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3rd Act: テスト本番と学校祭準備と
3-15: オーバードライブ・オーバーヒート
しおりを挟むもう間もなく清掃作業も終わる。やたらと念入りに隅々まで手をかけているような感じがするが、きっとこれは気のせいでは無い。紛れもない事実だ。これなら伯父さんも今日の夜営業にさぞかし気持ち良く入れるだろう。
――さて。二階堂菜那は、まだ居る。居てくれているわけだ。この後の予定はなく、家に帰るだけと言ってくれたのに、まだ居てくれているわけなのだが。
こちらとしてもお店から追い出す気は更々なかったし、伯父さんも取り立てて指摘を入れようとする様子も無かった。
何なら伯父さんは、俺の方に視線を送るたびにニヤニヤと笑っていた感じがある。何となく生温い視線を感じて伯父さんの方を見れば、必ず『ムフフ』という漫画的擬音表現がギャグマンガタッチでレタリングされて伯父さんの背後当たりに浮かんでいそうな雰囲気だった。ああいうのが好きそうな感じの人だから本当に困る。そういえば、稲村が初めて来ときも、二階堂を連れ立ってきたときもそんな感じだった。
「終わりました」
「おう、ご苦労さん」
奥の方にあるロッカーに掃除用具一式を収めて報告。伯父さんがやった後は何となく適当に突っ込まれているのでいっそ俺も同じようにやろうかとも思うが、それも何だか負けた気になるので一応は整理するのが常である。
「あとは良いからな、何も気にせずに」
伯父さんは変わらずのニヤニヤ笑顔で何やら言ってきた。
「え?」
「ん? デートの約束とかしてるんじゃないのか?」
「ぐふっ」
思わず噴き出す。ここが店内からは見えないような場所で良かった。聞かれていても面倒だし。
「何。違うの?」
「そういう予定はないですよ」
「へえ」
興味を失ったようなリアクションをされる。伯父さんのお気に召そうがそうでなかろうが俺が知ったことでは無いが、あまり納得は行かない。今日は実際にそういう話を一切していないので俺がどうこうできる話ではない。
っていうか、伯父さんの口調は完全に『伯父さん』のモノになっているところから考えると、もう『終わりました』宣言をしたから、店主と従業員の関係も今日は御仕舞いということで良いのだろうか。
「でも、送って行きはするだろう?」
「……まぁ、拒否されない限りは」
「いや大丈夫だろ」
即答。
「どこからその自信が」
「自信っつーか、確信だな」
そこまで鼻息荒く言われると、こちらとしては用意してあるセリフでは到底力不足なので黙るしかなかった。
接客を通じてたくさんの人たちの心の動きのようなモノを少なく見積もっても俺の数千倍は見てきているだろう伯父さんがそこまで言うのだから、二階堂のどこかにそういう要素があったということなのかもしれないが、俺にはそれが全く分からなかった。
「少なくとも俺の目には、あの子はお前のことを待ってくれていると思うんだがなぁ」
「……そう、なんスかね」
「自分で確認してくれば良いだろ。待ってるんだろうからさ。ほら、早よ行け」
バイクの鍵を投げて寄越される。一瞬返そうかとも思ったが、少し思い直して俺はそのままお店の方へと向かうことにした。
○
斯くして、二階堂はそのままの場所に居た。
カウンターとかソファに座っていても全然構わなかったのに、彼女はレジ脇にある俺の待機場所あたりに佇んでいた。もしかしたら俺がバックヤードに行った後も1ミリのズレさえしなかったのではないかとすら思えるほどだった。
立ち方すらキレイだから本当に困る。凜とした空気感を迷った二階堂は本当に綺麗だ。
「お疲れさま、深沢くん」
「ありがとう」
あまり表情は変わらず。だが、労いの言葉が来るだけで嬉しい。回復アイテムとしてはかなり上位のモノだと思う。――RPGなんかに出てくるとしたら、たしかに二階堂は魔法系のヒーラーっぽい雰囲気はある。
「……帰りますか」
「ええ」
あれ。
これは、ホントに伯父さんの言うとおりなのか。
――訊いてみてもイイのだろうか。
訊くか。訊いてみるか。
ここは思い切って――。
「お待たせした?」
「別に。そういうわけではないけれど」
無いけれど……?
