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あなたとキスを
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「花野井先輩、辞令見ました?」
通路を駆けてくるなり、遠坂くんは息を弾ませて言う。
「辞令出てた?」
「出てましたよ。やっぱり田畑先輩、うちに復帰です」
「そうなの。よかったわね、遠坂くん。仕事教えてもらえるじゃない」
「俺は先輩がいてくれたら」
そう言って、遠坂くんは私と目を合わせるなり口をつぐむ。
会社でそういう話をされるのは好まない。そういった雰囲気が出てしまったかもしれない。
歩き出すと、遠坂くんは追いかけてくる。そして、スマホとお弁当箱をもつ私の手もとを見る。
「先輩、今日はお弁当ですか」
「そうよ」
「俺、ちょっと弁当買ってくるんで、いつもの席にいてくださいね」
言われなくても、いつもの席を私は選ぶ。入社以来ずっと壁際の席。だから、今では必然と他の人は座らない。
遠坂くんはすぐに駆けていった。
背中を見送りながら、食事する約束をしてたんだったと思い出す。
うかつな約束をしてしまった。
私は依然として、瑛士のことを忘れられないでいる。
瑛士にはああ言ったけど、結婚したい気持ちはすぼんでしまった。
結婚したら、瑛士には会えなくなる。それはきっとすごくつらい。
休憩室に入り、いつもの席に座る。
お弁当を広げ、ホットコーヒーの入った水筒を口に運ぶ。
息をつく。この瞬間が一番落ち着く。
お弁当を半分ほど食べ進めた頃、あわただしい遠坂くんが姿を見せて、静寂は奪われる。
それでも憎めない何かが、彼にはある。
「土日はゆっくり休めました?」
向かいに座った遠坂くんは、そう言いながら、お弁当を開く。今日も『たちばな』のお弁当のようだ。
「遠坂くんはいつも外食?」
「え? あ、ああー、料理とか苦手で。作ってくれる彼女とかいたらいいなぁって思うんですけど」
私が質問に答えなかったから、彼はちょっと驚いた後、照れ笑いした。
「先輩のお弁当、美味しそうですね」
「私もあんまり料理は得意じゃないの」
「先輩は努力家だから、必要を感じたらとことんやりそうですね」
「……そうね。うん、頑張ると思う」
私の手料理を美味しいって彼が言ってくれるなら、と思ったら、自然とほおがほころんだ。
仕事にばかり夢中になって、ほかのことは磨いてこなかった。これでは恋人のひとりもできないはずと気づく。
「先輩、マジでかわいいです」
ポソッと遠坂くんはつぶやいて、綺麗に整えられた髪を落ち着きなくかきあげる。
「週末、いいですか?」
さらに小さな声で、彼は言った。
「うん」
周囲の目が気になって、短い返事をしただけだったけど、彼はそれでもうれしそうに笑った。
「花野井先輩、辞令見ました?」
通路を駆けてくるなり、遠坂くんは息を弾ませて言う。
「辞令出てた?」
「出てましたよ。やっぱり田畑先輩、うちに復帰です」
「そうなの。よかったわね、遠坂くん。仕事教えてもらえるじゃない」
「俺は先輩がいてくれたら」
そう言って、遠坂くんは私と目を合わせるなり口をつぐむ。
会社でそういう話をされるのは好まない。そういった雰囲気が出てしまったかもしれない。
歩き出すと、遠坂くんは追いかけてくる。そして、スマホとお弁当箱をもつ私の手もとを見る。
「先輩、今日はお弁当ですか」
「そうよ」
「俺、ちょっと弁当買ってくるんで、いつもの席にいてくださいね」
言われなくても、いつもの席を私は選ぶ。入社以来ずっと壁際の席。だから、今では必然と他の人は座らない。
遠坂くんはすぐに駆けていった。
背中を見送りながら、食事する約束をしてたんだったと思い出す。
うかつな約束をしてしまった。
私は依然として、瑛士のことを忘れられないでいる。
瑛士にはああ言ったけど、結婚したい気持ちはすぼんでしまった。
結婚したら、瑛士には会えなくなる。それはきっとすごくつらい。
休憩室に入り、いつもの席に座る。
お弁当を広げ、ホットコーヒーの入った水筒を口に運ぶ。
息をつく。この瞬間が一番落ち着く。
お弁当を半分ほど食べ進めた頃、あわただしい遠坂くんが姿を見せて、静寂は奪われる。
それでも憎めない何かが、彼にはある。
「土日はゆっくり休めました?」
向かいに座った遠坂くんは、そう言いながら、お弁当を開く。今日も『たちばな』のお弁当のようだ。
「遠坂くんはいつも外食?」
「え? あ、ああー、料理とか苦手で。作ってくれる彼女とかいたらいいなぁって思うんですけど」
私が質問に答えなかったから、彼はちょっと驚いた後、照れ笑いした。
「先輩のお弁当、美味しそうですね」
「私もあんまり料理は得意じゃないの」
「先輩は努力家だから、必要を感じたらとことんやりそうですね」
「……そうね。うん、頑張ると思う」
私の手料理を美味しいって彼が言ってくれるなら、と思ったら、自然とほおがほころんだ。
仕事にばかり夢中になって、ほかのことは磨いてこなかった。これでは恋人のひとりもできないはずと気づく。
「先輩、マジでかわいいです」
ポソッと遠坂くんはつぶやいて、綺麗に整えられた髪を落ち着きなくかきあげる。
「週末、いいですか?」
さらに小さな声で、彼は言った。
「うん」
周囲の目が気になって、短い返事をしただけだったけど、彼はそれでもうれしそうに笑った。
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