あの日から恋してますか?

水城ひさぎ

文字の大きさ
28 / 29
ずっと君に恋してる

5

しおりを挟む
***


 花野井つぐみと初めて出会ったとき、俺の隣には、彼女がいた。

 彼女は中学時代からの同級生で、女子バスケ部のキャプテン。
 すごくバスケがうまいというわけではないのに、人をまとめるのが上手でキャプテンを任されていた。

 彼女はがんばり屋だった。悔し涙は見せても、俺の前で決して弱音を吐いたりはしなかった。
 そういうところを、当時の俺は好ましく思っていた。

 彼女が、「新入部員の花野井さん」と、通り過ぎていくつぐみを俺に教えてくれたとき、「バスケ、できるの?」と聞いたんだった。
 そのぐらい、つぐみはおとなしそうだった。彼女の悩みのタネにならなければいいな。そう心配したぐらいだった。

 しかし、俺の心配は無用なものだった。

「つぐみちゃん、すごく真面目だし、素直」

 部活は休まないし、片付けも手を抜かずに人一倍やる。普段はおっとりしてるのに、試合となると人が変わったように機敏に動く。
 けっして上手ではないが、コツコツと努力し、伸びていくタイプ。それが、キャプテンである彼女の目には好ましく映っているようだった。

 いつしか、彼女の口からつぐみの話を聞くことが増えるようになった。気になって、俺もつぐみを見るようになった。

 よく見ると、とても可愛らしい子だった。透明感のある清潔な子で、好印象だったのは覚えている。

 部活を引退したあとも、彼女はバスケ部によく顔を出していた。基本的に世話焼きタイプだったのだ。
 俺もたまに体育館へ顔を出した。
 そのときには、無意識につぐみを目で追っていたように思う。

 つぐみのことを口に出したことはなかったが、いつの頃からか、彼女とギクシャクするようになった。

「つぐみちゃんのこと、気になってるでしょ」

 泣きそうな顔で彼女に言われたとき、「そんなこともないよ」と答えたが、彼女は別れを切り出してきた。

 別れるなんて言うなよ、と言ってはみたが、結局うまくいかずに別れることになった。

 彼女と別れると、待ってましたとばかりに女たちが寄ってきた。

 まあ、いいよ。
 なんて答えて、何人かと付き合ったけど、長続きはしなかった。

 つぐみともすぐに別れてしまった。
 高校時代からずっと俺は、長く誰かを大切にできたことなんてなかった。

 ソファーに仰向けになり、ぼんやりと真っ白な天井を眺めていると、スマホの着信音が鳴った。

 仕事だろうか。
 それとも、女からの誘いか。

 億劫に思いながらスマホを手に取り、驚いて身体を起こす。

「つぐみ……」
 
 ディスプレイに浮かび上がる名前を見て、なんとも言えない複雑な気持ちになる。

 もう連絡はないと思っていた。
 何度も彼女を傷つけたというのに。

「もしもし?」
 
 通話ボタンを押す。
 ちょっと息を吸う音が入る。緊張しているのだろう。

「花野井さん?」
「あ……、急にお電話してごめんなさい」
「いいよ。何かあった?」

 いつもと変わらない口調で尋ねると、彼女も安堵したような息をつく。

「いま、遠坂くんから電話があって」
「そう」
「あの……、返事が欲しいって」
「悩んでる?」

 たどたどしく話すつぐみの緊張が、電話を通じて伝わってくる。

「返事は決まってるの。でも、本当にそれでいいのかなって迷ってて」
「大丈夫だよ。自分が決めたことを信じて、向かい合っていけばいい」
「うん」

 素直でかわいらしい声がする。
 勇気を出してるのだろう。つぐみだって、俺じゃなきゃいけないわけじゃないし、前へ進もうとしてる。

「ありがとう、高輪さん」
「お礼なんていらないよ。それで、なんて返事するの?」

 つとめて平静に尋ねる。
 電話で良かったと思う俺がいる。

「お付き合いからって感じじゃなくて……」
「どういうこと?」
「結婚前提でって話は、私のことを思ってのことなの。社内恋愛は気後れするだろうから、お付き合いを決めたら婚約するって」
「花野井さんらしいね」

 つぐみは綺麗なまま結婚する。
 手に届きやすいところにいながら、誰にもけがせない、清廉な彼女らしい話だ。

「私らしいのかな……」

 急に涙声になる。

「花野井さん?」
「私、高輪さんとずっとそういう関係になりたいって思ってた。心も身体も遠坂くんを裏切ってるみたい……」

 最後の方は言葉になっていなかった。泣き出したいのをこらえていたのだろう。一度たがが外れると、堰を切ったように鳴咽が止まらない。

「俺のことどうしてそんなに好きなの?」
「わかん……ない」

 そう言って、彼女は沈黙する。鼻をすする音が聞こえる電話の奥が、ざわざわしてるのに気づく。

「いま、外にいる?」
「……うん」
「どこ?」
「近くの地下鉄」
「花野井さんちの近く?」
「ううん……」

 それを聞いた瞬間、俺は部屋を飛び出していた。

「待ってて」
「来ないで……」

 泣きじゃくりながら、何を言ってるんだ。腹立たしくなる。

「いいから待ってろっ」

 そう叫び、スマホを握りしめたままエントランスを駆け出て、地下鉄の駅へと走り出す。

 スマホを眺める。まだ電話はつながっている。
 その事実が、今の本当のつぐみの気持ちだろう。

「つぐみっ」

 地下鉄の入り口に立つつぐみは、すぐに見つかった。
 まるでこれからデートに行くみたいに、女の子らしい花柄のワンピースを着て、可愛らしく髪を結い上げている。

 俺に見せるためか、それとも遠坂に……?

 カッと胸が熱くなる。らしくない。
 女のことで心を乱すなんて、ただの一度もなかったはずなのに。

「高輪さんっ」

 駆け寄ってくるつぐみをすぐに抱きしめた。胸に顔をうずめてくる彼女の身体は細くて、震えている。

「つぐみは、どうかしてるよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...