あの日から恋してますか?

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ずっと君に恋してる

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 急に話しかけられた俺は、驚いて振り返った。
 
 知った青年の顔を見つけて、あっ、と声をあげそうになる。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、そのまま唇の端をあげた。

「偶然じゃないよね」
「わかるかなって不安でしたけど、すぐに確信しました」
「人違いだったら大変だよ?」
「新幹線でお見かけしたとき、モデルかなって思って。きっとあの人だろうなって」

 へえ、と俺は唇を歪める。

「そんな風に褒めてもらえるとは思わなかったよ」
「別にほめてなんか。やたらと花野井先輩のこと見てるなぁって思ったから、記憶にあっただけです」
「そんなに見てたかな。君の方が何倍も見てたと思うよ。ね、遠坂尚人くん」

 遠坂はぴくりと眉をあげる。

「俺の名前も知ってるんですね」
「君こそ、よく俺がここにいるってわかったね」
「花野井先輩が毎日のようにこの店の前で立ち止まるから。半信半疑でしたけど、あなたを見つける自信はあったんです」
「無謀な行動って、あるんだね」

 執念ってやつか。
 俺はちょっと笑って、胸のポケットから名刺を取り出す。

「高輪瑛士です」

 一瞬迷いを見せた遠坂だったが、俺の差し出す名刺を両手で受け取った。

「MMASなんですね」

 マウンティングですか、と言わないばかりの表情に、ますます笑ってしまう。

「システムオールズは評判がいいよね。順調に仕事してる花野井さんから、取り上げていいものじゃないとは思ってるよ」
「取り上げる?」
「海外赴任にでもなったら、心配で一人にはさせておけないからね」
「仕事やめてついてこいって言ったら、先輩はそうしますよ」
「言われなくてもわかってるつもりだよ」

 ああ、と遠坂は息をつく。

「先輩のこと考えすぎて、空回りしてるみたいだ」
「そうかな。結局俺は、自分がかわいいだけだと思ってるよ。昔から何も変わらないよ」
「だからですか。花野井先輩は、変わってないあなたに惹かれたんだ。ずっと好きだったってより、同じ人を好きになっただけなんですね」
「さあ、そこまでは知らないよ」

 つぐみをわかってあげられたことなんて、一度でもあったんだろうか。
 好きだと告白されるまで、彼女の気持ちすら誤解していたかもしれない。

「先輩もがんこだけど、あなたも相当ですね」
「君だってそうだろう」
「それもそうですね。じゃあ、曲げられないものは曲げられないんで、言わせてもらいます」

 戦線布告が面白くて微笑するが、遠坂はいたって真面目な顔をしている。
 どこか憎めないやつだ。

「花野井さんをあきらめてくれとか言わないでくれよ。別に俺は欲しがってないから」
「あなたが素直じゃないから俺は困ってるんです。花野井先輩のことが好きなら、好きってはっきり言ってくださいよ」

 そんな簡単なこともできないのかと、遠坂は俺を責める。
 そうだ。そんな簡単なことも、俺はできない。

「遠坂くんの名前は覚えておくよ」
「全然答えになってないじゃないか」

 悔しそうに下唇をかむ遠坂を、俺はどこか羨ましい気持ちで眺めていた。

 彼のように恋することを、俺は何年忘れていたんだろう。
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