砂色のステラ

水城ひさぎ

文字の大きさ
15 / 99
セシェ島編

15

しおりを挟む



「ガルドさん、エドさん、ありがとうございました」

 船を降り、見送りにやってきたふたりに頭をさげると、ガルドは眉をしかめた。

「お嬢さん、本当にここに残るのか? セシェ島の冬は厳しいぞ」
「王都にいるよりは安全です。ガルドさんはまたこちらに来ますか?」
「今年はあと一回だけな。帰るなら、次の便が最後のチャンスだぜ」

 たった半日の船旅だったが、ずいぶんガルドは心配してくれる。面倒見がいい人なのだろう。レオナはにこりとしたあと、エドを見上げる。

「エドさんとはしばらくお会いできませんね。ベリウス卿と交代で、エドさんが部屋の前を見張ってくださっていたと聞きました。おかげで安心してここまで来れました」
「いやぁ、大したことじゃ。それにしても、公爵のご令嬢はお優しいんですね。もっと鼻持ちならない高慢ちき……」
「おい、エド」

 ガルドに脇を小突かれて、エドはうへへと笑ってごまかす。

「別れのあいさつはそのぐらいにして、行きましょうか、レオナ嬢」

 そばで様子を見ていたベリウスが、しびれを切らして、そう言う。

「ベリウス卿は一緒に帰らないのですか?」
「まずは副団長に状況を説明しなきゃいけないですからね。最後の便で王都に戻るかは、団長の判断次第です」
「ルドアース副団長でしたね。案内してくれますか?」
「もちろん。あの人のことだから、きっとすでに屋敷の入り口で待機してますよ」
「それでは、お待たせしているかもしれませんね。急ぎましょう」

 レオナはガルドとエドにもう一度礼を言うと、ベリウスとともに屋敷へ向かう。

 船着場から屋敷までは、ろくに舗装されていない砂利の道が続いていた。ところどころ、とけた雪で土はぬかるみ、レオナの靴はあっという間に泥まみれになった。

「あとで、湯の用意をさせますよ。冬を二回越せるぐらい、じゅうぶんな物資を運んできましたからね。多少のぜいたくはできます」
「身体がぬぐえるのでしたら、ぜいたくは言いません。あ……でも、ドレスが届くまでは……」

 できれば、ドレスを脱ぎ着する回数は減らしたい。レオナの不安を感じ取ったのか、ベリウスがあっけらかんと言う。

「俺でよければ、いつでも。ご負担になるようなことはしませんし、慣れるとどうってことないですよ」

 女性としての魅力はまったく感じないと言われたようで複雑だったが、そのぐらいの態度でいてくれると安心する。

「お願いできるのは、ベリウス卿だけですから」
「そんなに信用してもらえてるんですね。まあ、監獄暮らしのやつらは女に飢えてるし、レオナ嬢の警護は任せてください」
「それでは、王都に戻れなくなりますよね?」
「これも何かのご縁。副団長には、ここに残ると直談判しておきます」

 覚悟を決めたのだろうか。苦笑いしつつも、ベリウスはどこか吹っ切れたような爽やかな笑みを見せる。

「さあ、ここが、かの有名な氷嶺監獄です。見た目は普通の屋敷ですが、中はじめじめして、ぼろぼろです。陰気くさいところで働くと、兵士まで陰気くさくなるようで、あいつらはほとんどしゃべりません」
「そうなんですね……」
「唯一の楽しみは食事ぐらいですかね。団長が気に入りのシェフを連れてきたので、宮殿の食事と変わらないぐらいうまいですよ」

 途方に暮れたように屋敷を見上げるレオナの気分をあげようとしたのか、ベリウスは今にも舌鼓を打ちそうな勢いでそう言ったあと、屋敷の扉を開くようにと、門兵に声をかける。

 ギシギシと音を立ててゆっくりと開いていく扉を、レオナは息をつめて見守った。

 一歩中へ入ると、重苦しい空気がレオナを包み込む。罪人を閉じ込める場所だからか、湿気に満ちた空気がどこか不気味な気配を放っている。

「さあ、行きましょう。階段の前にいるのが、副団長ですよ」

 ベリウスはこの雰囲気に慣れているのだろうか。軽快にこっそり耳打ちをすると、こちらに気づいてやってくるマントの男へ、レオナを連れていく。男のマントには、フォルフェス騎士団の紋章が刺繍されている。

