砂色のステラ

水城ひさぎ

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セシェ島編

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 ダリウスの言っていた通り、扉の外にはレオナより少し年上の若いメイドが控えていた。メイドはレオナを見つけると頭をさげ、「こちらへ」と速やかに誘導した。

 ドレスのレオナを気づかいながらも、パーティー会場へ次々と食事を運ぶメイドたちの間をすり抜けるようにして、どんどんとひと気のない廊下の奥へと進んでいく。王宮で働くメイドはこんなにも熟練された卒のない動きを見せるのか、と驚くほど、周囲へその存在を目立たせない。

 聞きたいことはたくさんあったが、隙のないメイドの後ろ姿に、レオナは話しかけるタイミングを失って、ドレスのすそを軽く持ち上げると、小走りであとを追いかけた。

「殿下はこちらでお待ちでございます」
「ここ……ですか?」

 レオナはぽかんとして自分の身長の何倍も大きな扉を見上げた。

 なんという立派な扉だろう。その深紅の扉には、エルアルム王国の紋章であるドラゴンの姿が金でほどこされている。もしかしたら、この世でもっとも高貴な人物の使用する部屋ではないだろうか。

「バルター王子がこちらにいらっしゃるのですか?」
「どうぞ、お入りくださいませ」

 メイドは感情のない表情でまぶたを伏せたまま、扉を押し開いた。レオナは困惑しながら、中へと進む。

 正面には、大きな寝台があった。天蓋には豪華な刺繍がほどこされている。金糸や銀糸を織り交ぜて描かれているのは、光り輝く雄大な山を見つめる人物に、白い翼の生えた子ども。楽園ユーラス。その美しい刺繍を見て、レオナはとっさにそう思った。そこに描かれているのは、楽園ユーラスの景色。人物は教皇で、周囲に舞うのは天使だろう。

 エルアルムの王は楽園を神聖な場所として尊んでいる。ステラサンクタの教皇が国王に並ぶ地位として尊ばれているという証の一つを目にした気がした。であるならば、その寝台に仰向けに横たえる人物は……。

「陛下はもう、ひと月以上、眠り続けている」

 レオナは後ろから聞こえた声に、びくりと肩を震わせた。振り返る前に、その声の主である男がレオナの顔をのぞき込む。

「久しぶりであるな、レオナ・ベネット」

 くせのある長い黒髪に、闇のように深い黒玉の瞳。うすら笑いを浮かべる男が誰であるか、レオナはすぐに気づく。

「……お久しぶりでございます、殿下」

 レオナはドレスをつまむと、片ひざを折って頭をさげる。

「堅苦しいあいさつは必要ない。そなたをここへ呼んだのは、頼みがあったからだ」
「いったいどういうことなのでしょう」
「ひと月前、陛下は食事中に胸を押さえて倒れられた」

 そう言いながら寝台へ向かうバルターの後ろをついていく。

「神官は手を尽くしたが、回復の兆しはない」

 寝台のかたわらに立つバルターの視線の先を追う。

 そこには、生気のない表情でまぶたを閉じる男の姿があった。整えられた白髪混じりの黒髪に、目もとがくぼむ細い顔。その顔は白くやつれているが、どこか神々しい威厳がある。この方がエルアルムの国王なのだ。眠っているだけの姿に圧迫を感じ、レオナはおじけづき、一歩さがった。

 そんなレオナにおかまいなく、バルターは淡々と話す。

「高名な神官はみな、楽園ユーラスでステラサンクタの指導のもと、修行を積むと聞いている。教皇の血族であるステラサンクタの持つ魔力の真価は、直接指導を受けた高級神官のみが知る。王都で仕える高位の神官でさえ、足もとにも及ばぬ強靭な力を持つそうだ」

 それほどまでの力を? レオナは息を飲んだ。

 小さなころ、母は美しい魔法をよく見せてくれた。澄んだ川に花のような波紋を描いたり、大木の枯れ葉を青々と茂らせたり。そんなふうに優しい魔法は常に身近にあった。

 レオナも見よう見まねで魔力を使った。息を吸うように自然と身についた魔法が、それほどまでの力とは思っていなかった。もしかしたら、楽園で暮らすステラサンクタとレオナの魔力の強さは、まったく次元が違うのかもしれない。

 途端にバルターは下唇をかみ、悔しそうに吐き出す。

「ステラサンクタならば、陛下を救えるのではないか。望みを託して楽園に遣いを送ったが、入り口は閉ざされ、教皇に会うことすらかなわなかった」
「そうなのですか?」
「そなたも知っているであろう。十数年前の侵略戦争を。それまで開かれた楽園であったユーラスは、侵略戦争によって多くの使徒を失った。教皇は深い悲しみと怒りを覚えたのであろう。今や、すべての訪問者を拒絶している。たとえ、一国の王の遣いでさえ、警戒心を解かぬ徹底ぶりだ」

 それは知らなかった。両親を失った悲しみを思い出させまいと、公爵は楽園のその後について多くは語らない。では、レオナが訪ねていったとしても、教皇は受け入れてくれないだろうか。

 そもそも、楽園ユーラスは王都よりはるか遠く、簡単に行ける場所にはない。もはや、公爵家以外、レオナが頼れる場所はないのだと突きつけられた気がした。

「そこでだ」

 バルターが突然間合いを詰めてくる。レオナは驚きで身をすくめた。

「楽園の外で生きるステラサンクタがただ一人なのは知っているか?」
「え……、い、いいえ」
「ベネット公爵は何も教えていないのか」

 あきれたようにバルターは息をつくと、鋭い視線でレオナを刺すように見つめた。

「侵略戦争のとき、楽園の外へ逃げ延びたステラサンクタは、公爵が連れ帰った幼い娘ひとりのみ。それは、そなたであろう? ステラサンクタの力は、高級神官が束になっても勝てぬほど強力だ。そなたなら、その魔力で陛下の命を救えるであろう」
「わ、私は……」

 レオナは不安で声をあげた。救えるはずがない。今は魔力を失っている。いいや、たとえ、失っていなかったとしても、国王に魔法を使うなんて、神官でもないのにできるはずがない。
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