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番外編
前日談 とある王太子の話終
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――あれからどのくらい経ったのだろうか。
ひと月かふた月か、あるいは一年か。もっとかもしれない。
以前は温かかった城が今では冷えた牢獄のようで、俺はほとんど部屋から出ることがなくなった。
会いたい者はもういない。それぞれの部屋を訪ねても、二人はもうどこにもいない。
宴の後、クレイグの祖父母は謀反を企てた首謀者として捕らえられた。そしてクレイグも、謀反の旗印になったことで拘束された。
父上はクレイグは巻きこまれただけだと主張したが、クレイグ自身がそれを跳ねのけ、自ら刑を望んだ。
自分がいれば、また同じような企てをする者が出てくるかもしれない――そう言って。
そして処刑台に上がったクレイグは最期の瞬間、狂ったよゆに笑いくだらないと吐き捨てた。
何がくだらなかったのかは、もう二度と聞くことはできない。
そしてクラリスも、どうして俺を庇ったのか。一方的に婚約を破棄した俺を、どうして助けようと思ったのか――聞くことはできない。
陽が落ちて、蝋すら灯していない暗い部屋の中で俺はただ一人、どうしようもない行き場のない思いばかり募らせている。
「ハロルド様」
遠慮がちなノックの音、セシリア嬢が扉の隙間から顔を覗かせた。
部屋にこもるようになった俺を案じて、セシリア嬢には特別に城に滞在する許可が降りた。昼夜問わずのそれは、俺が昔クラリスにと望んでもどうしても得られなかったものだ。
「……母親のもとに戻してやれず、すまない」
彼女との約束はいまだ果たされていない。そして王太子をやめることすらできていない。
結局何もなすことのできなかった自分に自嘲が漏れる。
「いえ、それはいいんです。ハロルド様も、お辛いでしょうから」
「だがお前も……知り合い、だったのだろう?」
実行犯として捕らえらえた青年はセシリア嬢の知人だった。
彼の家族はすでに国外に逃していたのか見つからなかったので捨て置かれたが、実行犯である彼は無罪放免、というわけにはいかなかった。
「……私のことは気にしないでください。月に一度、会うだけの相手でしたから。……それよりも、あまり部屋の中にこもっていると気が滅入っちゃいますよ。たまには風に当たってみたらいかがですか?」
たとえ部屋から出ようと出まいと、俺の気が晴れることはない。
わざとらしく明るくふるまうセシリア嬢に曖昧な笑みを返す。
「ほら、星も綺麗で……あ、流れ星」
風を取り込もうと思ったのだろう。窓を開けたセシリア嬢は夜空を見上げ、呟くように言った。
「ハロルド様。私の村では流れ星にお願いごとを言うと神様が聞いてくれるって言い伝えがあるんですよ」
そしてこちらに向き直ると「また流れるかもしれませんから、一緒に見上げましょう」と言って俺の背中を押した。
城に留まっていても、セシリア嬢にはなんの得もない。だが唯一の王位継承者となった俺が望んだ相手だからと、城の滞在を強制されている彼女に申し訳なさを抱き、推されるまま窓の前に立った。
「ほら、また流れましたよ。お願いの準備、しましょう?」
雲一つない空に、数多の星が瞬いている。
その中の一つが空を滑るのを見つけ、セシリア嬢がまた明るい声を出した。
そして、まるでそれが合図だったかのように、いくつもの星が流れては消えていく。
「ほら! 神様がお願いを聞いてくれるよって言ってるんですよ、きっと!」
「……そうだと、いいがな」
はしゃぐセシリア嬢に苦笑を浮かべながら星空を見上げる。
願うことなど、一つしかない。
もしもこの世に神がいるのなら、どうかお願いだから――
ひと月かふた月か、あるいは一年か。もっとかもしれない。
以前は温かかった城が今では冷えた牢獄のようで、俺はほとんど部屋から出ることがなくなった。
会いたい者はもういない。それぞれの部屋を訪ねても、二人はもうどこにもいない。
宴の後、クレイグの祖父母は謀反を企てた首謀者として捕らえられた。そしてクレイグも、謀反の旗印になったことで拘束された。
