あの日から恋してますか?

水城ひさぎ

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やっぱりダメなんだ

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 芝生が広がる公園の、ちょうど木陰のあるベンチに私たちは並んで座った。

 周囲にはオフィスビルが立ち並んでいる。その一角に、私たちの勤務する会社はある。そして、斜向かいのビルに瑛士の勤める会社も。

 もしかしたら、瑛士も近くにいるかもしれない。
 そんなことを考えていると、遠坂くんが話しかけてくる。

「立花さんと仲良いんですね」
「新入社員の頃からだから、4年ぐらいの付き合いかな。そうは言っても、一緒に遊びに行くとか、食事するとかはしたことないの」

 そう言うと、遠坂くんはどことなく安心したような笑みを浮かべた。

「立花さん、うちの会社の事情、よく知ってそうですよねー」
「佳織は聞き上手だから。でも、口はかたい方じゃない?」
「それならいいですけどね」

 佳織に話されたらまずいことでもあるのだろう。私も詮索するつもりはない。

「先輩、社内恋愛ってどう思います?」

 遠坂くんはそう、唐突に尋ねてくる。

「どうって。社内恋愛は禁止じゃない」
「表向きそうなってるだけで、実情は違いますよね。結婚が決まるまでは内緒にするように、ってだけですよね」
「それはそうだけど……」

 その実、社内結婚する社員は多い。結婚を機に異動することはあっても、お咎めがあるわけではない。

「先輩はルールに忠実ですね」
「遠坂くんは気にならないの?」
「全然。社内恋愛はトラブルのもとかもしれないですけど、社内結婚はむしろ、会社にとってプラスじゃないですか? 社外秘が漏れる心配もないし」

 遠坂くんの言うことはもっともだ。
 万が一、離婚しても異動させられたり、不倫なんてことがあれば、左遷させられることもあるだろうけど。

「それに、仕事に対する理解もありますよね。結婚しても、共働きできますよ」
「意外と現実的なこと言うのね」
「先輩は現実主義っぽいですから」

 私に合わせてくれている、と言ったのだろうか。

「仕事に理解ある同業の人と結婚するなら、社内結婚の方がいいと思いませんか?」
「え……っ、同業?」

 即座に、脳裏に瑛士がよぎっていく。

 何かに勘付いているのだろうか、と思ったけど、いたって真面目に話す遠坂くんを見ていると、そうではないみたいと思う。

「先輩っていろいろ悩みそうなタイプに見えるから、同業の人と結婚した方がいいと思うんですよ。だったら、社内かなと」

 それはそうかもしれない。
 生活の時間がずれるようなら、彼に合わせようとするだろう。そうなれば、仕事も辞める選択を取るかもしれない。
 同業でなければ、仕事の話だってしないと思う。彼が機嫌よく過ごせるように徹しようとするかもしれない。

「でも、社内恋愛は考えたことないから」
「だからよかったです」
「よかった?」

 意外なセリフに驚くと、遠坂くんはちょっとばかり得意そうに笑む。

「先輩みたいな美人が無傷でいるのって、俺からしたら奇跡なんですよ」
「無傷って?」
「元カレとか社内にいないですよね。それに、浮いたうわさ一つないってことです」
「それは……」

 過去にあった飲み会でのキス事件を思い出したけど、相手の人は退社している。
 あれは、私の中でも、その事実を知っている社員の中でもなかったことになっている。
 本当に、私の隙が招いた不幸な事故だった。

「それは、なんですか?」

 私が飲み込んだ言葉を、遠坂くんはやけに聞きたがる。

「ううん、違うの。私がモテないだけ」

 そう答えたら、彼は驚いたように目を開く。

「マジでそんな風に思ってんですか」
「告白なんてされたことないし、モテる子って……、そう、佳織みたいな子よ」

 誰にでも話を合わせることができて、気の利く佳織には、私でも惹かれる。

「まあ、立花さんがモテるっていうのは納得しますけど」
「ほら。みんな、そう思っ……」
「でも俺は、先輩の方が好きですよ」

 私の言葉をさえぎって、遠坂くんはさわやかな笑みを見せる。それは、すがすがしいまでの笑顔で。

「え……」
「花野井先輩のこと、本気で好きですから」

 まっすぐな眼差しが私に向けられた。

 瑛士が私を見つめるのとは明らかに違う。遠坂くんの瞳の奥には、私を好ましく思う気持ちが秘められている。そう、感じる。

「でも……」
「でも、とかいらないです。社内恋愛禁止にこだわるならそれでもいいです。結婚前提のお付き合いとして、食事とかふたりで行きたいです。欲を言えば、手を握るぐらいは許してください」

 勇気を振り絞って告白した遠坂くんは、唐突すぎるお願いに返事ができないでいる私を見て、困ったように笑った。
 それは、まるで恋を知らない少年のような、照れくさそうなものだった。
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