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初恋との再会
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瑛士と訪れたバーは、彼の行きつけの店のようだった。
マスターに気さくに話しかけた彼は、カウンターの奥に私を誘導し、「なに飲みたい?」と、尋ねてくれる。
「いつもは、スプモーニかバレンシア……、テキーラサンライズもいいかな」
「どれもいいね。お酒は強い方?」
「それは、全然。……あ、ジンフィズも飲めます」
「じゃあ、スプモーニにする? 最初は軽いお酒がいいね」
瑛士は目尻を下げて、楽しそうにそう言う。
私が普段飲まないことを察したのだろう。きっと、知りうる限りのカクテル名をあげたことにも気づいてる。
可愛らしい女性に見えてるだろうか。
ふと、そんなことが気になった。
瑛士と過ごすときは、可愛らしい女性に見られていたいという気持ちになる。彼の期待を裏切らない女性、という意味で。
高校時代、瑛士の彼女だとうわさされてきた先輩たちは、みんな可愛らしい女の子だった。
初めて出会ったときも、彼は彼女と一緒にいたんだった。
マスターと目を合わせた瑛士は、軽く手を上げて彼を呼び、スプモーニとジントニックをオーダーした。
ただそれだけのしぐさに、私の胸はざわめく。私の知らない瑛士は、やっぱりスマートな紳士で、昔と変わらないって改めて思う。
また会いたいって思ってくれて、こうして飲みに誘ってくれた彼に、期待してもいいのかな、なんて思えてくる。
学生時代はすれ違って別れてしまったけど、今ならまた違う時間の過ごし方ができるかもしれないって。
もう一度告白したら、いいよ、って言ってくれるかもしれないって。
「仕事、大変?」
瑛士に見とれていた私は、ハッとする。彼の瞳に宿る優しさの中に、恋愛感情なんて見えない。舞い上がってるのは私だけだって気づいて、恥ずかしい。
「去年までは先輩についていろいろ教えてもらってたのに、今は後輩ができて葛藤もあって」
「あー、この間は後輩くんと出張だったんだ。悩みがあるなら聞けるよ、同業だしね」
「え、同業?」
うん、と瑛士はうなずいて、胸元から取り出したケースから名刺を取り出す。
スマートに差し出された名刺を見下ろし、絶望に似た感情が生まれる。おそるおそる名刺を手に取り、ライトを浴びてはっきりと浮かび上がる文字を見たら、その感情は確かなものとなった。
「MMASに就職したんですね」
それは大手のシステム開発会社で、私の勤務する株式会社システムオールズにとって、格上のライバル会社。
社内恋愛禁止でも社内恋愛する同僚に抵抗感があった私にとって、ライバル企業に勤める人に恋するなんて、絶対にありえないことだった。
つぐみは潔癖そうだね。
過去、瑛士に言われた何気ない言葉が私の中で呼び覚まされる。
そういうところもいいけどねって瑛士は私の頑固で無駄に生真面目なところを認めてくれたけど、きっとそういうところがダメだった。
恋愛に向いてないって感じることは、社会人になってからも感じてきた。だから、26歳になっても、恋人のひとりもいない。
「そんな怖い顔しないで。別に花野井さんから何か聞き出そうと思って誘ったわけじゃないし」
いつの間にか、こわばっていたほおに触れる。
「それに、花野井さんの成功を俺は願ってる」
「どうして?」
久しぶりに再会しただけの相手に、なぜそんなことが言えるのか。
瑛士は鼻のあたまをかいて黙り込む。
言葉を選んでるのだろう。私を傷つけないように、何か言おうとしてる。
昔の恋人の心配をしてる。ただそれだけかもしれないけれど。
「高輪さんは恋人いますか?」
瑛士の言葉を待たずに尋ねた。
彼がどんな言葉を選ぼうとも、私が聞きたい言葉ではないような気がしたのだ。
「気になる?」
私の顔をのぞき込むようにして、うっすら笑む彼は憎らしいほどに魅力的だった。
これまでたくさんの女性を落としてきたのだろう。むしろ、落とせない女性はいなくて……。
彼に魅入られた女性はまんまとすべてを捧げてしまうことになる。それでもかまわない。そう感じさせる魅力が、彼にはある。
マスターがタイミングを見計らって、カクテルを差し出す。
