[R18]これはあくまで治療です!

空き缶太郎

文字の大きさ
18 / 27

19ー前、ADのお仕事

しおりを挟む
 

奏多と再び『友人』として付き合いだしてからまた数日。

ウチのテレビ局で奏多主演のドラマを撮影することとなり、俺はその現場でADの仕事をこなしていた。


「…今回は恋愛ドラマか」

しかも昨今には珍しいぐらいオーソドックスなもの。

奏多が演じる大企業の社長が平凡なヒロインと共通の趣味を通じて互いの正体を知らないまま仲良くなる話だ。

(ヒロインは一応平凡設定なのに可愛い子を使うの不思議だよな…)

そんなドラマのお約束を疑問に思いながらも、なるべく奏多に近寄らないようにして仕事をこなす。

セットの方では既に1話冒頭の撮影が始まっていて、時折その様子をチラ見しながら俺は次の撮影に使う小道具をダンボールから取り出していた。

(なんだこれ?…あぁ、これ主人公とヒロインの共通の趣味ってやつか)

取り出したのはどこかユルい顔をした、カニモチーフの謎のキャラクターグッズ数点。
設定では『世間的には認知度が低いが一部に熱狂的ファンがいるキャラ』という設定らしく、主人公とヒロインはこれをきっかけに交流を深めることになるようだ。

「なるほど…これはリアルなグッズ展開も視野に入れてるな…」

と、作り込まれた小道具を綺麗に拭いていたその時だった。

「おい社!ちょっとこっち来い!」
「え、小道具はいいんですか?」
「いいから早く!」

上司に呼ばれ、俺は渋々スタジオの外に出る。
ちなみに小道具は同僚の吉田に任せた。

「…えーと…何かトラブルでも?」

スタジオの外では上司が険しい顔をしていた。

明らかに何かあったっぽいし、さらに言えばその尻拭いを俺がやらされる気がする。

「…今日の撮影に着ぐるみが出るの知ってるよな?」
「えぇ…あのユルい顔したマスコットの着ぐるみ、ですよね?」
「あぁ。その着ぐるみに入る専門のアクターを呼んでたんだが…さっき連絡があって、ここに来る途中で救急車で運ばれたらしい。交通事故だそうだ」
「oh......」

思わず英語が出てしまったのは仕方ないと思う。
だって、この流れで考えられることは1つだけだし。

「幸い命に別状はないが、足を痛めて今日の撮影は無理なようなんだ。だから…」
「背格好的に俺が代役、ってことですか?」
「よく分かったな。その通りだ」

ですよねー!!

俺は笑顔を引き攣らせ、やり場のないストレスで拳を震わせていた。

「でも俺着ぐるみなんて…」
「大丈夫。着ぐるみの出番は削れるだけ削って、主人公の社長と記念撮影する所だけにしたからな!」
「えぇっ…」

そこはヒロインじゃないのか。
いや、それよりも奏多は俺と密着して平気なのだろうか?

(…いや、さすがに着ぐるみ着てたら分からないよな)

顔はおろかボディラインも分からない。
さらに声出しもNGなので、奏多が俺に気付く要素はゼロなのだ。

俺は少し考えて決心すると、大きく頷いた。

「…分かりました。それなら俺、やります」
「よし、なら早速着替えだ!控え室に向かうぞ」


………………………………


今日は新ドラマの撮影初日。
僕は拓磨の務めるテレビ局内のスタジオで、ヒロインと出会う冒頭のシーンを演じていた。

(主人公は大企業の社長。でも実は可愛いもの好きな面を持ち、それを理解してくれたヒロインに恋をする…か)

設定としてはよくある方だろう。

そして2人が出会うきっかけとなったのは、台本の表紙に描かれた謎のマスコット。
スベスベマンジュウガニをモチーフとした『スベちゃん』だ。

(ダサい。見た目もアレだけど、何より名前が壊滅的だ)

グッズ展開を視野に入れていると聞いたが、こんな微妙なキャラで本当に大丈夫なんだろうか…?

