[R18]これはあくまで治療です!

空き缶太郎

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14、アイドル・鏑木奏多

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そして、あっという間にフェスの日が訪れた。

俺は27-CAN応援のためのペンライトや鉢巻などをカバンに詰めてからフェス会場のドームに向かう。


「さすがに人が多いな…とりあえず、物販並んでから席に向かうか」

歴戦のドルオタたるもの、これぐらいの人口密度なら全然余裕だ。

俺は鼻歌交じりで物販の大行列に並び、お目当ての27-CANグッズを確保してから席へ向かった。

「えーと…アリーナ席の…うわっ、めっちゃいい場所」

地図を参考にゲートに向かえば、最前列…とまでは行かずともかなりいい場所に案内された。

これは素直に佐原さんに感謝したいのだが…1つ問題が。

(周り、女の人ばっかりじゃん…)

そう。
俺の周り…いや、アリーナ席のこのブロックは何故か女性客が9割以上を占めていた。
しかも手持ちのグッズから推察するに、全員奏多のファンだ。

(もしかして奏多のファンクラブ向けの席なのか?佐原さん何も言ってなかったよな?)

こんな場所でメバチちゃん…ひいては27-CANの応援に熱狂していたら白い目で見られないだろうか?

俺は一瞬だけ不安になったが、すぐに気持ちを切り替えた。

「ええい、こんなことで折れては魚群ファンクラブNo.27の名が廃る…!」

周りに臆せずカバンに入れてきた27-CAN応援用の鉢巻を巻き、ハッピを羽織る。

「いざ…メバチちゃん応援部隊(1名)始動!!」

こうして、俺の戦いは始まった……

……………

………………………


フェスは一日目にして歴代最高の盛り上がりを見せていた。

控え室からもその歓声はうるさい程よく聞こえてくる。

「凄い歓声だね」
「ええ。今年は出演者だけでなく演出にも拘っているそうですから」
「そうか…」

佐原の言葉に頷きながら、僕は衣装の上着を羽織りステージの支度を始めた。

(この歓声の中には拓磨もいるのかな…?)

ステージ前だと言うのに脳裏を過ってしまうのはやはり拓磨のこと。

喧嘩別れのようになってしまったのは残念だが…このステージで、少しでも僕の存在を記憶に焼き付けて欲しい。

『鏑木さん!スタンバイお願いします!』
「あぁ、分かったよ。…じゃあ佐原、行ってくる」
「ええ、行ってらっしゃい奏多」


………

………………


『みんなー!ありがとー!』

「うぉおおお!!メバチちゃーん!!」

毎年行われているフェスだが、27-CANの出演は初めてということもあり俺はペンラを振りながら感涙していた。

「うっうっ…生きてて良かった…いつも強気なカジキちゃんもちょっと泣きそうだったし…」

服の袖で涙を拭い、ステージを去る27-CANメンバーを名残惜しむように目で追う。

しかしその途中…27-CANメンバーと入れ違いにハイタッチをしながらステージにのぼった人物の姿に俺は息を飲んだ。

「あっ…かなt」
『きゃぁああぁぁあああ!!!』
『奏多さまぁあぁあああ!!!』

それが奏多だと気付いた瞬間、周囲のボルテージは即座に最高潮となり、俺は女性客達にもみくちゃにされてしまう。

「うぐぅっ!ちょ、ぐるじい…」
『奏多さまぁあ!!こっちむいてぇ!!!』
「ぐぇえ…」

どこから取り出したのかうちわやペンラを振り、少しでも奏多の視線を貰おうとする姿には恐怖すら感じた。

しかし奏多の曲が始まると一変。
しっとりとした曲調に女性客達はみるみる鎮まり、目をハートにしてステージを見上げ始める。

(す、すごい…まだ歌いだして数秒だぞ…?)

そのカリスマ性に息を飲み、俺もつられてステージ上を見上げた。


『この広い世界でたった一人のキミに出逢えたのは奇跡』
『何よりもキミだけを抱きしめたい』


その曲は前にテレビで聞いたことのあるものだったが、何故かテレビ越しで聞いた時よりも心に響く気がする。

(これが…カリスマアイドルの、鏑木奏多…)

ただの自称EDではない、本物のアイドルの貫禄に俺はゴクリと息を飲んだ。


『あの時は言えなかった言葉。今なら言える』
『僕はキミを…愛してる』

「っー!」

そして歌の途中…奏多の体はこちらの席に向かい、まるで客席の俺に向けるかのように視線が交わる。

その歌詞の内容も相まって、俺はまるでかのような心境に陥った。

「…かな、た…」

…ステージ上の奏多と見つめ合う。

時間にしてほんの数秒。
しかしまるで心臓を鷲掴みにされたようで、俺は……


『あっ、むり…』
『かっこよすぎる…しんどい…』

ドサッ

「うぇ!?」

と、周りにいた奏多のファンの女性客が突然倒れたことで俺は正気に戻る。

あっぶねぇ…危うくファンでもないのに恋に落ちるところだったわ。
カリスマアイドル、恐るべし。


「っじゃなくて、助けを…大丈夫ですか!?す、スタッフさーん!」


…結局、倒れた女性客や担架を持ってきたスタッフさんに気を取られ、気付いた頃には奏多の出番は終わってしまっていた。

佐原さん…約束したのにちゃんと見れなくてごめん。

フィナーレでは出演者が全員で大御所歌手の有名曲を歌い、フェスは幕を閉じた。
ぞろぞろと帰宅するお客さん達にまたもみくちゃにされながら、俺も帰路につく。

しかし帰る場所はあの高級マンションではない。
フェスが終わり、奏多との契約も打ち切った俺が帰るのは…住み慣れたボロめのアパートだ。

「…なんか、現実感ないな…」

あの鏑木奏多とまさかの性処理契約を結び、見抜きや手コキをしてやったうえに風呂にも一緒に入り、友達宣言をされ…

(そして…犯されかけた)

そこだけは苦々しい思い出だが、それと性処理関連を除けばそれなりに楽しい生活だった。

奏多も本当にいいやつで、契約関係なしにリアルに友達になってもいいとさえ思ってしまったほどだ。

「いや…もう忘れよう。あれは夢。うん。…明日から自炊かぁ…」

そんなふうに大きくため息をついて歩いていると、不意にポケットに入れていた携帯が大きな音を鳴らす。

電話?こんな時間に?

気になって画面を見れば、そこに書かれていたのは『母 携帯』。

(母さん?…何かあったのかな)

また『たまには実家に帰ってきなさい』コールだろうか?

そんな軽いことを考えながら、俺は電話をとった。

 
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