砂色のステラ

水城ひさぎ

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セシェ島編

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「ダムハート国王陛下が昨夜、安らかに息を引き取ったと伝書が届きました」

 ルドアース副団長の手には、一通の手紙が握られていた。その指先には力が入っている。悲痛か歓喜か……内心を読み取らせないものの、彼が何かに興奮しているのはわかる。

 昨夜はひときわ寒く、夜半に目が覚めた。セリオスの屈強な腕の中から抜け出すと、鉄格子の奥で伸びる月光柱の中に、鳥の影が見えた。あれは、王都から飛ばされた伝書鳩だったのだろう。そうとは知らず、羽音が聞こえてきそうなほどの静寂な夜に身を震わせ、レオナはふたたび、退屈そうに眠る彼の太い腕の中にもぐり込んだのだった。

「誰からだ?」
「フロスト閣下より殿下へ直々に届いております」

 朝食を終えたばかりのセリオスは、ルドアースから手紙を受け取る。その手紙には、深紅の封蝋が施されている。宰相であるフロストからというのだから、重要な公式文だろう。

 セリオスは一つの文字も見逃さまいとするような鋭い目でそれをじっくり眺め、ゆっくりと目を細めた。

 レオナは紅茶を淹れると、彼の前へ差し出しながら、手紙の方へ目を動かした。多くはない数行の文字が書かれている。内容を把握する前に、レオナの視線に気づいたセリオスは、無表情で手紙を丁寧にたたんだ。

「幽閉から解放するとの恩赦が与えられた」

 短くつぶやいたセリオスの声に感情はなかった。この2年間、ともに幽閉生活を送ってきたルドアースと同様、どんな感情もさとらせなかった。

 一方、レオナの胸は単純なほどにざわついた。とうとうこの日が来た。喜ぶべきことかはわからない。セリオスの父であるダムハート国王が崩御したのだ。今ごろ、王都は深い悲しみに包まれているであろう。

 しかし、氷河に囲まれた氷嶺ひょうれい監獄と呼ばれる屋敷からようやく出られる彼を思うと、レオナは胸をなでおろさずにはいられなかった。

 同時に、不安もあった。レオナは半年前、罪から逃れるため、セリオスと契約結婚をした。国王が亡くなったことで罪が問われなくなれば、セリオスとの契約結婚も解消されるだろう。

 セリオスとレオナの結婚は王都に知れ渡っているだろうか。隔離された監獄では、その様子を漏れ聞くことさえできない。罪人となり、謹慎処分を受けているセリオスではあるが、幽閉から解放されれば、彼は罪を償い終えたことになる。かつて、王太子であった彼との離婚となれば、レオナは大陸中の笑い者になるだろう。

 養父の公爵はそれを許すだろうか。いっときの命を守るために選んだ契約結婚を、少なくともレオナは後悔していない。しかし、結婚したかったわけでもない。セリオスもそうだろう。お互いに、あのときは仕方なく、その選択をしただけだった。レオナは罪から逃れるため。セリオスは公爵に恩を売るため。その結婚が解消されても、レオナは無事に公爵のもとへ帰り、これまで通りの生活が送れるのだろうか。

 空になったティーカップをトレイに乗せ、レオナは寝室の扉へ向かった。扉の手前には、太い鉄格子がある。幽閉中とは思えない、王子が住まうにふさわしい豪華な寝室には似つかわしくない、堅牢な鉄格子だ。鉄格子は部屋中をぐるりと囲み、罪人を閉じ込めておくことにだけ注力している。

 しかし、レオナは知っている。早朝になれば、セリオスは迎えにきたルドアースとともに訓練場で鍛錬をし、腕のいいシェフが料理したおいしい食事をとり、兵士がちょうどいい湯加減に調整した湯に入り、ふかふかの布団で睡眠を取っていることを。

 寝室を出て、湿気の含んだ焦茶の絨毯を歩く。足もとにひんやりとした冷気が漂い、身をすくめた。じゅうぶんに温められた部屋は寝室だけで、廊下の窓から望める庭にはいまだ溶けきらない雪が残っている。ここが氷河に囲まれた孤島であることを否応なく思い出せる感覚になかなか慣れない。

 しかし、大陸の中で一番過酷な監獄だと言われているこの場所で、セリオスは何不自由なく暮らしているように、レオナには見えた。この島から出られないということ以外は。

 この屋敷にいる女はレオナだけだった。この半年、レオナはセリオスの世話をしてきた。妻としてよりも、まるで、メイドのように尽くしてきた。そして、監視の兵士が粛々と業務をこなす中、レオナには気安く話せる青年がいた。それが、騎士団隊長のベリウスである。
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