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やっぱりダメなんだ
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また飲もうよ、と言われて、連絡先を交換して瑛士と別れた。
私から連絡することはないだろう。
だけど、連絡が来たら出かけてしまうのだ。それも全部わかってて、瑛士はまた会いたいと言ったのだろう。
「都合のいい女……かな」
夜空を見上げてぽつりと吐き出した言葉は、虚しく闇に消える。
そして、私は失笑する。
都合のいい女にもなれないのにって、おかしくなってしまう。
瑛士との恋は終わったんだ。
これからは友人として付き合っていけることに喜びを感じたらいい。
できれば、恋も結婚もしたいけど、どちらも私には向いてない。瑛士と再会して、改めてそのことに気付かされたのだ。
*
「えぇー、失恋しちゃったのー? でもそれって、失恋って言う? はい、550円ちょうどね。ありがとー」
オレンジ色のエプロンをかけた立花佳織は、お弁当の入ったビニール袋をカウンターの上に置き、550円を受け取った。
ここは佳織の両親が経営するお弁当屋さん。彼女は看板娘。時折、私はここにお弁当を買いに来る。
同い年の彼女とは新入社員時代からの付き合いで、悩みを打ち明けられる友人のようなもの。
だから、会うたびに恋の話をせがまれたりする。
彼女はそういう話が好きで、対照的な私は断片的にしか恋愛話はしないけれど。
佳織はそのままカウンターにひじを乗せ、財布をしまう私に言う。
「別にいいんじゃない? 好きなままでいても」
「実らないのに好きでいる意味ある?」
「実らないなんて決めつけがダメなんじゃなーい?」
「佳織は高輪さんに会ったことないからそんなこと言えるの。私を相手にする理由なんてないんだから」
そう口に出したら、それが真実だなと思えてくる。
高校時代、私と付き合ってくれたことさえ奇跡的なことだったのだ。
「つぐみの自信のなさにはあきれるわー」
ちょっと肩をすくめた佳織の視線が、私の後方に動く。来客だろう。
振り返ると、よく知る青年が店内に入ってくるところだった。
「遠坂くん、おつかれさま」
「あれー? 珍しい。先輩、今日は弁当買いに来たんですか?」
遠坂くんは日替わり弁当を手にとり、慣れた手つきで550円をカウンターの上に乗せる。
オフィスが近くて、安くて美味しいお弁当だから、同僚の利用率は高い。彼も例外ではないようだ。
「たまにはね」
「つぐみは私に会いたくなるとお弁当買いに来てくれるの。遠坂くんと同じ」
意地悪そうに笑う佳織と、あわてる遠坂くんを交互に見る。
「佳織に会いにくるって……。遠坂くん、そうなの? あ、でも佳織は婚約中じゃ……」
「ち、違いますよ、先輩っ。立花さんは相談相手っていうか。……あー、もうっ、立花さんっ、誤解招くような言い方しないでくださいよー」
「だって遠坂くん、かわいいからー」
ぽんっとほおを赤らめる遠坂くんなんて初めて見る。
仕事では年下とは思えないぐらい頼りになるけど、こうして見ると、等身大の男の子だなって思う。
「かわいいとか、褒め言葉じゃないですからね。先輩、行きましょう」
「えっ、あ……っ」
遠坂くんに腕を引っ張られて一歩踏み出す。
そして、含み笑いする佳織が見送る中、私たちは弁当屋を出る。
遠坂くんは私を振り返ることなく、早足で進んでいく。
「遠坂くん、ちょっと」
「あっ、すみませんっ」
ハッとして、彼は私から手をはなす。気まずそうな表情をするから、大丈夫だと笑顔で伝える。
私はお堅い女性社員で、後輩男子から怖がられてることもわかっている。笑顔を見せるだけで、彼らが安堵することも。
「先輩の笑顔って、貴重ですよね」
