砂色のステラ

水城ひさぎ

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セシェ島編

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「治せぬというなら、あのうわさは本当であると見なすが、それで良いのだな?」
「うわさとは、どのような……」
「実はそなた、魔力を持たぬのではないか?」

 レオナはひゅっと息を飲む。

「あるものが言っていたぞ。そなたは無力ではないかと。公爵の養女であるそなたの価値は、最上位の魔法をあやつるステラサンクタであるということのみ! その魔力がないとなれば、王族を謀ったとして、公爵もろとも投獄させるぞ」
「お父さままで、なぜ?」
「娘の罪を父親が償うのは当然であろう」

 ガタガタと震え出す身体を抱きしめながら、レオナはまぶたを伏せる。バルターと目を合わせるのが怖い。

 これまで、養父である公爵にはどれほどの愛情を注いで育ててもらったことか。それだけでも恩義を感じているというのに、これ以上の迷惑はかけられない。自分のせいで王子を敵に回したと知ったら、父はどれほど嘆くだろうか。

「私には魔力がございます。しかし、陛下や……殿下を治すことはできません。これは私の意思で申し上げています。お父さまにはなんら関わりのない話です」
「では、そなた。魔力はあるが、助ける気はないというのだな?」
「助けられるほどの力はないと申し上げています」
「そのようなうそで、この俺が騙されると思うかっ」

 バルターは壁を強く叩いた。レオナは飛び上がって驚き、バルターを見た。彼はまがまがしい怒りの形相をしていた。レオナは後ずさる。逃げなければ、何をされるかわからない。恐怖で走り出したそのとき、バルターは扉へ向かって大声を出す。

「誰かっ! 誰かおらぬかっ。腕を斬られたっ! 犯人はレオナ・ベネットであるぞっ!」

 レオナはぎょっとして立ち止まるが、考えるより先にすぐに駆け出した。長いドレスの裾がもどかしい。足をもつれさせながらも、扉を力いっぱい押す。

 さいわい、廊下には誰もいなかった。レオナはわき目も振らずに走り出す。

 バルターは内密に国王を救おうとしていた。その行為が後ろめたいものであるからこそ、護衛の兵士すら遠ざけていたのだろう。

「はやく。はやく、レオナ・ベネットをつかまえろっ!」

 バルターの叫び声とともに、後ろから数人の足音が聞こえてくる。廊下に響く重い靴音が、レオナの胸を押しつぶしていく。振り返る余裕はない。立ち止まったら、立ちどころにとらえられてしまう。

 長い廊下を全力で走る。ドレスが足に絡みつき、息が上がる。涙でにじむ視界の中で、どこか遠くからバルターの怒声が追いかけてくる。

「レオナ・ベネットを捕らえろ!  王家を侮辱する愚か者であるぞっ!」

 廊下の壁には、何本もの燭台が等間隔に並んでいる。それらの明かりで自分の影がちらつくたび、追っ手に追いつかれた錯覚に陥り、レオナの心臓は止まりそうになった。

 ガクガクと震えるひざで、ようやくパーティー会場につながる曲がり角を越えた瞬間、前方に立つ男の姿が目に飛び込んできた。その顔を認識するや否や、レオナは叫んでいた。

「お父さま……!」

 踏み出す足が自然と速まる。

「どうしたのだ? レオナ」

 ベネット公爵は髪を乱すレオナを見るなり、何事かと目を見開いた。

「急に姿が見えなくなって、探したのだよ」
「お、お父さま、詳しく話すひまはありません。バルター王子を怒らせてしまいました。お父さまとともに投獄されるかもしれません」

 レオナは早口でそう言う。

「なんだと?」
「は、はやく、お父さま、お逃げください。私のために、お父さまが罪を問われる必要はありません」

 近づいてくる足音はもうすぐそこだ。公爵もハッと顔をあげ、耳をすませた。靴音の異常さに気づいたのか、レオナの腰をかかえると、すぐ近くの部屋の扉を開き、中へ滑り込んだ。

「いない。いないぞっ」
「探せっ。宮殿をくまなく探すのだっ」

 途端、兵士だろう男たちの騒ぎ声がして、扉の前をあわただしく走り回る人の気配がする。

 公爵は唇の前に指を立てると、そろりと歩き出す。レオナも続いて、足音を立てないように進んだ。

 部屋の窓を開くと、公爵は顔だけ突き出して、周囲を確認する。誰もいないとわかるとレオナを外へ逃し、自らも飛び降りた。

 時折、雲間から月の光が漏れてくる。薄暗い月明かりだけを頼りに、壁づたいに歩いていくと、パーティーが開かれているとは思えないほどひと気のない庭園へと出た。

「王子と何があったのだ」

 もう追っ手の心配はないと思ったのだろう。ベネット公爵はレオナを振り返る。

「殿下は……自ら、けがを。私のせいに。つかまったら、私は……」
「落ち着け、レオナ。順立てて詳しく話してみよ。なぜ、断りなく会場を出たのだ」
「それは、ダリウス侯爵が……」
「ダリウス? ダリウス侯爵が何を?」
「ご存知ないのですか、お父さまは?」

 信じられない思いでレオナは公爵を見上げた。まさか、何も聞かされていないなんて。
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