砂色のステラ

水城ひさぎ

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セシェ島編

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 圧倒されていたベリウスだが、ほんの少し考え込んだあと、ガルドを振り返る。

「ベネット公爵に連絡が取れるまで、誰ひとり船をおろさないでください。それと、レオナ嬢に休める部屋を」
「おいおい、正気かよ、ベリウス。連絡なんざ待ってたら、朝になっちまうぜ。だいたい、そこにいる兵士のやつらが、朝までおとなしく待つわけないだろ」
「それは俺が交渉しますよ。エド、あなたはセシェ島にいるルドアース副団長に連絡を。最悪、王国軍ににらまれたまま、俺も一緒にレオナ嬢を連れて出航を決行しますと」

 ベリウスは苦々しく言うが、その表情は覚悟を決めたように固い。

 エドとガルドは顔を見合わせると肩をすくめ、同時にあきらめに似た表情で首を振る。

「まあ、もとはと言えば、俺がお嬢さんを連れて乗り込んだわけだしな。王国軍は任せるぜ、ベリウス。どうなろうと、出航は予定通り、早朝に決行する。船をおりたいやつは絶望の海に突き落としてでもな」
「勇ましいね、ガルドは。それでこそ、海の男ってやつだ」

 ベリウスは冗談めかして言う。

「ずいぶん余裕じゃねぇか。さあ、そうと決まったら、船に乗ってる者、全部集めるぞ、エド。死ぬ覚悟がねぇやつは、今のうちに海へ飛び込めと言ってやるっ!」

 ガルドはエドの背中をつかむように服を引っ張ると、大股で船内へ入っていく。

 ベリウスはすぐさま、ふたたび、レオナの前にひざを折ると手を差し伸べる。

「立てますか?」
「あ……、はい。あの、あの方たちは……」

 ベリウスの手を取ると、彼は「失礼します」と言って、よろめくレオナの背中を支える。

「ガルドはこの船の船長です。絶望の海を誰よりも知る男ですから、あれは多少の冗談で、お気になさらず。エドは港湾の作業員です。俺はセシェ島へ運ぶ荷物の管理を任されているので、普段はエドとともにグラス港に待機してるんですけど」
「それでは、私のせいで……」
「そんなつもりで言ったわけではありません。港の様子をセシェ島に伝える団員がいないのはまずいかもしれませんが、ガルドの仲間が協力してくれるでしょう。というわけですので、レオナ嬢はベネット公爵と連絡が取れるまで休まれてください」

 船内に踏み込むと、通路の奥からひょこっと現れたエドがこちらへ向かって駆けてくる。

「部屋は船長室の隣を使ってください。いま、湯を沸かしてもらってますが、体を拭くぐらいしかできないでしょうね。あいにく、女ものの服はないので、積荷にあるものを使ってもらうしか……」

 エドは無遠慮にレオナをじろじろと眺める。よほど、ひどいありさまなのだろう。土まみれなのは、ドレスだけじゃないかもしれない。

「じゅうぶんだよ、ありがとう。レオナ嬢、屋敷で暮らすようには難しいでしょうが、多少の不便はご勘弁ください」
「あ、いいえ。親切にしてくださってありがとうございます。これからセシェ島へ行くのですから、覚悟しています」
「セシェ島は想像以上に過酷でしょう。……しかし、不安を煽ってばかりではいけませんね。まずは、部屋へご案内します」

 ベリウスはエドを下がらせると、レオナを連れて通路を進んだ。突き当たりの部屋が船長室のようだ。その隣の部屋を開けると、ベリウスは寝台の上にシーツを広げた。

「少しだけお待ちください」

 そう言って、ベリウスは出ていく。

 レオナは決して広くはない部屋を見回す。寝台以外、何もないが、身体を休めるにはじゅうぶんだろう。丸窓に近づき、外をのぞいてみるが、先は真っ暗で、海があるのかどうかもわからない。

 ほどなくして、湯の入った桶と着替えのようなものを持ってベリウスは戻ってきた。

「男もののシャツしかありませんが、一番肌触りのいいものですので、どうぞこちらにお着替えください」

 差し出されたシャツを受け取る。レオナには大きすぎるシャツだったが、しゃれた刺繍がされていて、上質なリネンで仕立てられている。ベリウスはかなり気をつかってくれているようだ。

「そちらのドレスは外に出しておいていただければ、朝までに洗っておきます」
「なんとお礼を言ったら……」
「大したことではありません。お腹は空いてませんか? パンでしたらありますから、お持ちします」
「それでは、少しだけ」

 今夜はまだ何も食べていなかった。緊張がほどけたら、急に空腹が襲ってきて、ベリウスの言葉に甘えることにした。

「用意ができましたら、扉の前に置いておきます」

 ベリウスは柔らかな笑みを見せると、一礼してすぐに立ち去った。

 レオナは湯が冷めないうちに湿らせた布で顔をぬぐい、土まみれのドレスに手をかけた。一人で着替えたことがなくて途方に暮れたが、背中に手を回すと、ひもはすでに緩んでいた。走り回るうちにほどけてしまったのだろう。指先で探るようにひもを引っ張ると、肩の部分がずり落ち、なんとか脱ぐことができた。すぐにシャツを羽織ったが、ひざから下の足がのぞいてしまい、恥ずかしくてたまらない。しかし、「食事を置いておきます」と扉の向こうから聞こえたベリウスの声に、ほかの服はないのかとは言えず、「はい」とだけ返事をした。

 足音が遠ざかるのを扉越しに確認したあと、レオナは薄く扉を開き、パンの乗った皿を引き寄せると、ドレスを押し出した。そして、寝台の上に乗るとシーツを首もとまで引きあげ、パンにかじりついた。固くてパサパサしていたが、パンがのどを通ると生き返ったような心地がして、ようやくホッと息をつくと、急激な眠気に襲われた。
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