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あなたとキスを
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「佳織、結婚式っていつだっけ?」
「来年の春よ、まだ先」
「準備大変だよね」
「うちはほら、商売やってるから。急にどうしたの?」
いつものように、日替わり弁当を差し出しながら、佳織は首をひねる。
「ううん。結婚って、簡単にするもんじゃないよねって思って」
縁は勢いとかタイミングだって聞く。今は遠坂くんという縁があって、勢いに任せたら付き合う可能性もあって、その流れで急に結婚もありえる。
でもどこかしっくりこない気持ちもある。本当に結婚を考えてもいいのかって。
「そうねぇー。女の人生って、選ぶ男で変わるよねー」
「やっぱりそう?」
「そりゃそうよ。つまらない人生になるぐらいなら、結婚しないのもいいと思う」
「そっか」
うん、ってうなずく。
遠坂くんのことは、もっと慎重になった方がいいって思う。
「でもさ、つぐみには結婚してもらいたいな」
佳織はカウンターに寄りかかり、にこっと私の顔をのぞき込む。
「ひとりじゃ大変なこともあると思うし、守ってくれる男性がいるのも素敵だと思う。支えてもらうばっかりじゃなくて、支えてあげることも、つぐみならできると思う」
「私に気持ちはあっても、相手がその気にならないなら無理だよね……」
瑛士と結婚したいなんて、多くは望まない。でも、瑛士を忘れるなんてことできない。
「やっぱり、つぐみが賢くならないと無理な相手なの?」
「賢く?」
「高輪さんでしょ? あきらめられないんだよね、つぐみは」
「あ、うん……」
佳織は優しく私の腕をさする。
「高輪さんって二日前だったかな。お弁当買いに来たのよ。たぶんあの人だと思う。めちゃくちゃイケメンだったし、MMASの社員証ぶら下げてたから」
「ほんと?」
「ほんとほんと。もしあの人ならって考えたら、つぐみは賢くならなきゃって思って」
「高輪さん、女性には困らなさそうだよね。賢い人がいいに決まってるよね」
「あー、ほら。違う違う」
顔の前で手を振って、佳織は声をひそめる。
「男ってプライドが高いのよ」
「え?」
「私の彼にね、聞いてみたのよ。どうして男は賢い女より、かわいい子を結婚相手に選びたがるの? って」
「そんなこと聞いたの?」
興味本位って、佳織は笑う。
「彼、言ってたのよ。俺みたいな普通の男はとびきり賢い女は選ばないって。失礼しちゃうでしょ」
「佳織は賢いじゃない」
「ありがとー、つぐみ。でさ、なんでって聞いたら、俺には俺のプライドがあるって言い出して。言葉は悪いけど、男は自分の下に女を置きたがるもんだって。私はおっちょこちょいなとこあるし、そういうとこが安心なんだって」
「褒めてるの? それ」
ちょっとあきれてしまう。
「俺にはちょうどいいって言いたかったんじゃない?」
佳織が傷ついたりしないから、彼も正直に話してくれたんだろうか。それにしてもって思うけど、私の心配をよそに、彼女は得意げな顔をする。
「でも違うの」
「違うって?」
「彼がそう思うように、私ね、振舞ってる」
「わざと下手に出てるってこと?」
意外だった。佳織はいつも素のままを見せてくれるから、彼の前でも変わらないと思ってた。
「いい男は、賢さを前面に出さないでバカなふりができる女を選ぶものなんじゃない?」
「そうなの?」
「私の実体験と、彼の意見を合わせるとね、そうかなって思うのよ。男ってバカだよね。賢い女と結婚した方が幸せになれるのに、経済的な幸福より、精神的な幸福を選ぶのよ」
「一緒にいて癒されるとか?」
そう言うと、佳織は満面の笑みで、わかってくれた?と喜ぶ。
「それ、それそれ。だから無条件でかわいい子がモテるのよね」
「私、かわいくないよね」
「つぐみは賢いとこあるから。でも、高輪さんみたいな男はいい男だから、賢い女性じゃないとダメじゃないかな?」
「バカなふりができる賢い女性?」
「彼に甘えてみたら?」
「え……」
唐突な提案に驚く。
「つぐみに足りないものがあるとしたら、それじゃない? 少なくとも、高校時代のつぐみはかわいかったんでしょ。だから付き合ってくれたんじゃない? 今は仕事ばっかりで、彼の方が後回しになってるみたいで気後れしてるのかもしれないよ?」
「そうなのかな……」
「だからって、仕事のできない女は、高輪さんは嫌だと思う。完璧主義そうに見えたし。仕事もできて、家事もこなしてくれて、でも彼のプライドを傷つけない控えめな女性。そういう人、探してるんじゃない? 彼」
高校時代を振り返る。
いつの頃から、私たちはすれ違ってたんだろう。いつから、瑛士は私をかわいいと思えなくなってたんだろう。
瑛士と同じ大学に行きたくて、勉強を頑張ってたから?