お互いにグラスを持ち上げて、そっと乾杯する。
私たちはそのまま見つめ合った。
今の瑛士を知りたい。そう思っていいのか、迷いが生まれている。
「いますよね。いないなんておかしいもの」
そっと彼から目をそらして言う。
「いないよ」
思いがけず、即答された。
瑛士の視線を感じながら、スプモーニを口に運ぶ。さわやかな味がする。まるで、瑛士のようなさわやかさ。そして、わずかな苦味が、彼に恋することの苦しさを連想させる。
「信じない?」
沈黙する私に、瑛士は愉快そうに話しかけてくる。
「信じます。高輪さんは嘘つかないから」
今度は彼が沈黙した。
けれど、すぐに息を漏らすように笑った。
「花野井さんの知ってる俺は聖人君子みたいだね。彼女はいないっていうより、作らないだけだよ」
「どうして? モテるのに」
私は知ってる。瑛士がどれほどモテるのか。だから、彼女と別れたと聞いて、勇気を出して告白した。すぐに次の彼女ができてしまう前に。
「忘れられない女がいる」
「え……」
「って、言うと思った?」
瑛士はおかしそうに手の甲を口にあて、声を立てて笑う。
「いい女と遊んでたいから彼女は作らない」
「……」
「幻滅する? でも、それが真実だよ」
どことなく疲労を感じさせる笑みを浮かべて、ジントニックをのどに流し込む彼の横顔は幻想的。
そう感じたのは、彼とこうして過ごす時間に現実味がなくなってしまったからだ。
なんで私は、変わってしまったかもしれない男性を信じてついてきてしまったのだろう。
「花野井さんは? 花野井さんはいる? 恋人」
たった一杯のジントニックに酔うはずのない瑛士が、やけに色っぽい目をして、私の瞳をのぞき込む。
それを聞いてどうするのだろう。
いい女でもない私をくどいたって、彼の征服欲や自尊心が満たされるはずもないのに。
ほんの数分前の私だったら、素直にまだあなたが好きだと答えたかもしれない。10年前、不本意に別れてしまったけど、またやり直せる気がしてるって。
でも、10年経って変わったのは彼だけじゃない。私もずいぶん可愛げのない女性になってしまった。
「大変なこともあるけど、今は仕事が楽しくて。彼氏はいらないって、思ってます」
瑛士と訪れたバーは、彼の行きつけの店のようだった。
マスターに気さくに話しかけた彼は、カウンターの奥に私を誘導し、「なに飲みたい?」と、尋ねてくれる。
「いつもは、スプモーニかバレンシア……、テキーラサンライズもいいかな」
「どれもいいね。お酒は強い方?」
「それは、全然。……あ、ジンフィズも飲めます」
「じゃあ、スプモーニにする? 最初は軽いお酒がいいね」
瑛士は目尻を下げて、楽しそうにそう言う。
私が普段飲まないことを察したのだろう。きっと、知りうる限りのカクテル名をあげたことにも気づいてる。
可愛らしい女性に見えてるだろうか。
ふと、そんなことが気になった。
瑛士と過ごすときは、可愛らしい女性に見られていたいという気持ちになる。彼の期待を裏切らない女性、という意味で。
高校時代、瑛士の彼女だとうわさされてきた先輩たちは、みんな可愛らしい女の子だった。
初めて出会ったときも、彼は彼女と一緒にいたんだった。
マスターと目を合わせた瑛士は、軽く手を上げて彼を呼び、スプモーニとジントニックをオーダーした。
ただそれだけのしぐさに、私の胸はざわめく。私の知らない瑛士は、やっぱりスマートな紳士で、昔と変わらないって改めて思う。
また会いたいって思ってくれて、こうして飲みに誘ってくれた彼に、期待してもいいのかな、なんて思えてくる。
学生時代はすれ違って別れてしまったけど、今ならまた違う時間の過ごし方ができるかもしれないって。
もう一度告白したら、いいよ、って言ってくれるかもしれないって。
「仕事、大変?」
瑛士に見とれていた私は、ハッとする。彼の瞳に宿る優しさの中に、恋愛感情なんて見えない。舞い上がってるのは私だけだって気づいて、恥ずかしい。
「去年までは先輩についていろいろ教えてもらってたのに、今は後輩ができて葛藤もあって」
「あー、この間は後輩くんと出張だったんだ。悩みがあるなら聞けるよ、同業だしね」
「え、同業?」
うん、と瑛士はうなずいて、胸元から取り出したケースから名刺を取り出す。
