砂色のステラ

水城ひさぎ

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セシェ島編

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「なんだ?」
「わ、私には無理です。恐れ多くて、とてもでは……」
「そんな悠長なことを言ってる場合か」

 バルターは詰め寄ると、レオナの手首をつかんだ。細い手首が悲鳴をあげるようにきしむ。痛い。しかし、手を振り払うわけにもいかず、苦痛にたえていると、バルターがさらに顔を近づけてきた。近くで見るその瞳には、焦りと狂気が混ざっているかのようにぎらついている。

「陛下を回復できるものは、そなたしかいないんだぞ。それがどういう意味を成すかわかるか?」

 レオナは首を振る。痛みで頭の中は真っ白だった。たまらず、おびえて手を引っ込めようとしたが、バルターはしっかりとつかんで離さない。

「うまく回復できれば、功績になるのだぞ。陛下は我々に感謝するであろう。次代の国王が確約される好機なのだ」

 レオナは耳を疑った。国王を救いたい。それは息子としての純粋な祈りだと思っていたが、意識のない父の前で、好機と言い放つとは。

「見事、陛下が目覚めれば、次期国王の座は俺のもとに転がり込むだろう。そなたも王妃になりたいであろう?」
「……そんなことは望んでおりません」

 レオナは首を振って否定する。

「なりたくないというのか? 俺が王妃にしてやると言ってるんだぞ」

 バルターは低い声ですごみ、レオナを威圧する。

「殿下は……、殿下はすでに次期国王を約束された身では?」

 おびえながら問うと、バルターは目を細める。違うのだろうか。その黒玉の瞳が冷たく、レオナはますます震えた。

「約束などされてはおらぬ。父王の遺言には次期国王の名が記されているだろう。その名が俺でなければ、おそらく……」

 その名を口に出したくないとばかりに、バルターは唇をかんだ。

 レオナの脳裏にセリオスの存在がよぎった。今や、幽閉の身であることを考えるとあり得ない話だが、バルターでなければ、正妃の子である彼しかいないのではないか。

「陛下は、セリオス王子を許すおつもりなのですね」
「可能性は大いにある」

 その可能性をなくすために、バルターは焦っているのだろう。

 国王暗殺未遂がどのようなものであったのか、レオナは詳しく知らない。ただ、ある日突然、セリオスが氷嶺監獄へ送られることになったと父から聞かされた。

 あのときの父の様子を、レオナは必死に思い出す。何かの間違いではないのか。頭を抱える父の背中が鮮明によみがえる。

 父はセリオスを信頼していたし、大罪人として断じられたその結果をどうしても受け入れられないようだった。もし、セリオスの罪が許されるようなものであるなら、バルターが業を煮やすのにも納得がいく。

「兄は大罪人だ。許されるべきではない。まして、王になどなってはならぬ男だ」

 バルターは歯ぎしりし、つかんていたレオナの手首を引っ張ると、国王の寝台の前へ引きずり出した。

「さあ、見せてみよ、その魔力を。国を揺るがす大いなる力を」
「あ、あの……私は……」

 どうしよう。どうしたらいいのだろう。

「さあ、はやく。何をしているのだ」

 バルターの血走った目に恐怖を覚える。

 もう魔力はない。正直に話して、信じてもらえるとは思えない。それどころか、虚偽の理由で治療を拒んだとして、国王を見捨てた罪で糾弾されかねない。逃げ出したい思いと、抗えない恐怖が胸を締めつける。

「私には陛下をお救いできるような魔力は……」
「できぬというのかっ」
「あ、そ……そうでございます。私にできることはせいぜい、小さな傷を治す程度でございます……」

 びくびくとレオナは震えながら答えた。うそをついた罪悪感に押しつぶされそうだった。しかし、そう言うしか、この場をおさめる方法が思いつかなかった。

「ほう、小さな傷なら治せるのだな?」

 バルターの瞳が不気味なほどに細くなる。

「な、何を……」

 レオナの視線は、バルターの手もとに移った。彼は窓際にある花瓶に生けられた花を引っこ抜くと床に叩きつけ、花瓶をつかんだ。

「あっ」

 レオナは驚きで声をあげた。躊躇なく振り上げた花瓶を、バルターは自らの腕に叩きつけたのだ。

 白いシャツの袖口からしたたり落ちる鮮血が、足もとに散らばる微塵に割れた花瓶の破片を赤く染めていく。

 バルターは苦痛で顔を歪めたまま、腕を突き出した。

「レオナよ、我が腕を治してみろ」
「殿下……」
「この程度の傷なら容易く治せるのであろう?」

 レオナは無意識に首を横に振りながら後ずさる。もはや、狂気の沙汰としか思えないバルターの言動に、全身が震え出す。
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