瑛士にお似合いの彼女になりたくて、努力してたから?
そういうのが見えて、嫌だったのかな。
「そんな人、いるわけないのにね。だから高輪さんが独身でいるっていうなら、納得よ、私は」
「高輪さんが望むなら、仕事も家事もがんばれると思う」
「そうじゃないの、つぐみ。全部背追わないで、彼にも支えてもらえるように振舞わなきゃ。それが、いい女」
私には、それが足りなかったのだろうか。
瑛士がいなくても私はやっていける。そんな妙な安心感を、いつのまにか与えていたのかもしれない。
だから、彼は私に別れを切り出した。
「でも結局、最後は見た目10割なのよねー。つぐみはかわいいから、心配いらないけどね」
そう笑って、佳織は店先に視線を移す。
「いらっしゃいませー」
客が来たようだ。カウンターの前に出てくる佳織に背中をぽんぽんっとされて、私はそのまま店を出た。
瑛士に会いに行こうかな。
そう勇気を出して一歩踏み出すと、前方から遠坂くんが歩いてくるのが見える。
彼は私にまだ気づいてない。
意識的に反対側へ向かって歩いた。オフィスまでは遠回りになるけど、遠坂くんに会ったら、せっかく生まれた勇気がなくなってしまいそうで怖かった。
「佳織、結婚式っていつだっけ?」
「来年の春よ、まだ先」
「準備大変だよね」
「うちはほら、商売やってるから。急にどうしたの?」
いつものように、日替わり弁当を差し出しながら、佳織は首をひねる。
「ううん。結婚って、簡単にするもんじゃないよねって思って」
縁は勢いとかタイミングだって聞く。今は遠坂くんという縁があって、勢いに任せたら付き合う可能性もあって、その流れで急に結婚もありえる。
でもどこかしっくりこない気持ちもある。本当に結婚を考えてもいいのかって。
「そうねぇー。女の人生って、選ぶ男で変わるよねー」
「やっぱりそう?」
「そりゃそうよ。つまらない人生になるぐらいなら、結婚しないのもいいと思う」
「そっか」
うん、ってうなずく。
遠坂くんのことは、もっと慎重になった方がいいって思う。
「でもさ、つぐみには結婚してもらいたいな」
佳織はカウンターに寄りかかり、にこっと私の顔をのぞき込む。
「ひとりじゃ大変なこともあると思うし、守ってくれる男性がいるのも素敵だと思う。支えてもらうばっかりじゃなくて、支えてあげることも、つぐみならできると思う」
「私に気持ちはあっても、相手がその気にならないなら無理だよね……」
瑛士と結婚したいなんて、多くは望まない。でも、瑛士を忘れるなんてことできない。
「やっぱり、つぐみが賢くならないと無理な相手なの?」
「賢く?」
「高輪さんでしょ? あきらめられないんだよね、つぐみは」
「あ、うん……」
佳織は優しく私の腕をさする。
「高輪さんって二日前だったかな。お弁当買いに来たのよ。たぶんあの人だと思う。めちゃくちゃイケメンだったし、MMASの社員証ぶら下げてたから」
「ほんと?」
「ほんとほんと。もしあの人ならって考えたら、つぐみは賢くならなきゃって思って」
「高輪さん、女性には困らなさそうだよね。賢い人がいいに決まってるよね」
「あー、ほら。違う違う」
顔の前で手を振って、佳織は声をひそめる。
「男ってプライドが高いのよ」
「え?」
「私の彼にね、聞いてみたのよ。どうして男は賢い女より、かわいい子を結婚相手に選びたがるの? って」
「そんなこと聞いたの?」
興味本位って、佳織は笑う。
「彼、言ってたのよ。俺みたいな普通の男はとびきり賢い女は選ばないって。失礼しちゃうでしょ」