そう言って、しばらく悩む様子を見せた遠坂くんは、続けて言う。
「そこの公園で、弁当一緒に食べませんか?」
私から連絡することはないだろう。
だけど、連絡が来たら出かけてしまうのだ。それも全部わかってて、瑛士はまた会いたいと言ったのだろう。
「都合のいい女……かな」
夜空を見上げてぽつりと吐き出した言葉は、虚しく闇に消える。
そして、私は失笑する。
都合のいい女にもなれないのにって、おかしくなってしまう。
瑛士との恋は終わったんだ。
これからは友人として付き合っていけることに喜びを感じたらいい。
できれば、恋も結婚もしたいけど、どちらも私には向いてない。瑛士と再会して、改めてそのことに気付かされたのだ。
*
「えぇー、失恋しちゃったのー? でもそれって、失恋って言う? はい、550円ちょうどね。ありがとー」
オレンジ色のエプロンをかけた立花佳織は、お弁当の入ったビニール袋をカウンターの上に置き、550円を受け取った。
ここは佳織の両親が経営するお弁当屋さん。彼女は看板娘。時折、私はここにお弁当を買いに来る。
同い年の彼女とは新入社員時代からの付き合いで、悩みを打ち明けられる友人のようなもの。
だから、会うたびに恋の話をせがまれたりする。
彼女はそういう話が好きで、対照的な私は断片的にしか恋愛話はしないけれど。
佳織はそのままカウンターにひじを乗せ、財布をしまう私に言う。
「別にいいんじゃない? 好きなままでいても」
「実らないのに好きでいる意味ある?」
「実らないなんて決めつけがダメなんじゃなーい?」
「佳織は高輪さんに会ったことないからそんなこと言えるの。私を相手にする理由なんてないんだから」
そう口に出したら、それが真実だなと思えてくる。
高校時代、私と付き合ってくれたことさえ奇跡的なことだったのだ。
「つぐみの自信のなさにはあきれるわー」
ちょっと肩をすくめた佳織の視線が、私の後方に動く。来客だろう。
振り返ると、よく知る青年が店内に入ってくるところだった。
「遠坂くん、おつかれさま」
「あれー? 珍しい。先輩、今日は弁当買いに来たんですか?」
遠坂くんは日替わり弁当を手にとり、慣れた手つきで550円をカウンターの上に乗せる。
オフィスが近くて、安くて美味しいお弁当だから、同僚の利用率は高い。彼も例外ではないようだ。
「たまにはね」
「つぐみは私に会いたくなるとお弁当買いに来てくれるの。遠坂くんと同じ」
意地悪そうに笑う佳織と、あわてる遠坂くんを交互に見る。
「佳織に会いにくるって……。遠坂くん、そうなの? あ、でも佳織は婚約中じゃ……」
「ち、違いますよ、先輩っ。立花さんは相談相手っていうか。……あー、もうっ、立花さんっ、誤解招くような言い方しないでくださいよー」
「だって遠坂くん、かわいいからー」
ぽんっとほおを赤らめる遠坂くんなんて初めて見る。
仕事では年下とは思えないぐらい頼りになるけど、こうして見ると、等身大の男の子だなって思う。
「かわいいとか、褒め言葉じゃないですからね。先輩、行きましょう」
「えっ、あ……っ」
遠坂くんに腕を引っ張られて一歩踏み出す。
そして、含み笑いする佳織が見送る中、私たちは弁当屋を出る。
遠坂くんは私を振り返ることなく、早足で進んでいく。
「遠坂くん、ちょっと」
「あっ、すみませんっ」
ハッとして、彼は私から手をはなす。気まずそうな表情をするから、大丈夫だと笑顔で伝える。
私はお堅い女性社員で、後輩男子から怖がられてることもわかっている。笑顔を見せるだけで、彼らが安堵することも。
「先輩の笑顔って、貴重ですよね」
そう言って、しばらく悩む様子を見せた遠坂くんは、続けて言う。
「そこの公園で、弁当一緒に食べませんか?」
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