シオンズゲイト -zion's gate-

涼雨 零音(すずさめ れいん)

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第二章

第十一話

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 ピ、と小さな音が鳴り、ぼくのゴーグルに通信許可依頼が届いた。アリアからだ。ぼくが通信を許可するとアリアの操作で地図が開いた。ぼくとアリアは別々のゴーグルで同じ地図を見ている。アリアが地図の表示を切り替えて航空写真モードにした。
「これ、なんだろう」
 アリアの視線マーカーが地図の上を動く。アリアが示したのはすぐ近くの森の中のようだった。そこにほとんど正方形に木の立っていないスペースがあり、屋根らしきものが映っていた。
「行ってみよう」
 ぼくがバギーから降りようとするとアリアが止めた。
「なんで降りるのよ」
「え?」
 アリアはバギーをスタートさせ、駐車場の端の縁石を乗り越えて森に入って行った。木々の間をすり抜けながら進む。ゴーグルはエクステンドモードで地図を表示している。森の中で木をかわしながらも、アリアの運転でぼくらは確実に目的地へ近づいていった。やがてひらけたところに出た。二〇メートル四方ぐらいの正方形のスペースだ。その中央にはなんらかの建造物がある。真上からの航空写真では屋根しか見えなかったけれど、横から見るとそれは見慣れない建造物だった。少し背の高い平屋で、正面の壁に引き戸のような大きな扉があった。全体が白百合色で塗られていてマーキングなどの情報はまったくなかった。
「エレベータだ」
 アリアが言う。
「エレベータ?」
 ぼくの知っているエレベータとはだいぶ様子が違う気がした。
「これは車用のエレベータだよ。あんまり見ないけど、大きな車屋さんなんかで二階より上に車を展示してるようなところにはだいたいこういう感じのエレベータがあるのよ。でもここにつながる道路がないのに車用のエレベータだけあるのは不自然ね」
 ぼくは改めて目の前の建造物を眺めて「まるでこのバギーで入ってくるために用意されたような」とつぶやいた。

 これがエレベータだとすると、見えている部分は平屋のような建物だから当然ここから上ることはないだろう。すると地下へ降りるものだということになる。アリアはゆっくりとバギーを進めて扉の前に停めるとバギーから降りてエレベータの操作パネルを確認した。アリアがなにか操作をするととても大きな金属音がして正面の扉が右手へ吸い込まれて部屋が現れた。アリアは戻ってきてバギーに乗り込み、バギーをその部屋の中へ進めた。バギーが完全に扉の内側に入るとまた立ち上がってエレベータを操作した。ぼくらの背後で扉が閉まり、真っ暗闇になった。
「あ、真っ暗だ」
 闇の中からアリアの声が聞こえてふわりと明るくなった。アリアのゴーグルについているランプが点灯していた。エレベータは大きな金属音をいくつか吐き出した後、巨大なモータの音をさせて動き始めた。動き始めるときにふっと重力が軽くなるような感覚があってバギーのサスペンションもわずかに動いた。

 アリアは暗がりの中を戻ってきてバギーの運転席に滑り込む。
「シートベルトはずして座ってて。なにが待ってるかわからないからさ。いざとなったらバギーから飛び降りるよ」
「え?」
 アリアが何を想定しているのか読みかねたけれど、ぼくは言われた通りシートベルトを外した。

 エレベータはぎしぎしと軋みながら降下していく。
「ね。なにが起こると思う?」
 ぼくが聞く。
「わからないけど、なにか簡単じゃないこと」
 いくつかの金属音がしてエレベータが停止した。アリアが深呼吸するのがわかった。ぼくもゆっくりと目をつぶってから再び開いた。

 乗り込んだ時と反対側の扉が右から左へ吸い込まれていく。扉の向こうは闇だった。真っ暗でなにも見えない。ゴーグルのランプぐらいではどうにもならない闇だ。アリアはバギーの前照灯を点灯してゆっくりとエレベータからバギーを出した。
「ね、レイトのゴーグルに赤外線センサみたいなもの、ついてない?」
「あ」
 アリアに言われて思い出した。ぼくのゴーグルはアリアのよりも大型で、その分多機能だ。赤外線や超音波のセンサを搭載していて、周囲の形状を三次元プロットできる機能もある。
「ちょっと待ってね」
 ぼくはゴーグルを操作してセンサを起動し、ゆっくりと頭を回転させた。視界にセンサが検知した周囲の形状がワイヤフレームで描画されていく。スキャナーが検知した障害物が視界にワイヤーフレームで表示されていく。大昔のゲームの画面みたいだった。表示されたのは壁と床と天井に囲まれた直方体の空間で、正面に扉のようなものがある以外はどの面も平だった。ぼくは正面を中心に左右240度ほどの範囲をプロットして、出来上がったデータをアリアのゴーグルへ送信した。
「ありがと」
 アリアはそう言うとゆっくりとバギーをスタートさせた。視界に表示されたワイヤーフレームも移動に合わせて更新される。前方の巨大な扉も近づいてきて、バギーの前照灯が届き始めた。ワイヤーフレームでは扉のように見えたけれど、実際には白っぽい金属製の壁で、よく見ると左右の扉が中央で閉じていることがわかる。バギーはその扉の前まで来て停止した。

