22 / 29
あなたとキスを
5
しおりを挟む
***
カウンターでひとり、こうしてグラスを傾けるようになって何日経つだろう。
マスターの作るカクテルはうまい。だけど、どこか味気なく感じるのは、隣にいてほしい女がいないからか。
「待つばかりも、おつらいですね」
無意識にため息を吐いた俺に、マスターが話しかけてくる。
「待ってるのかな、俺は」
カウンターの上に乗せたスマホに人差し指をあてる。メールや電話の着信はない。
「連絡なんてない方がいい」
「そうですか?」
「彼女が幸せな証拠だからね」
今日最後の一杯と決めたギムレットを飲み干す。
甘くないライムジュースで、さわやかな香りが立つ。わざわざ抜いてもらった甘さに、もの足りなさを覚える。
「連絡があったら、手離されない方がいいのでは?」
「今さらどんな面を下げて?」
「素直じゃない高輪さんが、私は好きですよ」
マスターはやんわりと微笑む。目尻のしわに、経験を積んだ彼の長い人生が現れている。
俺は無駄に経験を積んだのではないか。もっとストレートに生きられたらよかったのではないか。マスターに会うたび、自問してしまう。
「彼女はね、なんでもない子だったよ」
「はい」
「最初は、かわいい子が入ってきたって噂になったりしてね。入ってきたってのは、バスケ部にね」
「高校時代、バスケ部だったとおっしゃってましたね」
「そう」
マスターにはいろんな話をした。
俺のすべてをさらけ出せる場所に、彼はいるから。
「そこまでバスケは上手じゃなかったけどね、彼女はがんばり屋だった」
「真面目で素直な方のようにお見受けしました」
「だから驚いたんだ。誰彼かまわず女と付き合う俺なんて、絶対軽蔑するタイプと思ってた」
マスターはちょっと返事に困った表情をする。
「軽い気持ちで付き合ったのにね」
「そんなこともないでしょう?」
「まあ、ね。頑張る子は好きだしね」
「頑張りすぎましたか?」
ちょっと笑ってしまう。
「わかる? 怖いぐらいにね、頑張ってた。無理しなくていいよって何度も言おうと思ったけど、彼女を否定するようで言えなかった」
「言わない優しさもありますね」
「どうしたらいいのかなって悩んでた時にね、彼女とお兄さんを見かけたんだ」
「はい」
この話もしただろうか。
マスターは繰り返し何度も同じ話をしても、嫌な顔ひとつせずに聞いてくれる。
「負けたって思ったよ。勝負もしないうちから敗北してた。そのぐらい、彼女とお兄さんはお似合いで、悔しかった」
「お若かったのでしょう」
「そりゃそうだよね。まだ10代の頃の話だ」
「じゅうぶん真面目に付き合っておられましたね」
ああ、そうだ。
あの時の俺は、精一杯彼女が好きな俺を保っていた。
「血のつながりがない兄妹だって、知らなかったらよかったな」
「彼女が誠実だったのでしょう」
「俺は不誠実だったね」
そんなことはない、とマスターは首を横に振る。
これも、何度も何度も繰り返してきた過去の話。俺はちっとも成長してない。
「帰るよ、ありがとう」
過去に囚われている自分が好きじゃない。
逃げ出したくなって席を立つと、マスターは「高輪さん」と、俺を呼び止める。
「何度でも、人生はやり直せますよ」
そう言って、彼は俺を送り出してくれた。
カウンターでひとり、こうしてグラスを傾けるようになって何日経つだろう。
マスターの作るカクテルはうまい。だけど、どこか味気なく感じるのは、隣にいてほしい女がいないからか。
「待つばかりも、おつらいですね」
無意識にため息を吐いた俺に、マスターが話しかけてくる。
「待ってるのかな、俺は」
カウンターの上に乗せたスマホに人差し指をあてる。メールや電話の着信はない。
「連絡なんてない方がいい」
「そうですか?」
「彼女が幸せな証拠だからね」
今日最後の一杯と決めたギムレットを飲み干す。
甘くないライムジュースで、さわやかな香りが立つ。わざわざ抜いてもらった甘さに、もの足りなさを覚える。
「連絡があったら、手離されない方がいいのでは?」
「今さらどんな面を下げて?」
「素直じゃない高輪さんが、私は好きですよ」
マスターはやんわりと微笑む。目尻のしわに、経験を積んだ彼の長い人生が現れている。
俺は無駄に経験を積んだのではないか。もっとストレートに生きられたらよかったのではないか。マスターに会うたび、自問してしまう。
「彼女はね、なんでもない子だったよ」
「はい」
「最初は、かわいい子が入ってきたって噂になったりしてね。入ってきたってのは、バスケ部にね」
「高校時代、バスケ部だったとおっしゃってましたね」
「そう」
マスターにはいろんな話をした。
俺のすべてをさらけ出せる場所に、彼はいるから。
「そこまでバスケは上手じゃなかったけどね、彼女はがんばり屋だった」
「真面目で素直な方のようにお見受けしました」
「だから驚いたんだ。誰彼かまわず女と付き合う俺なんて、絶対軽蔑するタイプと思ってた」
マスターはちょっと返事に困った表情をする。
「軽い気持ちで付き合ったのにね」
「そんなこともないでしょう?」
「まあ、ね。頑張る子は好きだしね」
「頑張りすぎましたか?」
ちょっと笑ってしまう。
「わかる? 怖いぐらいにね、頑張ってた。無理しなくていいよって何度も言おうと思ったけど、彼女を否定するようで言えなかった」
「言わない優しさもありますね」
「どうしたらいいのかなって悩んでた時にね、彼女とお兄さんを見かけたんだ」
「はい」
この話もしただろうか。
マスターは繰り返し何度も同じ話をしても、嫌な顔ひとつせずに聞いてくれる。
「負けたって思ったよ。勝負もしないうちから敗北してた。そのぐらい、彼女とお兄さんはお似合いで、悔しかった」
「お若かったのでしょう」
「そりゃそうだよね。まだ10代の頃の話だ」
「じゅうぶん真面目に付き合っておられましたね」
ああ、そうだ。
あの時の俺は、精一杯彼女が好きな俺を保っていた。
「血のつながりがない兄妹だって、知らなかったらよかったな」
「彼女が誠実だったのでしょう」
「俺は不誠実だったね」
そんなことはない、とマスターは首を横に振る。
これも、何度も何度も繰り返してきた過去の話。俺はちっとも成長してない。
「帰るよ、ありがとう」
過去に囚われている自分が好きじゃない。
逃げ出したくなって席を立つと、マスターは「高輪さん」と、俺を呼び止める。
「何度でも、人生はやり直せますよ」
そう言って、彼は俺を送り出してくれた。
0
あなたにおすすめの小説
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
姉の引き立て役の私は
ぴぴみ
恋愛
アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。
「どうしたら、お姉様のようになれるの?」
「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」
姉は優しい。でもあるとき気づいて─
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる