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第二章
第十二話
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ぼくが慌てているとアリアが「きれいね」と笑った。工作機械のようなロボットが近づいてきて、巨大なハンマーのようなものを振り上げた。アリアがバギーを急発進させる。「やっぱベルトしてた方がいいかも」とアリアの叫び声が聞こえた。ぼくは片手でバギーのフレームを握りしめながらもう片方の手でシートベルトを集めた。ハンマーみたいな腕を持つロボットは他にも何体もいて、次々に近づいてくる。ぼくはときどき周りを見ながらシートベルトと格闘した。視界の隅に小型の素早いロボットが入ってくる。手のようなマニピュレータから放電して攻撃してきた。このバギーは電動だからあんなのを食らえばショートして走れなくなってしまうだろう。アリアはステアリングとペダルを操作してバギーの姿勢をコントロールしている。襲い来るハンマーロボの間をすり抜け、放電ロボに向かって突進していく。放電ロボの直前で急ハンドルを切りながらハンドブレーキを引く。ぼくの視界がスローモーションになった。車輪の中でブレーキの動くのが見え、高速で回っていたタイヤが急に止まって溝のパターンが見えるほどがっちりロックした、急角度で右に切られた前輪を軸にして後輪が左へスライドしていく。バギーは前輪を中心に後輪側を振り回して、コンパスで円を描くように回転した。放電ロボの右側面にバギーの左後輪がめり込む。ぼくのすぐ後ろで放電ロボがバラバラになった。同時に前輪が左に切れ、バギーはスピンせずに左へスライドしながら体勢を立て直し、次に襲ってきているフォークリフトみたいなやつの爪をかわして走り抜けた。ぼくの視界が元の速さに戻る。
ぼくはアリアの方を見た。アリアはスニーカーを履いた足でペダルを操作し、ステアリングを左右にくるくると回しながらときどき左手でハンドブレーキを引いた。ぼくの知っている車のペダルというのは一度に二つ踏むものではなかったし、ステアリングというのは左折するときに左に、右折するときには右に回すものでしかなかったし、ハンドブレーキは車を停めるときに使うものだった。アリアの操作はぼくの常識がまるで通用しないもので、ペダルは二つを同時に踏んでいるように見えるし、ステアリングは常に回り続けているし、一度も停まらないのにハンドブレーキをしょっちゅう引く。なに一つ理解できなかった。中でも一番理解できなかったのは、アリアが楽しそうに微笑んでいたことだ。
視界に入るロボットはどんどん増えていき、バギーはその間を縫いながら一応前進していた。後輪をぶつける方法で小型のロボットを粉砕したり、大型のやつを倒したりしながら進んでいるとクレーンのようなロボットが木箱のようなものを振り回して襲ってきた。ハンマーロボのハンマーをかわした先に木箱が飛び込んでくる。バギーは右の側面に木箱をぶつけられて吹っ飛んだ。ゴロゴロと転がって止まる。
「ててて」
転がったはずみで二人ともゴーグルが外れて落としてしまった。あたりを見回すと少し離れたところに落ちていたけれど、アリアのゴーグルは走ってきたクレーンロボのキャタピラに踏みつぶされた。ぼくのゴーグルは放電ロボに拾われたところだった。あ、と言いかけたとき、放電ロボのマニピュレータから強烈な光が発せられてぼくのゴーグルは黒焦げになった。
「ああ」
ぼくは叫んだ。アリアがバギーをスタートさせる。
「一応走れるけどさすがにフレームが歪んだみたい。まっすぐ走れなくなってきた」
ぼくはなにか返そうと思ったけれど言葉が出なかった。アリアはまた横から襲ってくるクレーンの木箱を巧みにかわした。襲い掛かってくるロボット以外にも、壊れて倒れているロボットがいくつかあった。
「壊れてるやつもいるね」
バギーのフレームにしがみついたままぼくは大声で言った。
「うん。あたしたちが倒したの以外にも壊れてるのがある」
忙しそうに運転しながらアリアが答えた。
「他のプレイヤーがここを通ったってことかな」
滑り込んできたキャタピラを持ったロボットを間一髪のところでかわして、バギーは右側二つのタイヤだけが接地した片輪走行になった。
「ごめんそっちに乗り出して」
アリアが叫んだ。頭で理解するよりも先に体が動いてぼくはバギーのフレームで懸垂をするようにして上半身を左側へ乗り出した。バギーはなんとか左のタイヤを地面に落として四輪走行に戻った。
「ナイス」と言ってアリアはバギーのコントロールを取り戻し、左右に滑りながら進んだ。前方の壁にここへ入ってきたものよりも少し小さい扉があって、中央が少し開いているのが見えた。
「あそこに飛び込めばいいのねきっと」
ロボットをかわしながら近づいていくと扉は今にも閉まりつつあった。隙間は次第に狭くなっている。