 どうやって開けるのかな、と思ったところで「バン」という大きな衝撃音がして急にあたりが明るくなった。ドアの部分だけ天井に照明がともっていた。
「うわ、びっくりした」
 ぼくは思わず声を上げた。ほとんど同時に視界の隅にZのアイコンが点滅した。ぼくはすぐにアイコンを展開した。
「よくここまできた。レイト君。アリア君」
 文字メッセージだと思っていたのに声がきこえた。骨伝導スピーカで頭に響いてくる。ぼくはアリアと顔を見合わせた。
「さて、きみたちの前には今ゲイトがある。だが早まらないでくれたまえ。そのゲイトはシオンのゲイトではない。言ってみればシオンのゲイトへ行くためのゲイトだ。ここまでたどり着いたきみたちは、きっとこれまでとは違う自分に成長していることだろう。そこでだ。わたしはきみたちに二つの選択肢を提示する。一つはここでゲームクリアとして元の生活に戻るという道だ。きみたちは十分に成長した。これまでに得たものでこれからの人生をまったく違ったものとして生きていくことができるだろう。もちろん他のすべてはみんな元通りだ。悪くない提案だろう」
 そこまで言って声は少し間をとった。
「もう一つはいまきみたちの前にあるそのゲイトを開くという道だ。わたしにできるのはゲイトを開くことだけだ。その先はきみたちがきみたちの手で切り開く。もはやゲームではない。きみたちはケガをするかもしれないし、命を脅かされるかもしれない。残念ながらわたしにはきみたちの安全を保障することはできない。ただ、きみたちがそのゲイトをくぐれば、シオンへのゲイトはその先に必ずあると約束しよう。わたしはそこで待っている。どうするかよく考えて決めてくれたまえ」
 声は止まり、実行されたファイルは待機状態になった。
「どうする?」
 聞きながらぼくは自分はどうしたいのだろうかと考えてみた。先へ進みたい。せっかくここまできたから? それもある。それ以上に元の状態に戻るということに魅力を感じないというのが強かった。元に戻れなくなることで失うものがぼくにはほとんどなかった。

 でも、とぼくはアリアを見た。アリアは違うはずだ。両親と暮らしていた生活に戻りたいんじゃないだろうか。元に戻すためにシオンを目指すと言っていたんじゃないか。今戻ることができる道を提示されたなら、リスクを背負ってまで先へ進む必要はないだろう。
「なにか迷うことある?」
 アリアが言った。
「え?」
「いや、どうする、って聞くから。聞くまでもなく行くよね?」
「え? 行くの?」
「あれ? レイト行かないの?」
「そうじゃなくて、ええと」
 ぼくは予測と違う展開で混乱して言葉を見失った。
「行く。ぼくは行くつもりだよ。でもアリアはほら、シオンとか選ばれしなんとかとかたいして興味ないって言ってたじゃない?」
「言ってたね。だけどここまで一緒に来てさ、レイトはあたしだけ帰して一人で行くつもりなの?」
 ぼくはその問の答えを用意していなかった。というより、問い自体から目を背けていたのかもしれない。
「いや、そんなつもりはなかった。ほんとは、どこまでもアリアと一緒に行きたい」
 ぼくは自分でも驚くほどはっきりと宣言して、まっすぐアリアの目を見つめた。いつもぼくの目を惹きつけていたアリアの目が、今もぼくに力をくれているような気がした。
「よし。合格」
 アリアは満足そうに頷いてそう言った。
「あたし一人だったら引き返したかも、って思うよ」
「選択は因果につながる」
 ぼくはあの老人の話を思い出して言った。
「そう。選ぶってことは他のものを選ばないということ。あたしはレイトと行くことにする。そう決めたことがどんな事態を連れてきても、あたしは引き受けるよ」
「強いんだな、アリアは」
「それ何回目?」
 アリアはそう言って笑うと、待機状態になっていたプロセスを呼び戻した。また骨伝導で声が響く。
「結論は出たかね?」
 〈わたし〉の声が言った。
「ゲイトを開いて。あたしたちは二人であなたのところまで行く」
 アリアが宣言した。
「わかった。きみたちがわたしのところへたどり着くのを待っている。健闘してくれたまえ」
 〈わたし〉の声が聞き覚えのある言葉を放ち、目の前の扉が開き始めた。アリアは通り抜けられる分の隙間が開いたところでバギーをスタートさせた。扉はまだ動いている。ゆっくりと近づき、扉の裂け目から向こう側へ滑り込む。車体が完全に向こう側へ入りきったところであたりの空気を全部振動させるようなけたたましい警報が鳴り響いた。赤い回転灯がそこかしこで点灯した。
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