人生七回目、さすがにもう疲れたので好きに生きます

木崎優

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番外編

後日談

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 暖かな陽の光が差し込む部屋の中で、一人小さく息を吐く。

「……元気にしているだろうか」

 椅子に背中を預けて天井を見上げながら、今はいない二人を思い出す。
 王都での式が終わって数日後には、領地でも式を挙げるからと城を出ていった。社交期になれば戻ってくるだろうが、これまでのように顔を合わせる機会は減るだろう。
 城にあった二人の部屋は片付けられ、一部は領地に、残りは王都に用意した邸宅に運ばせた。

 そうしてようやく、二人とはしばらく会えないのだということを痛感し、少しだけ寂しく思う。

「ハロルドさま!」

 だが、勢いよく開かれた扉と、飛びこんできた明るい声が感傷にひたりかけた心を吹き飛ばした。

「……もう少し静かにできないのか」
「あら、失礼いたしました。私、国ではじゃじゃ馬姫と呼ばれておりましたの」

 悪びれなく言うのは、母上が俺の婚約者にと隣国から連れてきた末の姫君。
 こちらに来てもうすぐ一年が経つのだが、飽きることなく日々走り回っている。

「挨拶はそこそこに、本題に入りましょう」
「それは普通、お前が言うことではないのでは……」

 唐突に部屋に飛びこんできて勝手に本題に入ろうとする姫君に、思わず苦笑が漏れる。
 いまだ婚約者すら選んでいない俺のために、破談になっても構わないからと用意されたのが彼女だ。
 それに加え、彼女は賓客として滞在していることもあり、あまり強く出るできない。だが、苦言を漏らすくらいは許されるだろう。

「次からはノックの一つぐらいはしてくれ」
「前向きに検討いたします」

 表情一つ変えずに言うと、彼女は外に待機させていたのであろう侍女を呼び、部屋の中に椅子を運ばせた。
 来客用の椅子がこの部屋にない、わけではない。椅子を勧められなくても座れるようにだろう。

「椅子ぐらい与えてやるから、今度から運んでくるのはやめろ」
「寛大なお言葉ありがとうございます。それはそれとして……私とハロルドさまの婚約に関してですが」

 彼女が話を切り出すと、椅子を用意していた侍女が一礼し、部屋を出た。彼女は扉が閉まるのを見届けることなく、話を続けていく。

「私がこちらに来てからもうすぐ一年が経とうとしております。さすがにそろそろ婚約をどうするか決めないと、私のお父様も痺れを切らしてしまうでしょう」

 彼女の父親は隣国の王だ。彼女は俺よりも二歳下とまだ若く、俺のところでなくとも嫁に行くことは可能だろう。
 時間を無駄にするよりは、駄目なら駄目で見切りをつけて次を探したい、と思っても不思議ではない。

「ですのでハロルドさま!」

 勢いよく立ち上がり詰め寄ってくる彼女に、なんのための椅子だったのかと考えてしまう。

「さっさと婚約いたしましょう」
「……俺のところでなくとも、お前ならもっといい縁談もあるだろう」

 何度も繰り返したやり取りだからか、彼女は怯むことなく言葉を続ける。

「たとえば、友好の証にと贈られた者を人質にし、攻め入ろうとする国があるかもしれません。そうでなくても、他に愛人がいて、愛憎の果てに邪魔者として扱われるかもしれません。他に何人も奥さんがいて、新参というだけで虐げられるかもしれません。見た目は温厚でも、とんでもない癖の方がいらっしゃるかもしれません。安定しているように見えた国でも、立派なのは見せかけだけで、本当は暴徒だらけなせいで襲われるかもしれません。恩賞として降嫁したとしても、実は引き裂かれた恋人がいて私に恨みを抱くかもしれません」

 続きすぎた言葉に、ぱちくりと目を瞬かせる。
 そういえば、彼女は読書家だとクラリスが言っていた。普段どんな本を読んでいるのかは知らないが、ずいぶんと偏った内容のようだ。

「ハロルドさまは想う方はいらっしゃるようですが、権力を笠にどうこうするような人柄ではないようですし、国も見せかけではなく安定しています。不穏な動きも今のところ見当たらず……特殊な趣味の持ち主ではないようにお見受けいたしました」
「……まあ、特殊な趣味、はないとは思うが」

 そもそも、自分がどのような趣味かをしっかりと考えたことはなかった。首を捻っていると、彼女はさらに言葉を続けていく。

「それにハロルドさまも……想う方がいる状態で誰が娶ったとして、その方が愛を得られず苦悩し、恨みつらみをハロルドさまの想い人をぶつける、だなんて事態は避けたいでしょう?」
「それは、そうだが……いや、待て。どうして俺に想い人がいる前提で話が進んでいる」
「それについて押し問答するのは時間の無駄ですので横に置いておきましょう。つまり私が言いたいのは……私とハロルドさまの婚約はどちらにとっても損にはならない、ということです」

 言い切ると、彼女は自らの懐に手を入れた。
 淑女としてあるまじき行いに思わずぎょっとしていると、彼女は爛々と輝く瞳をこちらに向けた。

「愛はいりません。恋もいりません。ただ平穏な未来のために、私と契約いたしましょう」

 胸元に突きつけられた――彼女の懐から出てきた――契約書にため息が漏れる。


 ――ああ、まったく。寂しく思う暇すらない。
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