あの日から恋してますか?

水城ひさぎ

文字の大きさ
18 / 29
あなたとキスを

1

しおりを挟む
***


「花野井先輩、辞令見ました?」

 通路を駆けてくるなり、遠坂くんは息を弾ませて言う。

「辞令出てた?」
「出てましたよ。やっぱり田畑先輩、うちに復帰です」
「そうなの。よかったわね、遠坂くん。仕事教えてもらえるじゃない」
「俺は先輩がいてくれたら」

 そう言って、遠坂くんは私と目を合わせるなり口をつぐむ。
 会社でそういう話をされるのは好まない。そういった雰囲気が出てしまったかもしれない。

 歩き出すと、遠坂くんは追いかけてくる。そして、スマホとお弁当箱をもつ私の手もとを見る。

「先輩、今日はお弁当ですか」
「そうよ」
「俺、ちょっと弁当買ってくるんで、いつもの席にいてくださいね」

 言われなくても、いつもの席を私は選ぶ。入社以来ずっと壁際の席。だから、今では必然と他の人は座らない。

 遠坂くんはすぐに駆けていった。
 背中を見送りながら、食事する約束をしてたんだったと思い出す。

 うかつな約束をしてしまった。
 私は依然として、瑛士のことを忘れられないでいる。
 瑛士にはああ言ったけど、結婚したい気持ちはすぼんでしまった。

 結婚したら、瑛士には会えなくなる。それはきっとすごくつらい。

 休憩室に入り、いつもの席に座る。
 お弁当を広げ、ホットコーヒーの入った水筒を口に運ぶ。
 息をつく。この瞬間が一番落ち着く。

 お弁当を半分ほど食べ進めた頃、あわただしい遠坂くんが姿を見せて、静寂は奪われる。
 それでも憎めない何かが、彼にはある。

「土日はゆっくり休めました?」

 向かいに座った遠坂くんは、そう言いながら、お弁当を開く。今日も『たちばな』のお弁当のようだ。

「遠坂くんはいつも外食?」
「え? あ、ああー、料理とか苦手で。作ってくれる彼女とかいたらいいなぁって思うんですけど」

 私が質問に答えなかったから、彼はちょっと驚いた後、照れ笑いした。

「先輩のお弁当、美味しそうですね」
「私もあんまり料理は得意じゃないの」
「先輩は努力家だから、必要を感じたらとことんやりそうですね」
「……そうね。うん、頑張ると思う」

 私の手料理を美味しいって彼が言ってくれるなら、と思ったら、自然とほおがほころんだ。

 仕事にばかり夢中になって、ほかのことは磨いてこなかった。これでは恋人のひとりもできないはずと気づく。

「先輩、マジでかわいいです」

 ポソッと遠坂くんはつぶやいて、綺麗に整えられた髪を落ち着きなくかきあげる。

「週末、いいですか?」

 さらに小さな声で、彼は言った。

「うん」

 周囲の目が気になって、短い返事をしただけだったけど、彼はそれでもうれしそうに笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...