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ずっと君に恋してる
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花野井つぐみと初めて出会ったとき、俺の隣には、彼女がいた。
彼女は中学時代からの同級生で、女子バスケ部のキャプテン。
すごくバスケがうまいというわけではないのに、人をまとめるのが上手でキャプテンを任されていた。
彼女はがんばり屋だった。悔し涙は見せても、俺の前で決して弱音を吐いたりはしなかった。
そういうところを、当時の俺は好ましく思っていた。
彼女が、「新入部員の花野井さん」と、通り過ぎていくつぐみを俺に教えてくれたとき、「バスケ、できるの?」と聞いたんだった。
そのぐらい、つぐみはおとなしそうだった。彼女の悩みのタネにならなければいいな。そう心配したぐらいだった。
しかし、俺の心配は無用なものだった。
「つぐみちゃん、すごく真面目だし、素直」
部活は休まないし、片付けも手を抜かずに人一倍やる。普段はおっとりしてるのに、試合となると人が変わったように機敏に動く。
けっして上手ではないが、コツコツと努力し、伸びていくタイプ。それが、キャプテンである彼女の目には好ましく映っているようだった。
いつしか、彼女の口からつぐみの話を聞くことが増えるようになった。気になって、俺もつぐみを見るようになった。
よく見ると、とても可愛らしい子だった。透明感のある清潔な子で、好印象だったのは覚えている。
部活を引退したあとも、彼女はバスケ部によく顔を出していた。基本的に世話焼きタイプだったのだ。
俺もたまに体育館へ顔を出した。
そのときには、無意識につぐみを目で追っていたように思う。
つぐみのことを口に出したことはなかったが、いつの頃からか、彼女とギクシャクするようになった。
「つぐみちゃんのこと、気になってるでしょ」
泣きそうな顔で彼女に言われたとき、「そんなこともないよ」と答えたが、彼女は別れを切り出してきた。
別れるなんて言うなよ、と言ってはみたが、結局うまくいかずに別れることになった。
彼女と別れると、待ってましたとばかりに女たちが寄ってきた。
まあ、いいよ。
なんて答えて、何人かと付き合ったけど、長続きはしなかった。
つぐみともすぐに別れてしまった。
高校時代からずっと俺は、長く誰かを大切にできたことなんてなかった。
ソファーに仰向けになり、ぼんやりと真っ白な天井を眺めていると、スマホの着信音が鳴った。
仕事だろうか。
それとも、女からの誘いか。
億劫に思いながらスマホを手に取り、驚いて身体を起こす。
「つぐみ……」
ディスプレイに浮かび上がる名前を見て、なんとも言えない複雑な気持ちになる。
もう連絡はないと思っていた。
何度も彼女を傷つけたというのに。
「もしもし?」
通話ボタンを押す。
ちょっと息を吸う音が入る。緊張しているのだろう。
「花野井さん?」
「あ……、急にお電話してごめんなさい」
「いいよ。何かあった?」
いつもと変わらない口調で尋ねると、彼女も安堵したような息をつく。
「いま、遠坂くんから電話があって」
「そう」
「あの……、返事が欲しいって」
「悩んでる?」
たどたどしく話すつぐみの緊張が、電話を通じて伝わってくる。
「返事は決まってるの。でも、本当にそれでいいのかなって迷ってて」
「大丈夫だよ。自分が決めたことを信じて、向かい合っていけばいい」
「うん」
素直でかわいらしい声がする。
勇気を出してるのだろう。つぐみだって、俺じゃなきゃいけないわけじゃないし、前へ進もうとしてる。
「ありがとう、高輪さん」
「お礼なんていらないよ。それで、なんて返事するの?」
つとめて平静に尋ねる。
