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夜の王、溺れる
しおりを挟むアッシュが眠りにつくと、アベルは優しく体を抱きかかえてから風呂に向かった。
『…全く、計算外だらけだな…』
湯の張った浴槽に浸かりながらアッシュを撫でる。
…普通の浴槽では沈んでしまうため、アッシュは風呂桶に張ったお湯の中に入れられていた。
(最初は物珍しさだけでただの遊びだったのに…この短時間で俺をここまで煽るとは、まさか新手の魅了スキルか?)
アッシュはアベルが軽く力を込めてデコピンでもすれば、簡単に消し飛ぶような弱者だ。
だがその不思議な魅力はアベルを惹き付けてやまず、今では住処に返すのも惜しいほどだ。
『まぁ時間は幾らでもある。仮に人間がこいつを害するなら…人間を滅ぼしてから手中に収めてもいい』
これまで同族(夜魔)、淫魔、人間など様々な種族を抱いてきたアベルだが、ここまで満たされた行為は初めてだ。
満足げに微笑み、アッシュの体に手を触れる。
『人間よりも弱く脆いというのに…侮れんな』
そうしてしばし風呂を堪能すると、アベルは再びアッシュを抱き上げてから部屋に戻る。
ベッドは既に綺麗に整えられており、その傍では使用人らしき魔物…狼男の執事が紅茶を注いでいた。
『ご苦労』
『いえ、それより…そちらはスライムでしょうか?』
執事はアベルが抱き上げる球体…スライムのアッシュに視線を向ける。
『あぁ。察しの通り、今しがた楽しんできた所だ』
『…スライムならばこの城の周囲にもいるではありませんか』
『ダークスライムか?…あれは粘っこくて触り心地が悪いだろ』
『それでその下級スライムを?…はぁ、貴方様の気まぐれには慣れたかと思っていましたが…』
呆れた様子の執事だが、アベルは一向に気にしない。
『ではお前が未熟だったということだな』
『左様でございますね』
『ははっ、棒読みにも程があるぞ』
本来ならば不敬だと切り捨てられるレベルの態度だが、今のアベルはこれまでになく上機嫌だ。
執事を咎めることなくバスローブを着ると、アッシュを膝に乗せる形で椅子に座る。
『…すぴゅ…あべる…むにゃむにゃ…』
『…呼び捨てまでお許しになられたのですか?』
『あぁ、俺の事を全く知らないようだったからな』
眠るアッシュを優しく撫でる姿に、執事はこれ以上の追及を止めた。
何を言っても無駄だと分かったからだ。
『では…彼はこのまま城に?』
『いや、今日のところは住処に返す。ウチは色々ゴタゴタが多いからな。その辺が完全に片付いたら…』
その時は、本気でアッシュを連れていく。
口では直接言わなかったが、その赤い瞳が全てを物語っていた。
『…了解致しました。ではその時が早く来るように、微力ながらお手伝いさせていただきます。魔王様』
『あぁ。お前には期待しているぞ』
そうしてアベル…魔物を統べる夜の王は、1匹のスライムを優しく見つめながら紅茶を飲み干した。
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