこと、そして…男に対する強姦未遂のことも。
「…分かりました。その条件でお願いします」
「はい。…では明日の夕方には社さんのお荷物をアパートに運び込んでおきます。ですので明日のフェスが終わりましたら、社さんはそのまま元のご自宅へお帰りいただければ結構です」
「そう、ですか…」
正直、佐原さんの仕事の速さはとてもありがたかった。
もう奏多にどんな顔をして会えばいいか分からなかったし、お互いに気まずいことが分かっていたからだ。
「…社さん。不躾だとは思いますが…明日の奏多のステージだけは見てくれませんか?」
「え?」
「おそらくお目当てのアイドルの出番が終わったらそのまま帰るおつもりなのでしょうが…1度だけでいいので、奏多のステージを生で見て欲しいのです」
そう懇願する佐原さんの表情はいつになく真剣で、俺は小さく頷いた。
「…まぁ、それぐらいなら」
アリーナ席とはいえ無数のファンがひしめくのだ。
ステージから俺一人を特定するのは無理だろう。
「ありがとうございます。…明日のフェスが終われば、私たちの関係は全てなかったことになります。テレビ局で鉢合わせても、お互い通常通りの対応をお願いします」
「……はい」
それはつまり、馴れ馴れしく話しかけることはもちろん露骨に避けることもしないようにという意味なのだろう。
俺は大きく頷き、部屋を出る佐原さんを見送った。
「それでは…短い間でしたが、ありがとうございました」
「…こちらこそ。佐原さんもお仕事頑張ってくださいね」
……………………………………………………
誰もいなくなった寝室で自己嫌悪に浸ることおよそ1時間。
僕は延々と同じ後悔の気持ちに苛まれ続けていた。
「…拓磨……」
女装までしてくれた彼の姿に我慢出来ず、僕は汚くも『治療のため』と最もらしい理由を付けて彼を本気で抱こうとした。
拓磨とキスをしながら全身を愛撫した時の興奮は、病気になる前…初めて本物の女性を抱いた時よりも強く、思い出すだけでも息が荒くなりそうな程だ。
(でもあれは…明らかに、合意のない行為だ。強姦未遂で訴えられてもおかしくはない)
『嫌だ』と泣きながら逃げようとする拓磨を抱き締め、何度も強引に口付けを交した。
手淫だけで収めようとした彼の優しさに付け込み、その先を求めてしまった。
そして…その結果、僕は拓磨に拒絶された。
「…何をやってるんだ、僕は…やっと、ようやく気付けたのに」
あの一連の行為の中で気付いてしまった自分の本心。
(僕は…拓磨のことが、好きなんだ。ただの性欲だけじゃなくて、これは…本物の恋心…)
しかし自分の本心を反芻すればするほど、拓磨に拒絶されたことが心に重くのしかかる。
…この気持ちに気付くのが10分でも早ければ結果は違っていただろうか?
「……悩んでいても自体は変わらないな…とりあえず、シャワーを浴びよう」
僕はひとまず明日のフェスに向けて気持ちを切り替えるためにベッドから立ち上がり、重たい体を引きずるようにしてリビングに向かった。
しかし…
「奏多」
「っ!佐原…」
リビングでは佐原が待ち構えていた。
だが、その顔はどこか険しい。
「社さんから粗方の事情は聞きました。強姦しかけた、というのは本当ですか?」
…そうか、拓磨から聞いたのか。
僕は小さくため息を着きながらソファに腰掛ける。
「……あぁ、その通りだよ。…本当に、僕はアイドルどころか人として最低だね」
初めて拓磨に出会った時のことを思い出しながら苦笑した。
確かあの時は『僕が欲しいのは君の体だけ』なんて大口を叩いた気がする。
「そうですか……社さんから、契約打ち切りの希望がありました。『本気で犯されると思った』と」
「…そうだろうね。その方が拓磨のためだ。僕は…彼を傷付けることしか出来ないから」
いくら『好き』という気持ちがあっても、それは僕からの一方通行。
拓磨と顔を合わせる度に性欲が溢れ出てくるようでは同じことがまた起きてしまう。
「奏多…」
「大丈夫。また前の生活に戻るだけさ。病気の方も…いつか治る日がくるよ」
「…明日のフェスは社さんも見に来てくれます。彼の決意が揺らぐことはないでしょうが、せめてアイドルとして輝く奏多の姿を見せてあげてください」
「……うん」
佐原の言葉に僕は小さく頷いて席を立つと、意識を切り替えるためにバスルームで冷たいシャワーを浴びることにした。
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