砂色のステラ

水城ひさぎ

文字の大きさ
16 / 99
セシェ島編

16

しおりを挟む



 ひんやりとした廊下に敷かれた、すり減った絨毯をこする足もとを見下ろして、父から届く予定のドレスに着替えてからにしてほしいと言えばよかったと、レオナは後悔していた。

 パーティードレスは華やかすぎるわりに、毎日着ているからその美しさも保てていない。場違いな上に貧相ではないだろうか。いくら罪人であるとはいえ、一国の王子に謁見する姿ではないだろう。

「レオナ様、こちらで殿下がお待ちです」

 ルドアースは両開きの扉の前で足を止めると、ポケットから鍵を取り出した。

「鍵をかけているのですか?」
「はい、鍵は二つ。一つはこちらの扉の鍵。もう一つは、鉄格子の扉の鍵になります。殿下はひとりでこの部屋を自由には出入りできません。どうぞ、こちらをお使いになって、中までお進みください」

 手のひらに乗せて差し出された二つの鍵を見て、レオナは戸惑う。

「あの……、ルドアース卿は?」
「殿下はレオナ様とふたりでお会いになりたいそうです」

 それは、内密な話があるということだろうか。父はすでに解放されている。セリオスと連絡を取り合っていてもふしぎではない。ふたりの間で密約が交わされたなら、ルドアースを退席させるのは自然だろう。

「わかりました」

 伸ばした指はかすかに震えていた。不安だし、緊張もしている。もしかしたら、今日到着する船で王都へ戻るように言われるかもしれない。これまでのように変わらず、父と暮らせるならそれでいい。しかし、違ったら?

 何を言われるのか想像がつかないまま、レオナは木製扉の鍵を開いた。想像以上に重たく、ギシギシと音を立てる扉を引くと、目の前に鉄格子の扉が現れた。そこにかけられた南京錠を外す。後ろを振り返ると、ルドアースはまだそこに立っていた。

 一礼して、木製扉を閉じていくルドアースが見えなくなると、レオナは鉄格子の扉を押した。今度は思ったよりも少ない力であっけなく開く。もしかしたら、この鉄格子は新しいのかもしれない。

 扉の正面には、公爵家の応接間と変わらない……いや、それ以上に豪華な調度品が置かれていた。とても罪人の牢屋とは思えない。ここは、セリオスのためだけに設えられた監禁牢なのだろうか。

「何を突っ立っている」

 突然、部屋の奥から男の声がして、レオナははっとそちらへ目を移した。

 レオナが4人ほど寝られそうなぐらい大きなベッドにひとりの男が腰かけていた。彼は右足を左ひざの上に乗せ、ほおづえをつくようにしてこちらを見ていた。

 雲間から太陽が顔を出したのか、窓から薄暗い部屋の中へ光が差し込み、彼の青い瞳を照らし出す。その眼球は、愉快そうであり、怠惰そうでもあり、鋭くもあった。黒髪に見えた短い髪も、どこか青みを帯びて見える。この世にふたりといないであろう、ひどく造形の整った美しい男……。

「あなたが……、セリオス王子……」

 そうつぶやくと、セリオスはわずかに目を細めた。気分を害したかもしれない。レオナはとっさに、彼の前へ進み、ドレスをつまんで頭をさげた。

「レオナ・ベネットでございます。このたびは、お手を煩わせましたこと、お詫び申し上げますとともに、深く感謝を申し上げます」
「ロデリックからすべて聞いた。陛下を殺そうとしたらしいな」

 ぶしつけに言われて、レオナははっと顔をあげる。

「ち、違いますっ」

 あわてると、セリオスはますます目を細めた。

「魔力がありながら、蘇生させる気がないというのは、死に至らしめるも同然の行為。陛下を殺したいと思う人間が、俺以外にもいるのかと、愉快な気分だ」
「陛下はまだ、亡くなってはおりません」

 レオナは冷静にいさめる。何があったか知らないが、国王との溝は思うより深いのかもしれない。

「近いうちに死ぬだろう。だからこそ、バルターは焦り、ことを荒立てた。そちらは、濡れ衣のようだな」
「私がバルター王子を傷つけていないと、証明してくださるのですか?」
「いや、誰も見ていないものは証明できない」
「……そうですか」

 一瞬、期待したが、あっけなく否定され、がっかりした。

「しかし、それはバルターも同じ。確かな証拠もないのに、俺のいるセシェ島へ乗り込む気概はないだろう」
「私は……どうなるのですか?」
「いまだ、ロデリックはバルターの監視下にある。ロデリックの寄越す手紙はすべて検閲が入っているようだが、暗号によると、おまえが王都へ戻れば、待ち構える王国軍に捕らえられると伝えてきた」
「暗号……ですか?」
「ロデリックとは昔からそうやってやりとりしている。忠誠心の高い男だ。その娘が困っているとなれば、助けないわけにはいかない」

 レオナは驚いたが、父がセリオスを真っ先に頼るように言った理由がわかった気がした。

「助けてくださるのですか?」
「それはおまえ次第だ」

 私次第? どういうことだろう。

「王都へ帰せないとなると、ここにいるしかない。しかし、それにはいくつか問題がある」
「どんな問題があるのですか?」
「一つは、俺が国王の監視下にいるということだ。見張りの兵士の中には、陛下へ情報を流す密偵が紛れ込んでいる。これからは俺だけでなく、おまえの動きも逐一、王宮へ報告される。つまり、バルターにも筒抜けだ」

 レオナは息を飲んだ。見張りの兵士は誰も彼も覇気がなく、レオナの動きを注視する様子はまったくなかった。密偵はよほど、監獄の暮らしに溶け込んでいるのだろう。

「しかし、もう一つの問題を、ロデリックは気にするかもしれないな。男しかいないセシェ島で過ごせば、良からぬうわさを立てられるであろう。バルターの企みが明らかになり、無事にここを出られたとしても、公爵の娘として一点の曇りもない生活に戻れる保証はない。おまえにとっては、それは死よりも恐ろしい罰かもしれない」
「私が……、汚れのある娘だとうわさされるというのですか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その出会い、運命につき。

あさの紅茶
恋愛
背が高いことがコンプレックスの平野つばさが働く薬局に、つばさよりも背の高い胡桃洋平がやってきた。かっこよかったなと思っていたところ、雨の日にまさかの再会。そしてご飯を食べに行くことに。知れば知るほど彼を好きになってしまうつばさ。そんなある日、洋平と背の低い可愛らしい女性が歩いているところを偶然目撃。しかもその女性の名字も“胡桃”だった。つばさの恋はまさか不倫?!悩むつばさに洋平から次のお誘いが……。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...