電話で良かったと思う俺がいる。
「お付き合いからって感じじゃなくて……」
「どういうこと?」
「結婚前提でって話は、私のことを思ってのことなの。社内恋愛は気後れするだろうから、お付き合いを決めたら婚約するって」
「花野井さんらしいね」
つぐみは綺麗なまま結婚する。
手に届きやすいところにいながら、誰にもけがせない、清廉な彼女らしい話だ。
「私らしいのかな……」
急に涙声になる。
「花野井さん?」
「私、高輪さんとずっとそういう関係になりたいって思ってた。心も身体も遠坂くんを裏切ってるみたい……」
最後の方は言葉になっていなかった。泣き出したいのをこらえていたのだろう。一度たがが外れると、堰を切ったように鳴咽が止まらない。
「俺のことどうしてそんなに好きなの?」
「わかん……ない」
そう言って、彼女は沈黙する。鼻をすする音が聞こえる電話の奥が、ざわざわしてるのに気づく。
「いま、外にいる?」
「……うん」
「どこ?」
「近くの地下鉄」
「花野井さんちの近く?」
「ううん……」
それを聞いた瞬間、俺は部屋を飛び出していた。
「待ってて」
「来ないで……」
泣きじゃくりながら、何を言ってるんだ。腹立たしくなる。
「いいから待ってろっ」
そう叫び、スマホを握りしめたままエントランスを駆け出て、地下鉄の駅へと走り出す。
スマホを眺める。まだ電話はつながっている。
その事実が、今の本当のつぐみの気持ちだろう。
「つぐみっ」
地下鉄の入り口に立つつぐみは、すぐに見つかった。
まるでこれからデートに行くみたいに、女の子らしい花柄のワンピースを着て、可愛らしく髪を結い上げている。
俺に見せるためか、それとも遠坂に……?
カッと胸が熱くなる。らしくない。
女のことで心を乱すなんて、ただの一度もなかったはずなのに。
「高輪さんっ」
駆け寄ってくるつぐみをすぐに抱きしめた。胸に顔をうずめてくる彼女の身体は細くて、震えている。
「つぐみは、どうかしてるよ」
花野井つぐみと初めて出会ったとき、俺の隣には、彼女がいた。
彼女は中学時代からの同級生で、女子バスケ部のキャプテン。
すごくバスケがうまいというわけではないのに、人をまとめるのが上手でキャプテンを任されていた。
彼女はがんばり屋だった。悔し涙は見せても、俺の前で決して弱音を吐いたりはしなかった。
そういうところを、当時の俺は好ましく思っていた。
彼女が、「新入部員の花野井さん」と、通り過ぎていくつぐみを俺に教えてくれたとき、「バスケ、できるの?」と聞いたんだった。
そのぐらい、つぐみはおとなしそうだった。彼女の悩みのタネにならなければいいな。そう心配したぐらいだった。
しかし、俺の心配は無用なものだった。
「つぐみちゃん、すごく真面目だし、素直」
部活は休まないし、片付けも手を抜かずに人一倍やる。普段はおっとりしてるのに、試合となると人が変わったように機敏に動く。
けっして上手ではないが、コツコツと努力し、伸びていくタイプ。それが、キャプテンである彼女の目には好ましく映っているようだった。
いつしか、彼女の口からつぐみの話を聞くことが増えるようになった。気になって、俺もつぐみを見るようになった。
よく見ると、とても可愛らしい子だった。透明感のある清潔な子で、好印象だったのは覚えている。
部活を引退したあとも、彼女はバスケ部によく顔を出していた。基本的に世話焼きタイプだったのだ。
俺もたまに体育館へ顔を出した。
そのときには、無意識につぐみを目で追っていたように思う。
つぐみのことを口に出したことはなかったが、いつの頃からか、彼女とギクシャクするようになった。
「つぐみちゃんのこと、気になってるでしょ」
泣きそうな顔で彼女に言われたとき、「そんなこともないよ」と答えたが、彼女は別れを切り出してきた。