「レオナ・ベネット様、お話はすでにベリウスから聞いております。私はフォルフェス騎士団副団長、ルドアース・マキスと申します」
「レオナ・ベネットです。このたびは保護していただき、大変感謝しています。セリオス王子殿下にお願いがございます。お会いすることはできますでしょうか?」
「殿下はお会いになる心づもりがございますが、しばらくお待ちください」
「すぐにはお会いできませんか? お父さまはいま、軟禁されているそうなのです」

 助けてもらう身で、わがままを言っている自覚はあったが、少しでもはやく父を助けたくて願い出るが、ルドアースは表情一つ変えない。

「承知しております。現在、ベネット公爵と王都の動向について詳細を調査しておりますが、殿下が直接動くにはさらなる証拠と準備が必要でございます。この場所は不便ではありますが、殿下のご意向により、レオナ様には安全な環境を提供いたしますので、ご安心ください。警護はベリウスに任せます。すべてが整うまでお待ちくださいますようお願い申し上げます」
「……わかりました」

 言いたいことはたくさんあったが、レオナはすべて飲み込んで、頭をさげた。

「ベリウス、あとは任せる。今年は監獄で越冬だ。準備しておきなさい」
「やっぱり、そうなりますよね。喜んで引き受けますけど、こんなことなら、昨日のうちにうまい酒と肉を食べておきゃよかった」

 ルドアースはぼやくベリウスをあきれ顔で見たあと、「レオナ様が無事に到着したと、殿下に報告してまいります」と、階段をのぼって立ち去った。

 2階にセリオスはいるのだろう。監獄というぐらいだから、地下牢に閉じ込められているとばかり思っていたが、違うのかもしれない。

「それじゃあ、俺たちも行きましょう。レオナ嬢の部屋は2階の奥だそうです。2階は見張りの兵士しか立ち入らないですから、困ったことがあれば、俺を呼ぶように見張りに伝えてください」

 レオナはベリウスとともにルドアースの登っていった階段をあがった。ルドアースは左手へ進んでいったが、レオナの部屋は反対側に用意されているようだ。

「ああ、よかった。ちゃんと暖が入れてありますね。早速、湯と食事の用意をさせましょう。ほかに娯楽はありませんが、のんびりしてください」

 ベリウスの言う通り、部屋へ入った途端に、じゅうぶんすぎるぐらい暖かな空気に包まれた。

 レオナは客人であり、保護されるべき対象であると、セリオスが認識している表れではないかと思い、あんどした。

 それから毎日、ベリウスが世話を焼いてくれ、覚悟していたセシェ島生活も、比較的快適に過ごすことができた。

 そうして過ごしていたある日の午後、ベリウスが笑顔でレオナの部屋へ駆け込んできた。

「もうすぐ、船便でベネット公爵から荷物が届くそうですよっ」
「お父さまから?」
「ええ、そうです。ガルドからの連絡によると、監視付きでの解放だそうです。今はベネット公爵も、クレストル領へお戻りになり、屋敷で過ごされているそうです」
「本当ですか? ああ、よかった……」

 レオナはこらえ切れずに涙ぐむ。父が無事であるという知らせが、どれほど自分にとっての救いだったのか、改めて痛感する。

 温かく見守ってくれるベリウスの背後に、突如、背の高い男が現れる。ルドアースだった。レオナがその堅苦しい雰囲気に気圧されながら背筋を伸ばすと、ルドアースは淡々と言う。

「レオナ様、お待たせいたしました。殿下がお会いになるそうです。ご案内いたしますので、どうぞ一緒にいらしてください」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その出会い、運命につき。

あさの紅茶
恋愛
背が高いことがコンプレックスの平野つばさが働く薬局に、つばさよりも背の高い胡桃洋平がやってきた。かっこよかったなと思っていたところ、雨の日にまさかの再会。そしてご飯を食べに行くことに。知れば知るほど彼を好きになってしまうつばさ。そんなある日、洋平と背の低い可愛らしい女性が歩いているところを偶然目撃。しかもその女性の名字も“胡桃”だった。つばさの恋はまさか不倫?!悩むつばさに洋平から次のお誘いが……。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...