「佳織は賢いじゃない」
「ありがとー、つぐみ。でさ、なんでって聞いたら、俺には俺のプライドがあるって言い出して。言葉は悪いけど、男は自分の下に女を置きたがるもんだって。私はおっちょこちょいなとこあるし、そういうとこが安心なんだって」
「褒めてるの? それ」
ちょっとあきれてしまう。
「俺にはちょうどいいって言いたかったんじゃない?」
佳織が傷ついたりしないから、彼も正直に話してくれたんだろうか。それにしてもって思うけど、私の心配をよそに、彼女は得意げな顔をする。
「でも違うの」
「違うって?」
「彼がそう思うように、私ね、振舞ってる」
「わざと下手に出てるってこと?」
意外だった。佳織はいつも素のままを見せてくれるから、彼の前でも変わらないと思ってた。
「いい男は、賢さを前面に出さないでバカなふりができる女を選ぶものなんじゃない?」
「そうなの?」
「私の実体験と、彼の意見を合わせるとね、そうかなって思うのよ。男ってバカだよね。賢い女と結婚した方が幸せになれるのに、経済的な幸福より、精神的な幸福を選ぶのよ」
「一緒にいて癒されるとか?」
そう言うと、佳織は満面の笑みで、わかってくれた?と喜ぶ。
「それ、それそれ。だから無条件でかわいい子がモテるのよね」
「私、かわいくないよね」
「つぐみは賢いとこあるから。でも、高輪さんみたいな男はいい男だから、賢い女性じゃないとダメじゃないかな?」
「バカなふりができる賢い女性?」
「彼に甘えてみたら?」
「え……」
唐突な提案に驚く。
「つぐみに足りないものがあるとしたら、それじゃない? 少なくとも、高校時代のつぐみはかわいかったんでしょ。だから付き合ってくれたんじゃない? 今は仕事ばっかりで、彼の方が後回しになってるみたいで気後れしてるのかもしれないよ?」
「そうなのかな……」
「だからって、仕事のできない女は、高輪さんは嫌だと思う。完璧主義そうに見えたし。仕事もできて、家事もこなしてくれて、でも彼のプライドを傷つけない控えめな女性。そういう人、探してるんじゃない? 彼」
高校時代を振り返る。
いつの頃から、私たちはすれ違ってたんだろう。いつから、瑛士は私をかわいいと思えなくなってたんだろう。
瑛士と同じ大学に行きたくて、勉強を頑張ってたから?
瑛士にお似合いの彼女になりたくて、努力してたから?
そういうのが見えて、嫌だったのかな。
「そんな人、いるわけないのにね。だから高輪さんが独身でいるっていうなら、納得よ、私は」
「高輪さんが望むなら、仕事も家事もがんばれると思う」
「そうじゃないの、つぐみ。全部背追わないで、彼にも支えてもらえるように振舞わなきゃ。それが、いい女」
私には、それが足りなかったのだろうか。
瑛士がいなくても私はやっていける。そんな妙な安心感を、いつのまにか与えていたのかもしれない。
だから、彼は私に別れを切り出した。
「でも結局、最後は見た目10割なのよねー。つぐみはかわいいから、心配いらないけどね」
そう笑って、佳織は店先に視線を移す。
「いらっしゃいませー」
客が来たようだ。カウンターの前に出てくる佳織に背中をぽんぽんっとされて、私はそのまま店を出た。
瑛士に会いに行こうかな。
そう勇気を出して一歩踏み出すと、前方から遠坂くんが歩いてくるのが見える。
彼は私にまだ気づいてない。
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