スマートに差し出された名刺を見下ろし、絶望に似た感情が生まれる。おそるおそる名刺を手に取り、ライトを浴びてはっきりと浮かび上がる文字を見たら、その感情は確かなものとなった。
「MMASに就職したんですね」
それは大手のシステム開発会社で、私の勤務する株式会社システムオールズにとって、格上のライバル会社。
社内恋愛禁止でも社内恋愛する同僚に抵抗感があった私にとって、ライバル企業に勤める人に恋するなんて、絶対にありえないことだった。
つぐみは潔癖そうだね。
過去、瑛士に言われた何気ない言葉が私の中で呼び覚まされる。
そういうところもいいけどねって瑛士は私の頑固で無駄に生真面目なところを認めてくれたけど、きっとそういうところがダメだった。
恋愛に向いてないって感じることは、社会人になってからも感じてきた。だから、26歳になっても、恋人のひとりもいない。
「そんな怖い顔しないで。別に花野井さんから何か聞き出そうと思って誘ったわけじゃないし」
いつの間にか、こわばっていたほおに触れる。
「それに、花野井さんの成功を俺は願ってる」
「どうして?」
久しぶりに再会しただけの相手に、なぜそんなことが言えるのか。
瑛士は鼻のあたまをかいて黙り込む。
言葉を選んでるのだろう。私を傷つけないように、何か言おうとしてる。
昔の恋人の心配をしてる。ただそれだけかもしれないけれど。
「高輪さんは恋人いますか?」
瑛士の言葉を待たずに尋ねた。
彼がどんな言葉を選ぼうとも、私が聞きたい言葉ではないような気がしたのだ。
「気になる?」
私の顔をのぞき込むようにして、うっすら笑む彼は憎らしいほどに魅力的だった。
これまでたくさんの女性を落としてきたのだろう。むしろ、落とせない女性はいなくて……。
彼に魅入られた女性はまんまとすべてを捧げてしまうことになる。それでもかまわない。そう感じさせる魅力が、彼にはある。
マスターがタイミングを見計らって、カクテルを差し出す。
お互いにグラスを持ち上げて、そっと乾杯する。
私たちはそのまま見つめ合った。
今の瑛士を知りたい。そう思っていいのか、迷いが生まれている。
「いますよね。いないなんておかしいもの」
そっと彼から目をそらして言う。
「いないよ」
思いがけず、即答された。
瑛士の視線を感じながら、スプモーニを口に運ぶ。さわやかな味がする。まるで、瑛士のようなさわやかさ。そして、わずかな苦味が、彼に恋することの苦しさを連想させる。
「信じない?」
沈黙する私に、瑛士は愉快そうに話しかけてくる。
「信じます。高輪さんは嘘つかないから」
今度は彼が沈黙した。
けれど、すぐに息を漏らすように笑った。
「花野井さんの知ってる俺は聖人君子みたいだね。彼女はいないっていうより、作らないだけだよ」
「どうして? モテるのに」
私は知ってる。瑛士がどれほどモテるのか。だから、彼女と別れたと聞いて、勇気を出して告白した。すぐに次の彼女ができてしまう前に。
「忘れられない女がいる」
「え……」
「って、言うと思った?」
瑛士はおかしそうに手の甲を口にあて、声を立てて笑う。
「いい女と遊んでたいから彼女は作らない」
「……」
「幻滅する? でも、それが真実だよ」
どことなく疲労を感じさせる笑みを浮かべて、ジントニックをのどに流し込む彼の横顔は幻想的。
そう感じたのは、彼とこうして過ごす時間に現実味がなくなってしまったからだ。
なんで私は、変わってしまったかもしれない男性を信じてついてきてしまったのだろう。
「花野井さんは? 花野井さんはいる? 恋人」
たった一杯のジントニックに酔うはずのない瑛士が、やけに色っぽい目をして、私の瞳をのぞき込む。
それを聞いてどうするのだろう。
いい女でもない私をくどいたって、彼の征服欲や自尊心が満たされるはずもないのに。
ほんの数分前の私だったら、素直にまだあなたが好きだと答えたかもしれない。10年前、不本意に別れてしまったけど、またやり直せる気がしてるって。
でも、10年経って変わったのは彼だけじゃない。私もずいぶん可愛げのない女性になってしまった。
「大変なこともあるけど、今は仕事が楽しくて。彼氏はいらないって、思ってます」
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