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セシェ島編
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レオナはあわてて振り返ると、ずり落ちそうになる胸もとのドレスをかき集めた。
「あ、あ、あ……き、着替えを。着替えをしています」
背中を見られてしまった。恥ずかしさのあまり、真っ赤になると、セリオスは目を細める。こういうまなざしをするときは、彼が何を考えているのかわからなくて戸惑う。
「見ればわかる。まさか、ひとりで着られないわけじゃないだろう?」
「いつもは手伝ってもらっていて……」
「誰に?」
「あ、あの、……ベリウス卿に」
ベリウスの名前を口にした途端、思いきり、セリオスの整った顔が歪んだ。
「……ご、ごめんなさい。フォルフェス騎士団の崇高な騎士をそのようなことに巻き込んでしまっては怒りますよね。お父さまはほかにもドレスを送ってくださったので、ひものないものがあるか見てみます」
すぐにトランクへ向かおうとするレオナの肩をつかんで、セリオスは引きとめる。
「ひものないドレスなどあるわけない」
「よくご存知なのですね」
素直に思ったことを口にしたのがいけなかったのか、セリオスはさっと顔を赤くして、強い口調で言う。
「ドレスなど、どれも似たようなものだろう。そんなことよりも、おまえは毎日ベリウスに着替えを……」
唇をふるわせ、ますますセリオスが真っ赤になっていくから、レオナは怒りを鎮めようとおろおろする。
「ベリウス卿にはひもを結んでもらっていただけなのです。コルセットは自分では難しいので使っていなくて、ドレスの形もきれいではなくておかしかったですよね。なんとか着ていられたのは、ベリウス卿のおかげ……」
「おまえはベリウスが好きなのかっ?」
怒り狂ったように問い詰めてくるセリオスに両肩をつかまれて、レオナはすくみ上がる。
「ち、違いますっ。ベリウス卿はただ親切をしてくださっただけで」
「そんな話をしてるんじゃない。……もういい。これからは俺が結んでやる」
「で、殿下が?」
「ベリウスは良くて、俺はだめなのか?」
すごまれて、レオナはびくびくしながら首をふる。
「い、いえ。恐れ多くて……」
「気にするな。おまえはもう俺の妻になるのだから、ほかの男に肌を見せるのは許さない」
「く、首の後ろを少し見られていただけです……」
「おまえがそう思ってるだけだ」
「えっ……」
そうなのだろうか。ベリウスが気をつかって言わなかっただけで、背中を見られていたのだろうか。想像したら、とてつもなく恥ずかしくなってきて、レオナは真っ赤になるほおを両手で包む。
「今さら、何を。さあ、後ろを向け」
セリオスはしかめ面でレオナの身体をくるりと回すと、ひもを結んでくれる。
「あ、ありがとうございます」
「ほかには?」
「え?」
「やりたいことがあるなら、手伝ってやる」
セリオスは投げやりに言うが、妻になる人を大切にしようとしてくれているようで、レオナは胸が温かくなった。
「髪をすきたいのです」
レオナはすぐにトランクから手鏡とブラシ、髪を束ねるリボンを取り出して、セリオスに見せる。
「そんなことか。そこに座れ」
セリオスはそれらを無造作につかみ取ると、ソファーへレオナを座らせる。
「本当によろしいのですか?」
「いちいち聞くな」
「……はい。ありがとうございます」
セリオスは左足を曲げてソファーに腰かけると、レオナの方へ身体を向け、長い髪をひとつかみする。
「かの公爵令嬢はおとなしく、いつも何かにおびえるように頭をさげてばかりいる」
「え……」
「おまえのことをそのように口さがなく言うメイドがいると聞く」
「……事実ですから、仕方ありません」
「高慢に振る舞えとは言わないが、なぜ、そのようにおびえる?」
