あの日から恋してますか?

水城ひさぎ

文字の大きさ
21 / 29
あなたとキスを

4

しおりを挟む
***


「佳織、結婚式っていつだっけ?」
「来年の春よ、まだ先」
「準備大変だよね」
「うちはほら、商売やってるから。急にどうしたの?」

 いつものように、日替わり弁当を差し出しながら、佳織は首をひねる。

「ううん。結婚って、簡単にするもんじゃないよねって思って」

 縁は勢いとかタイミングだって聞く。今は遠坂くんという縁があって、勢いに任せたら付き合う可能性もあって、その流れで急に結婚もありえる。
 でもどこかしっくりこない気持ちもある。本当に結婚を考えてもいいのかって。

「そうねぇー。女の人生って、選ぶ男で変わるよねー」
「やっぱりそう?」
「そりゃそうよ。つまらない人生になるぐらいなら、結婚しないのもいいと思う」
「そっか」

 うん、ってうなずく。
 遠坂くんのことは、もっと慎重になった方がいいって思う。

「でもさ、つぐみには結婚してもらいたいな」

 佳織はカウンターに寄りかかり、にこっと私の顔をのぞき込む。

「ひとりじゃ大変なこともあると思うし、守ってくれる男性がいるのも素敵だと思う。支えてもらうばっかりじゃなくて、支えてあげることも、つぐみならできると思う」
「私に気持ちはあっても、相手がその気にならないなら無理だよね……」

 瑛士と結婚したいなんて、多くは望まない。でも、瑛士を忘れるなんてことできない。

「やっぱり、つぐみが賢くならないと無理な相手なの?」
「賢く?」
「高輪さんでしょ? あきらめられないんだよね、つぐみは」
「あ、うん……」

 佳織は優しく私の腕をさする。

「高輪さんって二日前だったかな。お弁当買いに来たのよ。たぶんあの人だと思う。めちゃくちゃイケメンだったし、MMASの社員証ぶら下げてたから」
「ほんと?」
「ほんとほんと。もしあの人ならって考えたら、つぐみは賢くならなきゃって思って」
「高輪さん、女性には困らなさそうだよね。賢い人がいいに決まってるよね」
「あー、ほら。違う違う」

 顔の前で手を振って、佳織は声をひそめる。

「男ってプライドが高いのよ」
「え?」
「私の彼にね、聞いてみたのよ。どうして男は賢い女より、かわいい子を結婚相手に選びたがるの? って」
「そんなこと聞いたの?」

 興味本位って、佳織は笑う。

「彼、言ってたのよ。俺みたいな普通の男はとびきり賢い女は選ばないって。失礼しちゃうでしょ」
「佳織は賢いじゃない」
「ありがとー、つぐみ。でさ、なんでって聞いたら、俺には俺のプライドがあるって言い出して。言葉は悪いけど、男は自分の下に女を置きたがるもんだって。私はおっちょこちょいなとこあるし、そういうとこが安心なんだって」
「褒めてるの? それ」

 ちょっとあきれてしまう。

「俺にはちょうどいいって言いたかったんじゃない?」

 佳織が傷ついたりしないから、彼も正直に話してくれたんだろうか。それにしてもって思うけど、私の心配をよそに、彼女は得意げな顔をする。

「でも違うの」
「違うって?」
「彼がそう思うように、私ね、振舞ってる」
「わざと下手に出てるってこと?」

 意外だった。佳織はいつも素のままを見せてくれるから、彼の前でも変わらないと思ってた。

「いい男は、賢さを前面に出さないでバカなふりができる女を選ぶものなんじゃない?」
「そうなの?」
「私の実体験と、彼の意見を合わせるとね、そうかなって思うのよ。男ってバカだよね。賢い女と結婚した方が幸せになれるのに、経済的な幸福より、精神的な幸福を選ぶのよ」
「一緒にいて癒されるとか?」

 そう言うと、佳織は満面の笑みで、わかってくれた?と喜ぶ。

「それ、それそれ。だから無条件でかわいい子がモテるのよね」
「私、かわいくないよね」
「つぐみは賢いとこあるから。でも、高輪さんみたいな男はいい男だから、賢い女性じゃないとダメじゃないかな?」
「バカなふりができる賢い女性?」
「彼に甘えてみたら?」
「え……」

 唐突な提案に驚く。

「つぐみに足りないものがあるとしたら、それじゃない? 少なくとも、高校時代のつぐみはかわいかったんでしょ。だから付き合ってくれたんじゃない? 今は仕事ばっかりで、彼の方が後回しになってるみたいで気後れしてるのかもしれないよ?」
「そうなのかな……」
「だからって、仕事のできない女は、高輪さんは嫌だと思う。完璧主義そうに見えたし。仕事もできて、家事もこなしてくれて、でも彼のプライドを傷つけない控えめな女性。そういう人、探してるんじゃない? 彼」

 高校時代を振り返る。
 いつの頃から、私たちはすれ違ってたんだろう。いつから、瑛士は私をかわいいと思えなくなってたんだろう。

 瑛士と同じ大学に行きたくて、勉強を頑張ってたから?
 瑛士にお似合いの彼女になりたくて、努力してたから?

 そういうのが見えて、嫌だったのかな。

「そんな人、いるわけないのにね。だから高輪さんが独身でいるっていうなら、納得よ、私は」
「高輪さんが望むなら、仕事も家事もがんばれると思う」
「そうじゃないの、つぐみ。全部背追わないで、彼にも支えてもらえるように振舞わなきゃ。それが、いい女」

 私には、それが足りなかったのだろうか。
 瑛士がいなくても私はやっていける。そんな妙な安心感を、いつのまにか与えていたのかもしれない。
 だから、彼は私に別れを切り出した。

「でも結局、最後は見た目10割なのよねー。つぐみはかわいいから、心配いらないけどね」

 そう笑って、佳織は店先に視線を移す。

「いらっしゃいませー」

 客が来たようだ。カウンターの前に出てくる佳織に背中をぽんぽんっとされて、私はそのまま店を出た。

 瑛士に会いに行こうかな。

 そう勇気を出して一歩踏み出すと、前方から遠坂くんが歩いてくるのが見える。
 彼は私にまだ気づいてない。

 意識的に反対側へ向かって歩いた。オフィスまでは遠回りになるけど、遠坂くんに会ったら、せっかく生まれた勇気がなくなってしまいそうで怖かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

姉の引き立て役の私は

ぴぴみ
恋愛
 アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。 「どうしたら、お姉様のようになれるの?」 「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」  姉は優しい。でもあるとき気づいて─

『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、 結婚初日から気づいていた。 夫は優しい。 礼儀正しく、決して冷たくはない。 けれど──どこか遠い。 夜会で向けられる微笑みの奥には、 亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。 社交界は囁く。 「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」 「後妻は所詮、影の夫人よ」 その言葉に胸が痛む。 けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。 ──これは政略婚。 愛を求めてはいけない、と。 そんなある日、彼女はカルロスの書斎で “あり得ない手紙”を見つけてしまう。 『愛しいカルロスへ。  私は必ずあなたのもとへ戻るわ。          エリザベラ』 ……前妻は、本当に死んだのだろうか? 噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。 揺れ動く心のまま、シャルロットは “ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。 しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、 カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。 「影なんて、最初からいない。  見ていたのは……ずっと君だけだった」 消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫── すべての謎が解けたとき、 影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。 切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。 愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

処理中です...