「間に合うかな」
アリアはそう言って加速する。左から現れた小型のロボットを交わしきれずに後輪で踏みつぶし、それによって後輪がバーストしてバギーは大きく体勢を崩した。アリアは叫びながらステアリングを支えてなんとか立て直した。斜めになりながらバギーは突進して扉の間に刺さり込んだ。通り抜けることはできずに扉の間に後輪部分が挟まってしまった。斜めに挟まったバギーは扉に押されて次第に縦になる。アリアの手が素早く伸びてぼくのシートベルトを解除する。そのままぼくはアリアに突き飛ばされて扉の内側へ落ちた。それを確認してアリアもぼくのそばへ飛び降りた。扉はさらに猛烈な力で万力のようにバギーの後ろ半分を押しつぶして閉まった。シートの背もたれの部分はつぶれてしまっていた。あのまま乗っていたらと思うとぼくは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
「ふう。間に合った」
アリアは清々しい顔でほほ笑むと扉のところへ歩み寄った。前の方を残して潰されてしまったバギーの前照灯のところを撫でながら「ありがとう。ごめんね」と声をかけた。
「ありがとう」
ぼくはアリアに言った。
「今のあれはレイト一人じゃ抜けられなかったんじゃない? あたしが一緒に来て正解。でしょ?」
アリアはそう言って笑った。ぼくは立ち上がってもう一度「ありがとう」と言ってアリアの手を取った。そんなことをするつもりはなかったのになぜか手を取ってしまった。手を握った瞬間に体の中心に熱いものが広がったけれどそれほど緊張はしなかった。アリアもぼくの手を握り返した。二人は手をつないで周りを見回した。扉のこちら側に、引きちぎられたようなロボットの上半身が落ちていた。
「あ」
ぼくはアリアの手を引いたままその残骸に駆け寄った。見覚えがあった。アクセルがさっぽろで手に入れたロボットだ。
「どうしたの?」
「このロボット、アクセルのだと思う」
「アクセル?」
「うん。さっぽろで出会ったプレイヤーだよ」
「じゃ、彼もここまで来たんだね。やっぱりシオンにたどり着けば会えるかもね」
「うん」
どっちが正しいのか。アクセルの言葉が耳に蘇ってきた。ぼくもアクセルも、二人ともたどり着いたらどういうことになるんだろう。どちらかが正しいのではなくてどちらも正しいということなのだろうか。なにが正しいのかなんてことはどうでもいいのかもしれない。ぼくの中にアクセルの姿が揺らめいて滲んだりはっきりしたりを繰り返していた。
ぼくらのいる場所は幅三メートルぐらいの通路で、床には二メートルおきぐらいに照明灯が埋め込まれていた。照明は床に埋まっているそれだけで、床からの灯りが壁や天井を照らしていた。壁も天井も白く、マークもサインも描かれていなかった。ぼくらは手をつないだまま通路を進んだ。
「選ばれしものの地にしてはちょっと地味ね」
周りを見回しながらアリアが言った。ぼくも同感だった。ここはきっと、まだシオンではないのだろう。通路はずっと折れることなく一本道だったけれど、直線ではなく少しカーブしていた。壁と天井は白く、床には橙色の照明灯。ずっと景色が変わらないまま道がカーブしているのでもはや自分たちがどちらへ進んでいるのかはわからなかった。勾配も平坦なのか下り坂なのかわからない。上っていることだけはないような気がした。
ぼくはアリアの方を見た。アリアはスニーカーを履いた足でペダルを操作し、ステアリングを左右にくるくると回しながらときどき左手でハンドブレーキを引いた。ぼくの知っている車のペダルというのは一度に二つ踏むものではなかったし、ステアリングというのは左折するときに左に、右折するときには右に回すものでしかなかったし、ハンドブレーキは車を停めるときに使うものだった。アリアの操作はぼくの常識がまるで通用しないもので、ペダルは二つを同時に踏んでいるように見えるし、ステアリングは常に回り続けているし、一度も停まらないのにハンドブレーキをしょっちゅう引く。なに一つ理解できなかった。中でも一番理解できなかったのは、アリアが楽しそうに微笑んでいたことだ。
視界に入るロボットはどんどん増えていき、バギーはその間を縫いながら一応前進していた。後輪をぶつける方法で小型のロボットを粉砕したり、大型のやつを倒したりしながら進んでいるとクレーンのようなロボットが木箱のようなものを振り回して襲ってきた。ハンマーロボのハンマーをかわした先に木箱が飛び込んでくる。バギーは右の側面に木箱をぶつけられて吹っ飛んだ。ゴロゴロと転がって止まる。
「ててて」
転がったはずみで二人ともゴーグルが外れて落としてしまった。あたりを見回すと少し離れたところに落ちていたけれど、アリアのゴーグルは走ってきたクレーンロボのキャタピラに踏みつぶされた。ぼくのゴーグルは放電ロボに拾われたところだった。あ、と言いかけたとき、放電ロボのマニピュレータから強烈な光が発せられてぼくのゴーグルは黒焦げになった。
