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セシェ島編
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しおりを挟むひんやりとした廊下に敷かれた、すり減った絨毯をこする足もとを見下ろして、父から届く予定のドレスに着替えてからにしてほしいと言えばよかったと、レオナは後悔していた。
パーティードレスは華やかすぎるわりに、毎日着ているからその美しさも保てていない。場違いな上に貧相ではないだろうか。いくら罪人であるとはいえ、一国の王子に謁見する姿ではないだろう。
「レオナ様、こちらで殿下がお待ちです」
ルドアースは両開きの扉の前で足を止めると、ポケットから鍵を取り出した。
「鍵をかけているのですか?」
「はい、鍵は二つ。一つはこちらの扉の鍵。もう一つは、鉄格子の扉の鍵になります。殿下はひとりでこの部屋を自由には出入りできません。どうぞ、こちらをお使いになって、中までお進みください」
手のひらに乗せて差し出された二つの鍵を見て、レオナは戸惑う。
「あの……、ルドアース卿は?」
「殿下はレオナ様とふたりでお会いになりたいそうです」
それは、内密な話があるということだろうか。父はすでに解放されている。セリオスと連絡を取り合っていてもふしぎではない。ふたりの間で密約が交わされたなら、ルドアースを退席させるのは自然だろう。
「わかりました」
伸ばした指はかすかに震えていた。不安だし、緊張もしている。もしかしたら、今日到着する船で王都へ戻るように言われるかもしれない。これまでのように変わらず、父と暮らせるならそれでいい。しかし、違ったら?
何を言われるのか想像がつかないまま、レオナは木製扉の鍵を開いた。想像以上に重たく、ギシギシと音を立てる扉を引くと、目の前に鉄格子の扉が現れた。そこにかけられた南京錠を外す。後ろを振り返ると、ルドアースはまだそこに立っていた。
一礼して、木製扉を閉じていくルドアースが見えなくなると、レオナは鉄格子の扉を押した。今度は思ったよりも少ない力であっけなく開く。もしかしたら、この鉄格子は新しいのかもしれない。
扉の正面には、公爵家の応接間と変わらない……いや、それ以上に豪華な調度品が置かれていた。とても罪人の牢屋とは思えない。ここは、セリオスのためだけに設えられた監禁牢なのだろうか。
「何を突っ立っている」
突然、部屋の奥から男の声がして、レオナははっとそちらへ目を移した。
レオナが4人ほど寝られそうなぐらい大きなベッドにひとりの男が腰かけていた。彼は右足を左ひざの上に乗せ、ほおづえをつくようにしてこちらを見ていた。
雲間から太陽が顔を出したのか、窓から薄暗い部屋の中へ光が差し込み、彼の青い瞳を照らし出す。その眼球は、愉快そうであり、怠惰そうでもあり、鋭くもあった。黒髪に見えた短い髪も、どこか青みを帯びて見える。この世にふたりといないであろう、ひどく造形の整った美しい男……。
「あなたが……、セリオス王子……」
そうつぶやくと、セリオスはわずかに目を細めた。気分を害したかもしれない。レオナはとっさに、彼の前へ進み、ドレスをつまんで頭をさげた。
「レオナ・ベネットでございます。このたびは、お手を煩わせましたこと、お詫び申し上げますとともに、深く感謝を申し上げます」
「ロデリックからすべて聞いた。陛下を殺そうとしたらしいな」
ぶしつけに言われて、レオナははっと顔をあげる。
「ち、違いますっ」
あわてると、セリオスはますます目を細めた。
「魔力がありながら、蘇生させる気がないというのは、死に至らしめるも同然の行為。陛下を殺したいと思う人間が、俺以外にもいるのかと、愉快な気分だ」
「陛下はまだ、亡くなってはおりません」
レオナは冷静にいさめる。何があったか知らないが、国王との溝は思うより深いのかもしれない。
「近いうちに死ぬだろう。だからこそ、バルターは焦り、ことを荒立てた。そちらは、濡れ衣のようだな」
「私がバルター王子を傷つけていないと、証明してくださるのですか?」
「いや、誰も見ていないものは証明できない」
「……そうですか」
一瞬、期待したが、あっけなく否定され、がっかりした。
「しかし、それはバルターも同じ。確かな証拠もないのに、俺のいるセシェ島へ乗り込む気概はないだろう」
「私は……どうなるのですか?」
「いまだ、ロデリックはバルターの監視下にある。ロデリックの寄越す手紙はすべて検閲が入っているようだが、暗号によると、おまえが王都へ戻れば、待ち構える王国軍に捕らえられると伝えてきた」
「暗号……ですか?」
「ロデリックとは昔からそうやってやりとりしている。忠誠心の高い男だ。その娘が困っているとなれば、助けないわけにはいかない」
レオナは驚いたが、父がセリオスを真っ先に頼るように言った理由がわかった気がした。
「助けてくださるのですか?」
「それはおまえ次第だ」
私次第? どういうことだろう。
「王都へ帰せないとなると、ここにいるしかない。しかし、それにはいくつか問題がある」
「どんな問題があるのですか?」
「一つは、俺が国王の監視下にいるということだ。見張りの兵士の中には、陛下へ情報を流す密偵が紛れ込んでいる。これからは俺だけでなく、おまえの動きも逐一、王宮へ報告される。つまり、バルターにも筒抜けだ」
レオナは息を飲んだ。見張りの兵士は誰も彼も覇気がなく、レオナの動きを注視する様子はまったくなかった。密偵はよほど、監獄の暮らしに溶け込んでいるのだろう。
「しかし、もう一つの問題を、ロデリックは気にするかもしれないな。男しかいないセシェ島で過ごせば、良からぬうわさを立てられるであろう。バルターの企みが明らかになり、無事にここを出られたとしても、公爵の娘として一点の曇りもない生活に戻れる保証はない。おまえにとっては、それは死よりも恐ろしい罰かもしれない」
「私が……、汚れのある娘だとうわさされるというのですか?」
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