「何だか、落ち着くから」
「そっか」
ごめん、伯父さん。
俺には女の子の匙加減なんて分かりゃしないや。
「とりあえず、こっち来て。裏の方から回るから」
「良いのかしら?」
「問題無し。気にしないで。そんな機密情報が転がっているとかいうわけじゃないし」
二階堂を連れて勝手口の方へと向かう。正面から出ていっても問題は無いのだが、今日の帰路には別のお供が居るからこっちの方が良い。
「実はさ、……今日バイクなんだよね」
「そうなのね」
伯父さんからの捨て台詞のような茶化しとともに投げ渡された鍵は、当然俺の相棒(暫定)のイグニッションキー。いつでも軽快に走ってくれる相棒のためのモノ。
ガレージのシャッターを開ければそこに鎮座している足の良いヤツ。見た目はちょっとクラシカルで、それが良い。実に俺の好み。
その脇にある棚の上にはヘルメットがいくつか転がっている。一番手前にあるのは俺が普段使わせてもらっているモノだが、他は在庫とでも言うのだろうか。いつ入り用があっても使えるようにと普段から伯父さんが手入れはしているし、俺も手が空いたときには掃除などをしていたりする。
さて、と。
ここで改めて、ほんの一瞬だけ二階堂の服装をチェックさせてもらう。
――と言っても、見るのはボトムスだけだ。
スキニーデニム。濃い目のネイビー。足の綺麗さが強調されている。
ああ、そうだ。何も問題はない。
以前バイクの存在を伝えておきながら徒歩で来たと告げたときにとても残念そうな二階堂のためのリベンジを、今日やらないでどうするという話だ。
「送って行こうと思うんだけども……」
顔の小さな二階堂だ。恐らくこのヘルメットのストックの中でも一番小さなモノで良いはずだ。
「これ、入るかな」
「……良いのかしら」
「ん?」
明らかな乗り気では来なさそうだと予想はしていたが、何かを懸念するような声色が出てくるのは完全に予想外だった。
どうしたのだろうか――。
「ふたり乗りって」
「……ああ」
そういうことか。たしかに自転車とかなら一発でお叱りを受けるところだろうけど。
「コイツは法的にふたり乗りの型式だから大丈夫。一切問題無し」
「そうなのね」
明らかに安心した顔になった。やはり気にはなっていたか。
そうだよな。前回俺が歩きで来たと言った時に感じた残念そうな雰囲気が気のせいでなければ乗ってくれると思っていた。この予感まで外していたら俺には一生女心を理解することが出来ないのだと確信するところだった。
「あとはまぁ、ヘルメット被るから髪型が……とか」
「じゃあ、お願いしようかしら」
気にしないらしい。
「任されました。……超絶安全運転するから、できるだけ安心してくれ」
「何よ、その言い回し」
微笑み。と言っても、だいぶ呆れたような色合いが濃いが。
「仕方ないだろ。……誰かを後ろに乗せるの初めてなんだからさ」
伯父さんが駆るバイクの後ろに乗せてもらったことは何度もあるが、自分が誰かを後ろに乗せるなんてことはしたことがない。そこそこ大きな荷物を載せたことはあるので重量感については大丈夫かもしれないが、それが人となると少し話が変わってくるかもしれない。
「……まぁ、そんな長い距離でもないし、マジであんまり怖がらないでくれるとありがたい」
「善処するわ。でも信頼してる」
「ぉう」
自分に都合良く、ちょっと違う風に聞き取ってしまった感じはある。少し頭を振って雑念を追い出しておいた。
グローブも渡しつつヘルメット装着の手解きを軽くした上でまずは練習が必要だろうという話になり、俺が跨がっているところに合わせて乗ってみることになった。
「こう?」
「そうそう」
跨がるまではとくに問題無さそうな感じ。何分スタイルが良いのでかなりの屈伸状態をキープして跨がるというのはキツいかとも思ったが大丈夫そうだ。運動神経は良いと聞いているし、何ならその片鱗は既に何度か体育などで見ているので安心ではある。
「で。その状態でどこかに捕まってもらえると良いんだけども」
「どこが良いのかしら」
「えーっと……その背もたれみたいなヤツを掴むか……」
タンデムバーと言われるモノは一応装着済み。金属製の背もたれのフレームだけみたいなモノだ。これを掴んでおけばまぁまぁ安心ではあるのだが、さすがに金属フレームだけのモノなので安定感抜群とはお世辞にも言えない。
「他には?」
「他には。……まぁ、そのー……」
それ以外の照会を催促されてしまった。
ならば、仕方ない――のか?
「……俺を掴んでもらえると」
「どこ?」
「ぅえ!?」
「何よ、その声」
「……いや、何でもねえデス」
まさかノータイムでさらに詳細を求められるなんて思ってなかったんで。
「その、肩か腰あたりを」
「こう?」
「――!?」
腰ですかぁ!? そう来ますか二階堂さんんん!?
思ったよりもしっかりとぎゅっと抱きしめられる感覚に驚く。
何かもう、イイ匂いするし。
あと、何かもう、背中に当たる感触が――――。
「たぶん後ろに行くより安定しそう」
「そ。そっすか」
そう言われてしまえば拒む権利などどこにもない。
何かもう。エエ、はい。
250cc単気筒エンジンよりも、俺の方があっさりとオーバーヒートしそうです。
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