レオナは手鏡の中をのぞく。すっかりギスギスになった髪の絡みをほぐしながら、ゆっくりとブラシですいてくれるセリオスを、鏡越しにぼんやりと見つめる。
王子であるのに、なぜ、こんなにも親切なのだろうか。けれど、謙虚なわけではなく、堂々としていて羨ましい。
レオナには、そのように振る舞うことはできない。父は公爵だが、レオナは養女だ。父が養父であることを放棄したら、レオナは生きてはいけない。養母である公爵夫人も同じだ。父がいくら優しくても、夫人に嫌われたら屋敷では暮らしていけない。
両親の墓場がある楽園ユーラスへ行ってみたい。そう思うことはあっても、それは叶わない夢だった。一生、屋敷で暮らすものだと思っていたから、大陸でもっとも過酷だと言われる監獄で、王子と結婚することになり、夫になる人に身の回りの世話をしてもらえる未来など想像したこともない。ずっとずっと、養父母の顔色をうかがいながら生きていくと思っていた。
「お父さまは、どなたにでも優しくしなさいとおっしゃいました」
「……そうか」
そんなことは聞いてない。そう言いたげにセリオスは唇をゆがませたが、レオナに格別の関心があるわけではないのだろう。それっきり、口を開かなかった。
「ありがとうございます。すごく、綺麗になりました」
リボンで一つに束ねた髪をつかみ取り、レオナは礼を言う。セリオスは聞き飽きたとばかりに首を振り、ふたたび、寝椅子に身体を預けた。
やることがなさすぎて、退屈なようだ。レオナの世話をかって出たのも、ひまつぶしだったのだろう。
ほどなくして、ベリウスが昼食を運んできた。温かいスープにサンドイッチ。食事は食べ切れる量を出されるが、メニューは毎日違う。監獄暮らしにはじゅうぶんすぎる贅沢な食事だ。
テーブルにティーカップを並べるベリウスは、その様子をじっと見ているセリオスの不機嫌な目つきにたじろいだ。部屋を立ち去るとき、「俺、何か団長を怒らせるようなことしましたか?」と不思議そうに首をかしげていたが、ドレスのひものせいじゃないかとは言えず、レオナは黙って彼を見送った。
「あ、あ、あ……き、着替えを。着替えをしています」
背中を見られてしまった。恥ずかしさのあまり、真っ赤になると、セリオスは目を細める。こういうまなざしをするときは、彼が何を考えているのかわからなくて戸惑う。
「見ればわかる。まさか、ひとりで着られないわけじゃないだろう?」
「いつもは手伝ってもらっていて……」
「誰に?」
「あ、あの、……ベリウス卿に」
ベリウスの名前を口にした途端、思いきり、セリオスの整った顔が歪んだ。
「……ご、ごめんなさい。フォルフェス騎士団の崇高な騎士をそのようなことに巻き込んでしまっては怒りますよね。お父さまはほかにもドレスを送ってくださったので、ひものないものがあるか見てみます」
すぐにトランクへ向かおうとするレオナの肩をつかんで、セリオスは引きとめる。
「ひものないドレスなどあるわけない」
「よくご存知なのですね」
素直に思ったことを口にしたのがいけなかったのか、セリオスはさっと顔を赤くして、強い口調で言う。
「ドレスなど、どれも似たようなものだろう。そんなことよりも、おまえは毎日ベリウスに着替えを……」
唇をふるわせ、ますますセリオスが真っ赤になっていくから、レオナは怒りを鎮めようとおろおろする。
「ベリウス卿にはひもを結んでもらっていただけなのです。コルセットは自分では難しいので使っていなくて、ドレスの形もきれいではなくておかしかったですよね。なんとか着ていられたのは、ベリウス卿のおかげ……」
「おまえはベリウスが好きなのかっ?」
怒り狂ったように問い詰めてくるセリオスに両肩をつかまれて、レオナはすくみ上がる。
「ち、違いますっ。ベリウス卿はただ親切をしてくださっただけで」
「そんな話をしてるんじゃない。……もういい。これからは俺が結んでやる」
「で、殿下が?」
