悪鬼羅刹の如く

nekuro

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4話 翻弄

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 愉快な音楽と派手な歓迎。
 老若男女問わず、その場所は誰しもが笑みを零す。
 大勢の人波が押し寄せるそこは、長門市にある遊園地。

 世界的有名なマスコットキャラに扮した着ぐるみが入口で大勢の客に挨拶をしたり、園内では歓喜と絶叫に包まれる様々なアトラクションが開催されていた。
 休日という事も重なり、入場と退場客が途切れる事無く続いていた。

 九条に連れられて来た杉山は、思ってもみなかった場所に連れて来られ、入口の前で立ちつくす。

「九条さんが来たかった場所って、ここですか?」
「そうだ。あまり時間もないからな、さっさと行こう」


 率先して歩いていく九条の後ろをついていく杉山。
 入口に来ると、テーマパークの女性係員が二人にチケットの提示を求めてくる。
 だが、当然来る予定の無かった杉山はチケットなど持っていない。しかし。

「確か今日はカップル限定で入場無料のサービスがあると聞いたが?」

 その九条の発言に杉山が驚く。

「はい、確かにその通りでございますが……」

 後ろにいる杉山と、目の前に居る九条の顔をちらちらと目配せをする女性係員。
 どこか不信がっている様子。だが、その不信を即座に一蹴する。
 九条が杉山の隣によると、自分の腕を杉山の腕に絡ませ、体を寄せる。
 その行為に杉山は慌てふためく。

「く、く、九条さん!」
「どうだ? これでもカップルには見えぬか?」

 大胆な行動を何の恥じらいもなくする九条と、動揺する杉山。女性係員はそれを見て完全に疑う事をやめ、二人をカップルと認めて入場を許可する。
 入場するまで二人は腕を絡ませたまま、係員の横を通り過ぎて入場していく。
 園内に入場すると、入口付近の人混みとは比べ物にならない雑踏。
 少し歩いただけで人と人の肩が触れそうなほどの密度がそこにあった。
 その盛況ぶりに二人は思わず目を見張る。

「ほぉ、これはすごいな。これだけの人間が集まるとは」

 目の前の事に興味津々の様子の九条。だが、杉山はそれ以上に気になる事があった。

「あの、そろそろ腕の方を……」
「ああ、すまない」

 サッと、何の躊躇いもなく絡めていた腕を外す九条。
 それに対して、杉山は若干の名残り惜しさを感じていた。

「どうして遊園地に?」
「単純に興味があっただけだ。それとも、私と二人では不服だったか」
「そんなわけないよ! むしろ嬉しいよ」
「そうか。では、しばらくは楽しむとしよう」

 それから二人は遊園地を楽しむ。
 数限りないアトラクションや施設を到底一日では回りきることはできない。
 だが、二人にとってそれは小さな事。
 大事なのはこの時間を思いっきり楽しむことであり、無邪気にはしゃぐ。
 ただ、遊園地の施設を色々楽しむに当たって、九条の好みが優先されており、当然と言っていいのか、楽しんだアトラクションは絶叫系か、乗り物系に偏っていた。
 振り回される杉山は、普段から絶叫系が苦手。数種類のアトラクションを乗っただけで完全にのびていた。

 ダウン寸前の杉山は園内に設置されているベンチで腰を掛ける。
 ふと、空を見上げれば朱に染まっており、もう一時間もしない内に空は黒にそまりそうな時間となっていた。
 時が経つのがあまりに早く、もう終わりなのかと感慨さえ感じていた。
 そのことには隣で座っていた九条も同じようで。

「次で最後にするか」

 と、切り出す。
 杉山は覚悟した。どのアトラクションであろうと、乗ることを。
 出来ることならもう絶叫系は止めて欲しいと、心では思っていた。

「では、あの乗り物にするか」

 九条が指さした方向にあるアトラクション。それは、大きな車輪を描く乗り物。
 ゆっくりと時計回りに回り、その先端についたゴンドラが特徴的。

「観覧車?」
「そうだ。あれなら最後にふさわしいだろう」

 内心ホッとする杉山。
 未だ絶叫系のマシーンで受けたダメージが抜けきらないままの体を起こし、九条と共に観覧車の方へと歩き出す。
 係員に誘導されて観覧車のゴンドラへと乗り込む二人。
 互いに向き合う形で座り、ゴンドラは少しずつ上昇を始める。

「今日は街の案内に付き合ってもらってすまなかった」
「いや、そんなことないですよ! 僕は楽しかったです」

 素直な本音を吐露する杉山。それはきっと九条も同じ筈。そう、思っていた。

「そうか。私は退屈だった」
「え?」

 あまりにひどい物言い。お世辞でもそこは流石に合わせることが普通だ。
 それはどうして? と理由を聞く前に、九条自らその理由を語る。

「これだけこっちから誘ったものの、あまりにもそっちの計画が普通だったからな」

 上目遣いで九条は告げる。
 その発言に対して、思わず杉山は息をのんだ。

「意図的……だったんですか?」
「無論だ。でなければどうして一度会った人間にこんなことを頼むか? あまりに無難な街案内で、少しがっかりしてた。ここまで私の方から動いてもこれだから、やはり私には魅力は無いのだろう」
「そ、そんな事はないです! 僕は魅力を感じますよ」
「世辞は良い。確か、付き合っている彼女がいるのだったな」

 杉山の心に何かが刺さる。
 当然、九条の言っていることを指すのは早紀の事だと、分かる。
 その心に刺さったものは、彼女に対する罪悪感か、それとも別の何かか。

「それが、何か?」
「いや、実に素晴らしい女性だ。同姓の私から見てもスタイルも顔も私とは比べ物にならないぐらいにな」
「嫉妬ですか?」
「そうだな。スタイルもよく、顔もよく、おまけにカッコいい彼氏もいる。嫉妬しない女はいないだろう」

 言い回しは嫉妬しているように聞こえるが、その九条の声や態度はそれとはあまりにかけ離れている。
 何か、試している。そう思わざるを得ない言葉だった。

「彼女に対しても悪いことをした。こんな所見られたら誤解されしまう」
「早紀は、言えば分かってくれる女性ですよ」
「そうかな? 以前の態度を見れば分かるが、お前に相当な入れ込みだった」
「大丈夫です」

 杉山の心は終始穏やかではなかった。
 早紀は良い女性である。スタイル、顔は勿論の事、気立てもいいし、細かいことにも気づく。文句の無い相手である事に違いない。
 ただ、文句の無い相手がイコール自分にとって最も魅力ある人間とは違う。
 眼前に座るこの少女のような体躯の持ち主は、不思議な魅力があった。
 杉山の中に、欲があった。
 だが、それを見透かしたように。

「安心しろ、今後、こうやって二人で会う事は無い」
「え?」
「今日で十分に分かった。彼女によろしく言っておいてくれ」

 気付けばゴンドラは終盤に差し掛かり、後は降りるだけとなっていた。
 係員が二人を待っており、誘導のもと先に九条が降りようとすると、その腕を杉山がつかんでいた。

「何だ? 降りないと後が困るぞ」
「もう一度、もう一度来週、僕と付き合ってもらえませんか?」

 傍から見れば無様な事この上ない光景。
 だが、それでもなお、杉山は彼女を離したくないという現れだった。
 それは彼女の心境の変化か、それとも慈悲か。あるいは何かの罠か。
 不敵な笑みを零した九条。


「良いだろう。次は楽しみにしておこう」

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