別れるなんて言うなよ、と言ってはみたが、結局うまくいかずに別れることになった。
彼女と別れると、待ってましたとばかりに女たちが寄ってきた。
まあ、いいよ。
なんて答えて、何人かと付き合ったけど、長続きはしなかった。
つぐみともすぐに別れてしまった。
高校時代からずっと俺は、長く誰かを大切にできたことなんてなかった。
ソファーに仰向けになり、ぼんやりと真っ白な天井を眺めていると、スマホの着信音が鳴った。
仕事だろうか。
それとも、女からの誘いか。
億劫に思いながらスマホを手に取り、驚いて身体を起こす。
「つぐみ……」
ディスプレイに浮かび上がる名前を見て、なんとも言えない複雑な気持ちになる。
もう連絡はないと思っていた。
何度も彼女を傷つけたというのに。
「もしもし?」
通話ボタンを押す。
ちょっと息を吸う音が入る。緊張しているのだろう。
「花野井さん?」
「あ……、急にお電話してごめんなさい」
「いいよ。何かあった?」
いつもと変わらない口調で尋ねると、彼女も安堵したような息をつく。
「いま、遠坂くんから電話があって」
「そう」
「あの……、返事が欲しいって」
「悩んでる?」
たどたどしく話すつぐみの緊張が、電話を通じて伝わってくる。
「返事は決まってるの。でも、本当にそれでいいのかなって迷ってて」
「大丈夫だよ。自分が決めたことを信じて、向かい合っていけばいい」
「うん」
素直でかわいらしい声がする。
勇気を出してるのだろう。つぐみだって、俺じゃなきゃいけないわけじゃないし、前へ進もうとしてる。
「ありがとう、高輪さん」
「お礼なんていらないよ。それで、なんて返事するの?」
つとめて平静に尋ねる。
電話で良かったと思う俺がいる。
「お付き合いからって感じじゃなくて……」
「どういうこと?」
「結婚前提でって話は、私のことを思ってのことなの。社内恋愛は気後れするだろうから、お付き合いを決めたら婚約するって」
「花野井さんらしいね」
つぐみは綺麗なまま結婚する。
手に届きやすいところにいながら、誰にもけがせない、清廉な彼女らしい話だ。
「私らしいのかな……」
急に涙声になる。
「花野井さん?」
「私、高輪さんとずっとそういう関係になりたいって思ってた。心も身体も遠坂くんを裏切ってるみたい……」
最後の方は言葉になっていなかった。泣き出したいのをこらえていたのだろう。一度たがが外れると、堰を切ったように鳴咽が止まらない。
「俺のことどうしてそんなに好きなの?」
「わかん……ない」
そう言って、彼女は沈黙する。鼻をすする音が聞こえる電話の奥が、ざわざわしてるのに気づく。
「いま、外にいる?」
「……うん」
「どこ?」
「近くの地下鉄」
「花野井さんちの近く?」
「ううん……」
それを聞いた瞬間、俺は部屋を飛び出していた。
「待ってて」
「来ないで……」
泣きじゃくりながら、何を言ってるんだ。腹立たしくなる。
「いいから待ってろっ」
そう叫び、スマホを握りしめたままエントランスを駆け出て、地下鉄の駅へと走り出す。
スマホを眺める。まだ電話はつながっている。
その事実が、今の本当のつぐみの気持ちだろう。
「つぐみっ」
地下鉄の入り口に立つつぐみは、すぐに見つかった。
まるでこれからデートに行くみたいに、女の子らしい花柄のワンピースを着て、可愛らしく髪を結い上げている。
俺に見せるためか、それとも遠坂に……?
カッと胸が熱くなる。らしくない。
女のことで心を乱すなんて、ただの一度もなかったはずなのに。
「高輪さんっ」
駆け寄ってくるつぐみをすぐに抱きしめた。胸に顔をうずめてくる彼女の身体は細くて、震えている。
「つぐみは、どうかしてるよ」
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