父上はクレイグは巻きこまれただけだと主張したが、クレイグ自身がそれを跳ねのけ、自ら刑を望んだ。
自分がいれば、また同じような企てをする者が出てくるかもしれない――そう言って。
そして処刑台に上がったクレイグは最期の瞬間、狂ったよゆに笑いくだらないと吐き捨てた。
何がくだらなかったのかは、もう二度と聞くことはできない。
そしてクラリスも、どうして俺を庇ったのか。一方的に婚約を破棄した俺を、どうして助けようと思ったのか――聞くことはできない。
陽が落ちて、蝋すら灯していない暗い部屋の中で俺はただ一人、どうしようもない行き場のない思いばかり募らせている。
「ハロルド様」
遠慮がちなノックの音、セシリア嬢が扉の隙間から顔を覗かせた。
部屋にこもるようになった俺を案じて、セシリア嬢には特別に城に滞在する許可が降りた。昼夜問わずのそれは、俺が昔クラリスにと望んでもどうしても得られなかったものだ。
「……母親のもとに戻してやれず、すまない」
彼女との約束はいまだ果たされていない。そして王太子をやめることすらできていない。
結局何もなすことのできなかった自分に自嘲が漏れる。
「いえ、それはいいんです。ハロルド様も、お辛いでしょうから」
「だがお前も……知り合い、だったのだろう?」
実行犯として捕らえらえた青年はセシリア嬢の知人だった。
彼の家族はすでに国外に逃していたのか見つからなかったので捨て置かれたが、実行犯である彼は無罪放免、というわけにはいかなかった。
「……私のことは気にしないでください。月に一度、会うだけの相手でしたから。……それよりも、あまり部屋の中にこもっていると気が滅入っちゃいますよ。たまには風に当たってみたらいかがですか?」
たとえ部屋から出ようと出まいと、俺の気が晴れることはない。
わざとらしく明るくふるまうセシリア嬢に曖昧な笑みを返す。
「ほら、星も綺麗で……あ、流れ星」
風を取り込もうと思ったのだろう。窓を開けたセシリア嬢は夜空を見上げ、呟くように言った。
「ハロルド様。私の村では流れ星にお願いごとを言うと神様が聞いてくれるって言い伝えがあるんですよ」
そしてこちらに向き直ると「また流れるかもしれませんから、一緒に見上げましょう」と言って俺の背中を押した。
城に留まっていても、セシリア嬢にはなんの得もない。だが唯一の王位継承者となった俺が望んだ相手だからと、城の滞在を強制されている彼女に申し訳なさを抱き、推されるまま窓の前に立った。
「ほら、また流れましたよ。お願いの準備、しましょう?」
雲一つない空に、数多の星が瞬いている。
その中の一つが空を滑るのを見つけ、セシリア嬢がまた明るい声を出した。
そして、まるでそれが合図だったかのように、いくつもの星が流れては消えていく。
「ほら! 神様がお願いを聞いてくれるよって言ってるんですよ、きっと!」
「……そうだと、いいがな」
はしゃぐセシリア嬢に苦笑を浮かべながら星空を見上げる。
願うことなど、一つしかない。
もしもこの世に神がいるのなら、どうかお願いだから――
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退会済ユーザのコメントです
すごく面白くて何度も読み返したくなるお話でした。
連載中に読んでたのですが書籍も読みまして、サイトに来たら追加のおはなしがあり、ハロルドの本心が知れて感慨深かったです。ハロルド、不憫です。
感想ありがとうございます。
書籍も読んでいただきありがとうございます。
頑張らないと、と必死なクラリスと、ありのままでいいんだよと思いつつ頑張りを否定したくなくて言えないハロルド。
互いに遠慮しあい、あと一歩を踏み出せない関係という……不憫なのですが、ある意味相性の悪い二人だったのです。
大変面白く読まさせていただきました。
転回が解りづらい部分もありましたが、重ねて読んだら理解できました。
クラリスが結婚してからの領地生活も気になります。
感想ありがとうございます。
楽しんでいただけて嬉しいです!
しかも何度か目を通していただいて……一発でぱっと展開がわかる文章を書けるように精進いたします。
クラリスの領地生活は……ほのぼのとしているかと思います。とくこれといって問題のある土地でもないので。