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壱、長男の野望
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しおりを挟むこの家において、長男・モーリスの役目はかなり重要だ。
家事全般、ノアの研究補助、暴走しがちな弟達の制御、そして……
「モーリス。薬の納品を頼む。それと、材料の買い出しもな」
「はい、かしこまりました。お父さま」
人嫌いのノアに代わり、町へ出ること。
これも主にモーリスの役目となっている。
「必要なものはここに。今日中に済ませるなら特段急ぐ必要も無いからな。お前のペースで行ってくるといい」
「お心遣い痛み入ります」
ノアから薬の瓶や買い物カゴ、小銭、メモ紙を受け取り、モーリスは軽く支度を整える。
そして全ての支度を整えると、モーリスはノアにぺこりと頭を下げた。
「では、早速行ってまいります。…お父さま、私が帰ってくるまでくれぐれもお外には出られないようにしてくださいね」
「はぁ…私は子供じゃないんだぞ?」
「ええ、分かっています。…ですが、町の子供が面白半分にこの家にやってくる可能性も捨てきれないので」
町外れにあるこの家は、町の子供達から『危ない薬を作っている』『捕まると怪物にされる』などと噂され、ある種の肝試しスポットと化していた。
過去には窓ガラスから石を投げ込まれたことも数回あった。
「…もしお父さまが怪我をするようなことがあれば、私は……」
「モーリス、心配しすぎだ。野犬避けの薬は定期的に撒いてるし、家にはエルドレッドもいる。お前が心配するようなことはない」
「……はい…」
酷く心配するモーリスをいつものように宥め、その背を押すように送り出す。
「…では、行ってまいります」
「あぁ。気をつけるんだぞ」
そしてようやく家を出たモーリスを見送り、ノアは再び研究に戻るのであった。
………………………………
…………………………………………
家から町の中心部までは徒歩30分程で到着する。
田舎とはいえ昼前ともなれば買い物をするご婦人で賑わい、モーリスはその合間を縫うようにして歩をを進めていた。
(さて…まずはお父さまの薬を納品しましょう)
最初の目的地は町の薬屋。
ノアの作った薬を納品し、その売上を家計の足しにするのだ。
頭の中で最短ルートを計算しながら薬屋へと向かうモーリス。
しかし田舎町では珍しい長身美形の若者とあれば自然と通行人の目を引き、そのうちの一部…数名の女性がその肩に触れた。
「あらモーリスくん!」
「今日もお父さんのお使いかしら?」
「おや、皆さんおはようございます」
声をかけたのはこの町に暮らす専業主婦達。
モーリスはその声掛けを無視することなく振り向くと、にこやかに人のいい笑みを作り、軽く挨拶をした。
だが、そこに一切の感情はない。
全ては父親であるノアのため、その評判を少しでも改善しようと『親想いの優しい息子』を演じていた。
「いつも偉いわねぇ、ウチの子も見習って欲しいわ」
「いえいえ私なんて…」
世辞の言葉に適当な返事を返し、相手の様子を伺いながら会話をそれなりに弾ませるのはノアにはない高度なコミュニケーション能力だ。
他の2人よりも好奇心と学習能力の高いモーリスはそれを武器に町の人と人間として渡り合い、ノアの役に立ってきた。
しかし…
「でもモーリスくんもいい歳だし…そろそろお父さんと離れて、結婚とかは考えないのかしら?」
…その言葉に、モーリスはほんの一瞬硬直した。
(結婚?創造物である私が、創造主と離れて?)
ノアと離れることを考えただけでモーリスの胸の奥から醜く澱んだ感情が込み上げてくる。
だがモーリスは決して負の感情に囚われず、にこにこと笑う主婦達に見られないように拳を震わせるだけに留めた。
「………いえ、私は好きでお父さまの傍にいますから。それに、弟たちだけに任せるのも嫌なので」
やや間を空けてしまったが、なんとか笑顔で返したモーリスに主婦達は『あらぁ、いい子ねぇ』などと呑気に微笑む。
モーリスも本心…『抜け駆けされそうで』とは言わず、あくまでも親想いの優しい息子に徹した。
「…すみません、そろそろ用事を済ませないと」
「あら、ごめんなさいね引き止めて」
「御家族にもよろしくね」
そしてようやく主婦達の手から逃れると、モーリスは逃げるように薬屋のある路地へと向かった。
「……ふぅ。私も、まだまだですね」
胸に残る苛立ちや怒りに、モーリスは自身の未熟さに呆れるように首を横に振る。
(…あのご婦人方は、決して表には出さないものの日頃からお父さまを見下している。少し注意を高めておきましょう)
そんなことを考えながら路地を進み、たどり着いたのは町の中心部から少し離れた場所にある薬屋。
モーリスは一度深呼吸をしてからそのドアを軽くノックした。
ーコンコン
「失礼します。モーリスですが、お父さまの薬を納品に参りました」
『…鍵はあいてる』
ドアの向こうから聞こえてきた男の声に、モーリスは軽く会釈をしながらドアを開ける。
「こんにちは」
「……………」
店主の男はモーリスを一瞥すると無言でカウンターを指さす。
モーリスはその無愛想な態度に文句も言わず、ノアから託された薬をカウンターに並べた。
「……チッ、相変わらず忌々しいまでに完璧な薬だな」
「ありがとうございます。…お父さまの自信作ですので」
この店主は過去に自作の薬をノアに徹底的に貶されて以降、ノアとその家族であるモーリス達を毛嫌いしていた。
しかしその一方でノアの錬金術の腕は認めており、納品した薬に見合う値段の金銭をしっかりと手渡す。
(…先程のご婦人方とは正反対ですね。こちらの方が御しやすいので構わないのですが)
「用が済んだらとっとと出ていけ。…調合の邪魔だ」
店主はそう吐き捨て、手の平で追い払うようなジェスチャーをしてからカウンターの奥へと消えていく。
…その片手には先程納品したノアの薬が握られていた。
(お父さまの薬を参考に研鑽を積むつもりなのでしょう。…まぁ、凡人が幾ら頑張ったところでお父さまに追いつけるとは思いませんが)
少し目を細めてその背中を見送り、モーリスは踵を返して薬屋を後にする。
「次は…お買い物ですね」
そして次なる目的のため、モーリスは再び町の中心部へと向かった。
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