あの日から恋してますか?

水城ひさぎ

文字の大きさ
25 / 29
ずっと君に恋してる

2

しおりを挟む



 気づいたら、足が向いていた。
 もしかしたら瑛士に会えるかも、なんて思って、無意識にビルの前にいる。

 瑛士に連れてきてもらったバーが入るそのビルは、今日もおしゃれな佇まいで、来客を受け入れている。

 それでも中に入る勇気まではなくて、すぐにその場を離れようとした。

 すると、目の前に人影が立ち塞がる。
 瑛士?と思って顔を上げたら、心配そうに私を見下ろす見慣れた青年がいた。

「遠坂くん……」
「先輩の姿が見えたんで、追いかけてきました」

 すみません、と頭を下げた彼は、そのまま上げた顔をビルへ向けた。

「そこのバー、入りたかったんですか? 行きます?」
「ううん。ちょっと見てただけ。ファミレスで、お茶でも飲む?」
「いいですね。そうしましょう」

 お酒が入らない方がいいと思ってくれた遠坂くんは、すぐに私の提案に賛成してくれた。

 会社から遠いファミレスを検索しようとスマホを取り出す彼に、私は近くでいいのだと言った。

 同僚に誤解されても、それが真実となるならそれでいい。そんな思いもあった。

 地下鉄の駅近くにあるファミレスに、私たちは向かった。

 数回、こうして遠坂くんと肩を並べて歩いたことがあるだけなのに、馴れ親しみを感じるようになっている。
 違和感のないことを、どう受け止め、どう考えたらいいのだろうと思う。その答えを、遠坂くんなら一緒に考えてくれる。そう思った。

 ファミレスに入り、禁煙席に案内された私はドリアを、彼はステーキを注文した。

 料理が届くまでの間、私たちはなんとなく沈黙していた。
 重苦しい沈黙ではない。仕事の疲れを分かち合うような、居心地のいい沈黙。

 結婚は大変かもしれないけど、結婚できたら幸せだろう。毎日こうやって、癒される時間を持てるのだから。

「今日も疲れましたね。なんか部長、俺のことこき使ってません?」

 ステーキにナイフを入れながら、遠坂くんはぼやく。

「期待してるんじゃない?」
「そうだといいんですけどね。それにしても仕事回しすぎです」
「どっちかというと、既婚者ははやく帰してくれる会社だものね」
「長い目で見たら、いい会社なんですけどねー。最近疲れがたまってます」

 うーん、と伸びをする彼は、疲労の浮かぶ顔に笑顔を浮かべる。

「家に帰って、好きな人が待っててくれたら、こんな疲れ、なんともないんですけどね」
「そういうの、いいなって私も思う」
「やっぱり結婚っていいですよね」
「遠坂くんは若いから、彼女がいるだけでも違うと思うわ」
「彼女になってほしい女性がなかなか、うんって言ってくれないから、困ってます」

 そう言って、彼は照れくさそうにステーキを頬張る。

「遠坂くんと結婚したら、幸せになれると思うの」
「先輩……」

 私は伏し目がちになって、手の中のスプーンをぎゅっと握った。

「仕事もできて、面白くって。見た目だって悪くないし。最高の結婚相手だと思う」
「べた褒めじゃないですか」

 目を丸くしながらも、うれしそうにする彼を、勇気を出して見つめる。

「遠坂くんがどれほど素晴らしいか、わかってるの」

 ため息をつくように言う。だんだん焦点が合わなくなる。
 心配そうに私を見つめる彼を、やはり直視できない。

「わかってるのに……。みんな、遠坂くんと結婚した方が幸せになれるって、言ってくれてるのに」
「先輩」

 震える手を、遠坂くんは優しく握ってくれる。

「わかってるのにね、どんなアドバイスにもそぐわない人が好きなの」
「そんなに好きなんですね」

 うんって、力なくうなずく。

「彼を好きでいることが幸せだって思って。無理にあきらめたりしたら、幸せが消えちゃう」

 瑛士がいたから頑張れたことはたくさんあった。彼のおかげで今の私がある。
 これからの私も、彼のために頑張れる。そんなこともあるんじゃないかって思う。

「彼が結婚するまでは、好きでいたいなって思うの」
「その人、先輩をふってくれないんですか?」
「ダメだよって何度も言ってる」
「ダメな理由があるってことですか?」
「ダメな理由は教えてくれないの」

 不可解そうにする遠坂くんは、ようやく私の手を離すと、小さくため息をついた。

「俺には無責任に感じます」
「そう、よね」

 だから、瑛士はキスができた。
 私のこと、本気で考えてくれてるなら、あのキスは拒むべきだった。

 無責任に抱けないと言った彼にとって、キスなんて大したことないからできただけなのに。

「おかしいでしょう。そんな人なのに、好きでいるなんて」
「それが、恋ですよね」
「遠坂くん……」
「好きでたまらない人がいる先輩を、あきらめもしないで好きでいる俺も、おかしいですよね。でも、好きだから仕方ないんです」

 そこに理屈はない。
 私たちはどこか似ていて、どこか不器用で。

「ふられてきてください、先輩」
「もう何度も……」
「はっきり、ふられてきてください。最初で最後のお願いです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...