シオンズゲイト -zion's gate-

涼雨 零音(すずさめ れいん)

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第一章

第五話

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 地面が近づいてくる。扉が想像よりも大きな音を立ててひとりでに開き、ぼくはゴンドラから降りた。ゴンドラの中がこもっていたせいか空気が少しひんやりと感じられた。乗り込んだところは屋外だったけれど降りたところはすぐに建物に入るような構造になっていた。周りには人がほとんどいない。乗るのに並んでいる人もいないし、降りてくる人もいなかった。ただ乗り降りをサポートする係の人だけがありあまる時間に弄ばれていた。

 少し歩くと下りのエスカレータがあった。ぼくはそれに乗って階下へ降りた。

 下の階はショッピングビルのようで、大小さまざまなショップがあり、買い物を楽しむ人たちが行き交っていた。ぼくはポケットから端末を取り出すと地図を起動した。地図には現在位置が表示されたけれど、見慣れないエリアでよくわからなかった。ぼくは画面上で指を滑らせて表示を縮小した。
「さっぽろ?」
 言葉が続かなかった。地図によれば現在位置ははるか北の町、さっぽろの中心部のようだった。みらいの町のホイールからさっぽろのホイールにワープしたのだ。建物から出て振り返り、今出てきた建物を見上げた。ビルの上でホイールが回っていた。みらいの町のホイールほど大きくないし、電飾も少ない。ビルの壁面にはnORBESAと書いてあった。ノルベサ。このビルの名前だとしたらだいぶふざけていると思った。周囲にひしめき合っているビルはそれぞれてんで勝手な形をしているし、ネオンサインも主張の強いものばかりだった。行き交う人はこちらの方が少ないのに、スペースはみらいの町の方が余裕があるように感じられた。景観はごちゃっとしているし道路にはゴミが多かった。

 あてどなく街並みを見上げながら歩き、少し大きな通りへ出たところで地下街への入り口を見つけた。ガラスの扉を押し開けて少し急な階段を下りると階段を降り切ったところにまたガラスの扉があった。北方のこの町では冬の寒さを軽減するために扉が二重になっているのだろう。

 地下街には通りの両側に多種多様な店が特にカテゴリ分けなどはされていない様子で無秩序に並んでいた。単に移動するための通りとして商店には目もくれずに歩いている人が多い。ぼくは人の流れに乗って通りを北上し、やがて地下鉄の改札に出た。改札口を迂回して進むと東西方向の地下道と交わっていて、その交わったところが広場のようになっていた。

 広場で立ち止まって周りを見回していると、東へ向かう通りがにわかに騒がしくなった。広場の椅子に腰かけてくつろいでいた人たちも腰を上げ始める。東の通路からこちらへ走り出てくる人が増える。それを眺めていると大きな破裂音がして爆風が押し寄せた。角にあったコーヒーショップのガラス張りの壁一面にひびが入って真っ白になり、一拍遅れて粉々に吹き飛んだ。その壁の破れたところから人々が逃げ出てくる。さっきまで明るかったコーヒーショップの店内は照明が落ちて薄暗がりになっている。通路の奥は埃や煙が立ち込めていて、火災報知器と思しき警報も鳴り始めた。
「なんだ?」
 ぼくは腕で顔をかばいながら腰を落とした。周りは逃げ惑う人々でパニックになっている。煙の中から金属音を立てながらロボットが現れた。人の形をしたロボットだ。ロボットは首を左右に回しながら二本足で歩いている。その動きはなにかを探しているように見えた。動いていた首が止まり、ロボットは右腕を振りかぶってその視線の先に振り下ろした。轟音とともに粉砕された床のタイルが間欠泉みたいに吹き上がる。そこからなにかがぼくの方に飛んでくる。ぼくはかわそうとして下がったけれどバランスを崩して倒れた。尻もちをついたぼくの前に飛んできたのは人だった。ポンチョのようなものを着た小柄な人がぼくの目前で体勢を整えた。立ち込める粉塵の中からロボットが出てくる。
「フェルマータ! ワイヤーだ!」
 ポンチョの人が叫んだ。少年だ。ぼくはその声に射抜かれて動けなかった。変声期に差し掛かった少年の、子どもから男に近づく途上の声だった。あやうさを秘めたおぞましい、ぼくと同じ種類の声だった。少し前まで割と気に入っていた自分の声は失われ、好きな歌も歌えなくなった。その声を聴かれると見えないところに生え始めた毛まで見られているような気がした。大人になるというのはすてきなものを次々に奪われていくことだとぼくに知らしめた声だ。

 少年は人型ロボットの左側へ走り込んだ。さらに向こうの煙の中から別のロボットが姿を現す。出てきたのは人型ではない小型のロボットだった。ロボットといえばむしろこのタイプのほうが普通で、人型のものは珍しい。人型はただ移動するだけでも制御が難しい上に、その形にすることの意味がほとんどないからだ。小さい方のロボットは三つのタイヤを三角形に配置したような足を左右に持ち、胴体はかまぼこみたいな、円筒の背中側を削り取ったような形をしていた。かまぼこの側面にはマニピュレータとしての腕が左右に一本ずつ付いていて、左手側が手のような形状、右側は人でいう肘と手首の間ぐらいから先が何種類か切り替えられるようになっている。背中は平で、上半分にランドセルのような箱がついている。頭は球体を水平に切ったようなドーム状で光沢がある。上半身の向きを維持したまま足の取り付け部分から下がぐるぐる回転するようになっていて、人型ロボットを見据えたまま縦横無尽に移動していた。

 少年が向かっていくと人型ロボットは少年の方を向いた。それを待っていたかのようにかまぼこ型は右腕の先を交換しながら人型ロボットに近づくと鋭い破裂音とともにワイヤーを発射した。ワイヤーがロボットの右腕に絡みつく。少年はそれを見届けてロボットに飛びかかった。きっとわずかな時間でいくつかのことが起きた。ぼくにはなぜかその全部がスローモーションのように見えた。

 ロボットは少年に向けてパンチを繰り出すべく右腕を振りかぶった。かまぼこ型がワイヤーを巻き戻しながら後退する。ロボットは右腕を引っ張られてバランスを崩しかけたものの、右足を軸にして一気に身をひるがえし、少年に背を向けてかがみこんだ。すかさず重心を左足に移して右足で廻し蹴りを放つ。少年はとっさにガードしたけれどその廻し蹴りをまともに受け、柱に埋め込まれたサイネージの画面に叩きつけられた。サイネージは消灯して真っ黒になり、一瞬ののち、ひび割れて真っ白になった。少年が柱の表面を滑りながらゆっくりと地面に落ちる。

 そこまで見届けるとぼくの視界が元の速さに戻った。考えるよりも先に足が動いて少年のもとへ駆け寄った。

 少年は顔をしかめながら上体を起こした。
「大丈夫?」
 ぼくは聞いた。
「離れてないと巻き込まれるぞ」
 少年が答える。

 ぼくが少年に肩を貸して立ち上がろうとすると、少年はそれを振り払った。
「おれにかまうな。あれはおれの獲物なんだ。おまえは離れてろ」
「獲物?」
 ぼくはロボットの方へ目を向けた。ロボットはこちらへ向かってこようとしてぎこちなく上半身を揺らし、腕を引っ張られていることに気づいて再び向こうを向いた。
「フェルマータ! ワイヤーを切って離れろ!」
 少年が叫び、ぼくは驚いて体をはなした。

 ロボットが腕を振り下ろし、床のタイルが粉塵になるのが見えた。その粉塵の中からかまぼこ型が走り出てきた。
「そのロボットはフェルマータっていうの?」
 人型ロボットの近づいてくる音がする。
「話はあとだ。まずはあれを倒す」
 そう言うと少年とかまぼこ型はぼくから離れた。ロボットはそのままぼくの方へ向かってくる。ロボットが右腕を振り上げた。ぼくは横っ飛びに床に転がった。ロボットの右腕はぼくのいたあたりの床を粉々にした。

 ぼくは粉塵にまみれながらも人型ロボットの動きを観察していた。予想外の要素でバランスを崩しても倒れずに、予定した動きとは違う回し蹴りで攻撃した。普通のロボットならあの場面は倒れないことを優先するはずなのにあくまでも攻撃しようとしたのはロボットの制御として普通じゃない。あれはロボットではなくパワードスーツのような、中に人間が入って動かしているものだろうと思われた。

 人型ロボットが再びぼくの方へ近づいてくる。
「やめてよ!」
 ぼくは思わず叫んだ。ロボットはさらに近づいてくる。ぼくは少しずつあとずさる。ロボットの部品の隙間から中に入っている人の一部が見えた。抱き込まれるようにして内側に入っていた。ロボットの首の付け根あたりに顎が見えていた。
「やっぱり人だ」とぼくは呟いた。
「やめてよ! なぜ暴れるの?」
 ぼくはロボットの中にいる人に向けて叫んだ。返事はなく、ロボットはさらに近づいてくる。一歩前進するたびに上半身とだらりと垂らした腕を揺らしながら近づいてくる。ぼくは壁際まで追い込まれた。
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