―桜花―

nekuro

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第一話  久我政宗

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 私は落ちこぼれだ。
 幼い頃から貧しい暮らしをしている私は、女中として他の家の手伝いとして雇われ、生計を立てている。
 けれど、昔から何をやっても上手くいかない。
 家事全般が致命的に下手なのだ。
 女中として最も大切な部分が欠如している私は、事あるごとに雇い主から失格の烙印を押され、他の家に世話になる放浪の生活を余儀なくされていた。

 今度も他の家でやらかした私は、何度目かの無職となった。
 早く次の職場を決めないといけない。そんな焦りも空しく、他の家に断られ続ける。
 そんな中、昔職場でご一緒になったお婆さんと偶然再会したことが転機となる。
 最初は他愛の無い世間話をしていたら、話の流れから自分の近況を吐露する。
 それを聞いたお婆さんから、一つの家を教えていただいた。


 その家主の名前は「久我くが 政宗まさむね


 話を聞くと、久我様は名の知れた武家の生まれでありながらも、家を出て一人で暮らしているらしい。
 そのため、生活に関しては苦労が無いのだが、身の回りの世話をしてもらえる方を募集しているとの事。
 それを聞いて早速私はお婆さんから久我様のご自宅を聞き、その足で久我様の家へと出向いた。


 久我様の家に着いたのは、日が一番高い時だった。
 茅葺屋根の一軒家。何処にでもある普通の家ではあるものの、外観は驚くほど綺麗で、最近建てられたのかと思うほど。
 玄関の戸を叩き、声を掛けさせてもらう。


「ごめんください、久我様はいらっしゃいますか?」


 お声を掛けてから、少しの間を置いて足音が聞こえてくる。
 玄関の引き戸がゆっくりと音を立てて開かれる。
 現れたのは、髪の長い若い男性でした。
 背中まで伸びた髪。それは、上質の反物のように滑らかで、光沢があった。
 男性とは思えない色の白さと、眉目秀麗な顔立ち。茶色の着物を着ており、細身の身体も伴って、首元から見える鎖骨が色気を感じさせた。
 てっきり、熊のような男性を想像していた為、面を食らって思わず見惚れてしまう。


「私が久我ですが、どちら様で?」


 涼やかで芯の通ったお声。その声で我に返る。


「は、はい! 私は『皆月みなづき 加奈かな』と申します! こ、こちらで女中を募集しているとお聞きして、良ければ是非雇っていただけないかと思い、訪ねさせていただきました!」


 挨拶と共に、深々と一礼をする。


「女中……ですか」
「はい! どんなことでも精一杯やらせていただく所存です。頑張りますので、どうかお願いします!」


 二度一礼をする。
 久我様は腕を組むと、私の顔を見つめた後にその視線が上から下に降りる。
 その視線が、私には恥ずかしくもあり、辛くもあった。
 私の格好を見れば、一目でお金に困っている事は明白だったから。
 着ている服はくたびれ、足元の草履は履き潰して汚れたまま。他の家でも、私の恰好を見て断ってきた方は少なくなかった。
 今回も駄目かもしれない。そんな事が頭をよぎった時。


「加奈さん、とおっしゃいましたか? 良ければ手を見せていただいても」
「え? あ、はい……」


 言われた通り、久我様に掌を見せる。
 私の手は、女中の仕事をしていて水仕事が多いため、他の女性のように赤子の肌のような綺麗さはなく、薄汚れて皮膚が厚い汚い手であった。
 そんな手を、久我様は見ると。


「良いでしょう。私は貴女を女中として雇わせていただきます」


 半ばあきらめていた私には、それは思いもよらない返事だった。


「あの、良いんですか? 私を雇っていただいて」
「おかしなことを聞くのですね? 加奈さんは雇ってもらうために来たのでしょう?」
「いえ、そうなのですが……私は見ての通りこんな貧乏人で、ろくな職にありつけていない人間ですから」
「自分を卑下しないでください。貴女が一生懸命働いているのは、その手を見れば分かります。それだけあかぎれた手は、仕事を一生懸命しないとならない手ですから」
「……! ありがとうございます!」


 嬉しかった。
 どんな家で一生懸命働いても、それは一度として認められたことが無かった。
 寧ろ、蔑まれ、更なる努力を追求されるだけでしかなかった。


「貴女には住み込みで働いてもらう事になりますが、よろしいですか?」
「は、はい! 喜んで!」


 住む家も無い私には願ってもない事だった。


「それでは、貴女が使う部屋まで案内するのでついてきてください」


 そう言って家の中へ案内される。
 久我様に続いて家の中へ入り、縁側を歩いていた時。
 ふと、中庭に目が行く。


 そこに、一本の桜の木が植えられていた。


 季節も伴って、葉は全て抜け落ちており、寂しい枝が露わになっていた。
 樹の幹も立派とは言えず、細くどこか貧相であった。
 何の良さもない。そんな桜の木が、私の目には凄く印象に残った。
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