砂色のステラ

水城ひさぎ

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セシェ島編

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 レオナは部屋に鍵をかけると、手持ち無沙汰に窓辺から外をのぞいた。

 ここからは船着場がよく見えるようだ。まだ船は来ていないが、フォルフェスの紋章の入ったマントをつけた男が兵士と話し込んでいる姿が見えた。ベリウスだろう。

 しばらくすると、水平線の奥に小さな影が現れた。それは次第に大きくなり、帆船だとわかるころには、帆が閉じていくさままで見えた。

 レオナはうずうずして、船着場にさらに近い窓辺へ移動した。父はどんな荷物を送ってくれただろう。着替えがないのはもちろん、髪も満足にとかせていない。鏡もあるといい。欲を言えば、おしろいも。

「落ち着きがないのだな」

 船から下ろされた荷物を運ぶ兵士たちの姿を見ようと、背伸びして窓の下をのぞき込んだとき、後ろから声がした。

 振り返ると、寝椅子に転がったまま、怠惰な様子でこちらを見ているセリオスと目が合った。

「あ、あの……ずっとこのドレスばかりで……」

 はしゃいでるように見えたのではと恥ずかしくなって、言い訳じみたことを言おうとしたが、彼は「まあ、仕方ない」とつぶやいて、目を閉じた。

 さっきまでは熱心にレオナの身を案じてくれていたのに、すでに興味を失っているようだ。おそらく、ベネット公爵の頼みを解決するために尽力していただけで、レオナの安全が確保されたあとのことには関心がないのだろう。

 それならそれでいいのかもしれない。こんな形で結婚した妻に愛情を持てという方が難しいだろう。それは、レオナだって同じだ。初めて会った男にどう接したらいいかわからないし、まして、愛することは想像もできない。

 ほどなくすると、扉がノックされた。セリオスは寝入っているのか、無関心で動く気配すらない。代わりに、レオナが返事をした。

「どなたですか?」
「ベリウスです! レオナ嬢の荷物をお運びしました」
「少しお待ちください」

 レオナはすぐに鉄格子の南京錠をはずす。そして、木製扉の鍵穴に鍵をさす。慣れない作業にあたふたしながら扉を開けると、笑顔のベリウスが頭をさげる。

「ベネット公爵より、たくさんの差し入れが届きましたよ」
「そんなにあるのですか?」
「ええ、見てください。これだけあれば、もう何も困りませんよ。すべて団長の部屋に運び込んで、本当に大丈夫ですか?」

 レオナが廊下へ出ようとすると、いつのまにかやってきていたセリオスが、肩越しに顔を突き出してくる。

「そのぐらいなら全部入るだろう。ベリウス、すぐに暖炉の横へ運んでくれ」
「はい、団長」

 ベリウスは敬礼すると、てきぱきと荷物を運び込んでいく。あっという間に、山積みになったトランクが部屋の角を埋め尽くす。

「ご苦労。ベリウスは下がれ」
「レオナ嬢のお食事はどうなさいますか?」

 セリオスは答えない。レオナのしたいようにさせてくれるのだろう。

「こちらで、殿下と一緒にいただいてもいいですか?」

 そう尋ねると、ベリウスは驚くことなく、無邪気な笑顔を見せる。結婚することは知ってるのだろう。荷物を運んできたのだから当然ではあるが、レオナはまだ戸惑っているのに、騎士団隊員の順応力の高さには驚かされる。

「もちろんです。団長と一緒の方が安心ですよね。準備ができましたら、お持ちします」

 ベリウスはそう言うと、ふたたび、敬礼して部屋を出ていった。

「食事がくるまで休ませてもらう。レオナは好きなように過ごせばよい」
「あ……、では、お着替えをしてもいいですか? 実は、ずっとこのドレスを着ていて……」
「かまわない」

 ささいなことをわざわざ確認するなとでも思ったのだろう。セリオスは眉をひそめてそっけなく言ったあと、そのまま寝椅子に横になった。

 このままセリオスと過ごしていけるのか不安だ。レオナは小さなため息をつくと、大きなトランクを開く。中をのぞいたら、落ち込んだ気持ちがあがるような高揚感が湧き上がった。トランクには白い布に包まれた衣類が入っていた。その中の一枚を引っ張り出すと、簡素だが質のいいドレスが出てくる。

 次は小さなトランクを開けてみた。髪を整えるブラシに鏡、香水がいくつか入っている。久しぶりにおしゃれができる。はやく着替えて、セリオスに失礼のない姿になりたい。

 レオナはドレスを抱いて、辺りを見回す。セリオスを監視するためだろうか、どこにいても部屋中が見渡せるようになっていて、隠れて着替える場所が見つからない。

 セリオスの様子をうかがうと、目を閉じて仰向けになったまま、ゆったりと胸を上下させている。すっかり眠ってしまってるみたい。

 レオナはセリオスに背中を向けると、ドレスのひもを探るように後ろに手を回す。この数日で、ひとりでドレスを脱ぐのはできるようになっていた。ひもを指にからめて引っ張ると、するりとほどける。素早くドレスを脱いで、簡素なドレスに袖を通す。

 これならひとりでなんとかなりそう。そう思ったが、後ろはひもを結ばないといけなくなっている。一本のひもを見つけて指にからめとり、もう一本を探っているうちに、つかんでいたはずのひもが指から抜けてしまう。

 焦りながらひもを探していると、「何をもたもたやってるんだ」と、いきなり低い声が耳元で聞こえ、レオナは驚きでようやくつかんだひもを手から落としてしまった。
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