「ああ」
ぼくは叫んだ。アリアがバギーをスタートさせる。
「一応走れるけどさすがにフレームが歪んだみたい。まっすぐ走れなくなってきた」
ぼくはなにか返そうと思ったけれど言葉が出なかった。アリアはまた横から襲ってくるクレーンの木箱を巧みにかわした。襲い掛かってくるロボット以外にも、壊れて倒れているロボットがいくつかあった。
「壊れてるやつもいるね」
バギーのフレームにしがみついたままぼくは大声で言った。
「うん。あたしたちが倒したの以外にも壊れてるのがある」
忙しそうに運転しながらアリアが答えた。
「他のプレイヤーがここを通ったってことかな」
滑り込んできたキャタピラを持ったロボットを間一髪のところでかわして、バギーは右側二つのタイヤだけが接地した片輪走行になった。
「ごめんそっちに乗り出して」
アリアが叫んだ。頭で理解するよりも先に体が動いてぼくはバギーのフレームで懸垂をするようにして上半身を左側へ乗り出した。バギーはなんとか左のタイヤを地面に落として四輪走行に戻った。
「ナイス」と言ってアリアはバギーのコントロールを取り戻し、左右に滑りながら進んだ。前方の壁にここへ入ってきたものよりも少し小さい扉があって、中央が少し開いているのが見えた。
「あそこに飛び込めばいいのねきっと」
ロボットをかわしながら近づいていくと扉は今にも閉まりつつあった。隙間は次第に狭くなっている。
「間に合うかな」
アリアはそう言って加速する。左から現れた小型のロボットを交わしきれずに後輪で踏みつぶし、それによって後輪がバーストしてバギーは大きく体勢を崩した。アリアは叫びながらステアリングを支えてなんとか立て直した。斜めになりながらバギーは突進して扉の間に刺さり込んだ。通り抜けることはできずに扉の間に後輪部分が挟まってしまった。斜めに挟まったバギーは扉に押されて次第に縦になる。アリアの手が素早く伸びてぼくのシートベルトを解除する。そのままぼくはアリアに突き飛ばされて扉の内側へ落ちた。それを確認してアリアもぼくのそばへ飛び降りた。扉はさらに猛烈な力で万力のようにバギーの後ろ半分を押しつぶして閉まった。シートの背もたれの部分はつぶれてしまっていた。あのまま乗っていたらと思うとぼくは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
「ふう。間に合った」
アリアは清々しい顔でほほ笑むと扉のところへ歩み寄った。前の方を残して潰されてしまったバギーの前照灯のところを撫でながら「ありがとう。ごめんね」と声をかけた。
「ありがとう」
ぼくはアリアに言った。
「今のあれはレイト一人じゃ抜けられなかったんじゃない? あたしが一緒に来て正解。でしょ?」
アリアはそう言って笑った。ぼくは立ち上がってもう一度「ありがとう」と言ってアリアの手を取った。そんなことをするつもりはなかったのになぜか手を取ってしまった。手を握った瞬間に体の中心に熱いものが広がったけれどそれほど緊張はしなかった。アリアもぼくの手を握り返した。二人は手をつないで周りを見回した。扉のこちら側に、引きちぎられたようなロボットの上半身が落ちていた。
「あ」
ぼくはアリアの手を引いたままその残骸に駆け寄った。見覚えがあった。アクセルがさっぽろで手に入れたロボットだ。
「どうしたの?」
「このロボット、アクセルのだと思う」
「アクセル?」
「うん。さっぽろで出会ったプレイヤーだよ」
「じゃ、彼もここまで来たんだね。やっぱりシオンにたどり着けば会えるかもね」
「うん」
どっちが正しいのか。アクセルの言葉が耳に蘇ってきた。ぼくもアクセルも、二人ともたどり着いたらどういうことになるんだろう。どちらかが正しいのではなくてどちらも正しいということなのだろうか。なにが正しいのかなんてことはどうでもいいのかもしれない。ぼくの中にアクセルの姿が揺らめいて滲んだりはっきりしたりを繰り返していた。
ぼくらのいる場所は幅三メートルぐらいの通路で、床には二メートルおきぐらいに照明灯が埋め込まれていた。照明は床に埋まっているそれだけで、床からの灯りが壁や天井を照らしていた。壁も天井も白く、マークもサインも描かれていなかった。ぼくらは手をつないだまま通路を進んだ。
「選ばれしものの地にしてはちょっと地味ね」
周りを見回しながらアリアが言った。ぼくも同感だった。ここはきっと、まだシオンではないのだろう。通路はずっと折れることなく一本道だったけれど、直線ではなく少しカーブしていた。壁と天井は白く、床には橙色の照明灯。ずっと景色が変わらないまま道がカーブしているのでもはや自分たちがどちらへ進んでいるのかはわからなかった。勾配も平坦なのか下り坂なのかわからない。上っていることだけはないような気がした。
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