「ベリウスは良くて、俺はだめなのか?」
すごまれて、レオナはびくびくしながら首をふる。
「い、いえ。恐れ多くて……」
「気にするな。おまえはもう俺の妻になるのだから、ほかの男に肌を見せるのは許さない」
「く、首の後ろを少し見られていただけです……」
「おまえがそう思ってるだけだ」
「えっ……」
そうなのだろうか。ベリウスが気をつかって言わなかっただけで、背中を見られていたのだろうか。想像したら、とてつもなく恥ずかしくなってきて、レオナは真っ赤になるほおを両手で包む。
「今さら、何を。さあ、後ろを向け」
セリオスはしかめ面でレオナの身体をくるりと回すと、ひもを結んでくれる。
「あ、ありがとうございます」
「ほかには?」
「え?」
「やりたいことがあるなら、手伝ってやる」
セリオスは投げやりに言うが、妻になる人を大切にしようとしてくれているようで、レオナは胸が温かくなった。
「髪をすきたいのです」
レオナはすぐにトランクから手鏡とブラシ、髪を束ねるリボンを取り出して、セリオスに見せる。
「そんなことか。そこに座れ」
セリオスはそれらを無造作につかみ取ると、ソファーへレオナを座らせる。
「本当によろしいのですか?」
「いちいち聞くな」
「……はい。ありがとうございます」
セリオスは左足を曲げてソファーに腰かけると、レオナの方へ身体を向け、長い髪をひとつかみする。
「かの公爵令嬢はおとなしく、いつも何かにおびえるように頭をさげてばかりいる」
「え……」
「おまえのことをそのように口さがなく言うメイドがいると聞く」
「……事実ですから、仕方ありません」
「高慢に振る舞えとは言わないが、なぜ、そのようにおびえる?」
レオナは手鏡の中をのぞく。すっかりギスギスになった髪の絡みをほぐしながら、ゆっくりとブラシですいてくれるセリオスを、鏡越しにぼんやりと見つめる。
王子であるのに、なぜ、こんなにも親切なのだろうか。けれど、謙虚なわけではなく、堂々としていて羨ましい。
レオナには、そのように振る舞うことはできない。父は公爵だが、レオナは養女だ。父が養父であることを放棄したら、レオナは生きてはいけない。養母である公爵夫人も同じだ。父がいくら優しくても、夫人に嫌われたら屋敷では暮らしていけない。
両親の墓場がある楽園ユーラスへ行ってみたい。そう思うことはあっても、それは叶わない夢だった。一生、屋敷で暮らすものだと思っていたから、大陸でもっとも過酷だと言われる監獄で、王子と結婚することになり、夫になる人に身の回りの世話をしてもらえる未来など想像したこともない。ずっとずっと、養父母の顔色をうかがいながら生きていくと思っていた。
「お父さまは、どなたにでも優しくしなさいとおっしゃいました」
「……そうか」
そんなことは聞いてない。そう言いたげにセリオスは唇をゆがませたが、レオナに格別の関心があるわけではないのだろう。それっきり、口を開かなかった。
「ありがとうございます。すごく、綺麗になりました」
リボンで一つに束ねた髪をつかみ取り、レオナは礼を言う。セリオスは聞き飽きたとばかりに首を振り、ふたたび、寝椅子に身体を預けた。
やることがなさすぎて、退屈なようだ。レオナの世話をかって出たのも、ひまつぶしだったのだろう。
ほどなくして、ベリウスが昼食を運んできた。温かいスープにサンドイッチ。食事は食べ切れる量を出されるが、メニューは毎日違う。監獄暮らしにはじゅうぶんすぎる贅沢な食事だ。
テーブルにティーカップを並べるベリウスは、その様子をじっと見ているセリオスの不機嫌な目つきにたじろいだ。部屋を立ち去るとき、「俺、何か団長を怒らせるようなことしましたか?」と不思議そうに首をかしげていたが、ドレスのひものせいじゃないかとは言えず、レオナは黙って彼を見送った。
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