悪鬼羅刹の如く

nekuro

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3話 誘惑

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 S県の長門市は近年人口が増え続けていた。
 数年前まではS県の中では最も田舎の街で有名だった。
 それがどういう風が吹いたか、あるいは神の悪戯か。
 高速道路が通り、新幹線が開通し、今では空港の建設までもされている。
 利便性の増した長門市に住まない理由もなく。
 また、それだけの利便性を利用しない手もないわけで。
 あっという間に企業が群がり、気づけば高いビルの森がそびえたつ。
 今ではS県でも一、二を争う都会と化していた。

 そんな長門市に住む杉山達。だが、それは中心部での話。
 中心部の発展は目覚ましいが、少し距離を置くと一転。のどかな田舎町へと姿を変えてしまう。通っている高校も中心部から離れている為、何かするのであれば中心部に赴くのが普通なのだ。

 そして約束の日曜日。
 幸いにして快晴。今日一日雨に悩まされることはなさそうだ。
 待ち合わせの場所に指定したのは中心部にある駅の前。
 そこには螺旋の形を模したモニュメントが置かれており、人が待ち合わせをするのによく使われる。
 今日もモニュメント前にあるベンチには、多数の人間が座っていた。
 その中に、杉山の姿があった。
 杉山は頭髪をしっかりとセットし、ファッション誌に乗っていた夏服のコーデで決めていた。頻りに時間をチェックし、今か、今かと待ちわびている様子。

「おや、もう来ていたか」

 背後からの声。
 杉山が振り向くと、そこには白のワンピース姿の九条がいた。
 ノースリーブ仕様で、その白く華奢な細腕が晒され、首回りは大きく空いており、うっすらと鎖骨が見える。
 学校で見る九条は無愛想で、乙女の欠片も感じられないが、今目の前に居るその姿には清楚で可憐なイメージ。そのギャップが今の姿によって大きく作用していた。
 その姿に杉山が声を失っていると、九条は呆れ顔。

「ふむ、やはり私にはこういう服は合わないか」

 着飾って来たものの、あまりに相手の反応のなさに、自分の僅かな膨らみの胸や、腰に手を当て体型を確認する九条。
 どうやら本人も自覚しているのが分かる。

「いや、似合ってますよ! 綺麗で見惚れてました」

 慌てて言葉を繕う杉山。それを聞いてすこし気が和らいだのか、九条は微笑む。

「そうか。それはよかった。お前の方も、随分と気合が入ってるようだな」
「ま、まぁ。街を折角九条さんに案内するので変な恰好はできないと思って」
「ふむ、ではエスコート頼むぞ」

 手を差し出してくる九条。
 座っていた杉山はその手を取り、立ち上がって九条と肩を並べて歩き出す。

 杉山のプランは至って簡単だった。

 街を知らないという九条にとって、まず案内したのはデパート。
 この街に住んでいるなら、まずお世話になるのが中心部が誇る老舗百貨店のデパートで、十階建ての大きさを誇り、地下にはデパ地下が存在する。
 ここに来れば大抵の衣食住の全てが揃う。
 杉山の案内はガイドのように巧みで、聞いてる人間誰もが分かりやすい喋り方であり、それには九条納得で、杉山の説明に相槌を打つ。


 次に映画館。
 これは単純に娯楽施設。映画館の規模や、上映する物は多く、長門市の映画館の大きさは近隣の県の中では随一の質と量を誇る。
 最近流行りの座席連動で迫力ある映画を見るのだが、これは今一九条のツボには当てはまらなかったのか、杉山の横で寝てしまっていた。


 そうこうしているうちに日は高くなり、お昼時。
 昼食はどこかのレストランでも、と計画していた杉山であったが、九条の提案によって近くのファストフード店での食事に。
 お手頃のハンバーガーのセット、ジュースとフライドポテト付きを揃って頼んだ二人は店内での昼食を始めていた。ハンバーガーにかぶりつくのかと思いきや、ちまちまと小口で食べていく九条。どうやら服が汚れるのを気にしている様子。
 指についたソースを口に入れ、堪能する九条の姿を見て、杉山は以前の事がふと脳裏によぎるが、首を振ってかき消す。
 そんな折、店内に設置されていたテレビからニュースが流れる。

 『ここS県では、今も十名以上の行方不明者が未だ見つかっておりません――』

 現在進行形で行われている神隠しの事件。
 周囲にいる店内の客もそのニュースを見て「こわい」「いやだ」などポツポツ呟くのが耳に入ってくる。

「なんだ、気になるのか?」

 紙のコップに入ったジュースをストローで飲みながら問いかける九条。

「まぁ、それはそうですよ。未だに未解決事件で、他の人たちも他人事じゃないですから、気にならない方がおかしいと思いますよ」
「なるほど。しかしまぁ、連日飽きぬものだ。神隠し、神隠しと。実際の所、神がしたわけでも無いというのに」

 ジュースを飲む片手間にフライドポテトを口に放り込みながらテレビを見る九条。
 その言葉から分かる通り、九条は連日の報道に飽き飽きしている様子。

「じゃあ、九条さんは何だと思いますか?」

 杉山の問いかけに、一度視線を杉山に向けた後、再びテレビに向けた。

「そうだな……神というのもつまらないから、鬼というのはどうだ?」
「オニですか?」
「昔の伝承では神よりも鬼の方がこういう事件を起こす代表的なものであった。鬼が人を攫って食ってしまう、とかな」
「鬼が犯人なら、神隠しではなく、鬼隠しですね」
「まぁ、くだらない戯言。結果は神のみぞ知る、という事だが……この後の予定はどうなっているんだ?」
「えっと……」

 携帯を取り出し、スケジュール帳のアプリを開く。
 今日の為に、杉山は様々な雑誌、サイトを利用して本格的な街案内の計画を立てていた。午後のスケジュールは主に長門市で有名な名所めぐり、などを行って解散の予定だと、九条に伝える。
 それを聞くと、席から立ち上がる九条。見ればいつの間にか用意されていた昼食は全て平らげてあり、今頃気づいた杉山も慌てて食事を口に掻きこむ。

「午前中は杉山に案内してもらったが、午後からは私の行きたい場所に付き合ってもらうぞ」
「え?」

 その発言を聞いて完全に面食らう杉山。

「行きたい場所って……何処ですか?」

 九条はそれに対して愉しそうな笑みを浮かべる。

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