『スベちゃんスタンバイ出来ました!次のシーンにはいりまーす!』
「奏多、そろそろ」
「うん、分かったよ」

着ぐるみの支度が出来た声を聞き、佐原に促されながら立ち上がる。

そして撮影の前に拓磨を一目見ておこうと思ったが、別の仕事をしているのかいつの間にかいなくなっていた。

(さっきまでいたはずなのに…)

少し残念に思いながらも僕は気持ちを切り替え、撮影セットの方へと向かった。

「鏑木さん、引き続きよろしくお願いします」
「あぁ、よろしく。…次は写真撮影のシーンだよね?」

ヒロイン役の若手女優に微笑みかければ、彼女はこくこくと頷く。

「は、はい。鏑木さん演じる社長とマスコットのスベちゃんのツーショットを私が撮影するシーンです」
「スベちゃん…あれか」

ふとスタジオの出入口に目を向ければ、AD数名に誘導されながらよたよたと歩いてくる謎のマスコット。

…うん。絶妙に可愛くない。

「それではお二人共スタンバイお願いしますね」
「はい、分かりました」

スタッフの声に促され、ヒロイン役の女優さんと共にセットの中でスタンバイをする。

その途中で例のスベちゃんに触ってみたが、モチーフはスベスベマンジュウガニなのにボディは何故かふわふわだった。


小鳥遊たかなしさん!ほら、スベちゃん!生スベちゃんです!』
『…スベちゃん…!』

そしていよいよ撮影が始まる。
僕は『可愛いもの好きの社長』になりきり、よたよたと歩くスベちゃんに目を輝かせた。

『崎原さん、写真…撮ってくれないかな?』
『も、もちろんです!』

ヒロインに写真撮影を頼むと、僕は早足でスベちゃんの隣に並び密着する。

(…ん?)

しかしその瞬間、僕はどこか心休まる気持ちを覚えた。
もちろん撮影中なので顔には出さないけど……試しにスベちゃんの体に腕を回すと、中の人はビクリと反応した。

(なるほどね)

その反応である程度のことを理解した僕は、演技を完璧にこなしながらもアドリブとしてスベちゃんのふわふわな体を堪能する。

『はい、撮りまーす』

ーパシャッ

『…ありがとう崎原さん。スベちゃんと写真撮るの、念願だったんだ』

そして写真撮影が終わるとそのまま何事もなかったかのように台本通りの演技に戻った。

視界の端でスベちゃんが引っ込んでいくのを見送りながら、ヒロインにほほ笑みかける。

『あ、写真どうしましょうか?』
『それなら僕の連絡先を教えるから、そこに送ってくれると嬉しいな。…それに、スベちゃんの話が出来る友達も欲しかったし』

…このシーンは写真のやり取りを理由に、ヒロインと僕が連絡先を交換する所で終わる。

頬を赤らめるヒロインの手に触れ、そっとメモ紙を渡したところでカットの声がかかった。

「カーット!はい、OKでーす!」
「ふぅ。お疲れさま。…あれ?少し顔赤い?」
「だ、大丈夫です…」
「あ。まだ少しいいかい?」

スタッフや女優さんと話をしながらセットを降りると、最後にプロデューサーがカメラを取り出す。

「ドラマのSNSアカウントにアップする写真を撮りたいんだ。スベちゃんも一緒にね」
「!?」
「あぁ、なるほど。そういうことでしたら」

出入口に向かっていたスベちゃんは連れ戻され、再びセットの中央へと歩かされる。

そしてスベちゃんを挟むようにして左右にヒロインと僕が屈み、その後ろに他の出演者達が立つような構図で記念撮影が行われた。

「……ねぇ、スベちゃん」
「…?」

プロデューサーさんがカメラを構える中、僕はスベちゃんの着ぐるみに向かって軽く声をかける。

「この間の『朝ごはん』、美味しかったよ」
「!!」

「撮りまーす!はい、チーズ!」

ーーパシャッ!

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

処理中です...