砂色のステラ

水城ひさぎ

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セシェ島編

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 昼食を終えると、すぐにレオナはトランクの中身を開き、お目当てのものを探した。ずっと男もののシャツで寝ていたから、シルクのナイトドレスを見つけたときはあんどの息が出た。

 セリオスからは、今後、この部屋で過ごすように言われているが、どこで身体をぬぐえばいいのか聞いていない。肌触りのいいナイトドレスを抱きしめて、レオナは窓の外を眺めているセリオスの背中に声をかけようとした。そのとき、セリオスが「来たな」とつぶやく。

「何が来たのですか?」
「伝書鳩だ。おそらく、ロデリックからだろう」

 セリオスは身をひるがえすと、一人がけの豪華な装飾のある椅子に腰かけ、足を組んだ。それから数分後、部屋を訪れたルドアースから、

『ロデリック・ベネットは、最愛の娘レオナ・ベネットと、我が尊敬申し上げるセリオス・ダムハート王子殿下との結婚をここに祝福し、その門出を心より慶ぶものである』

 との伝書が読み上げられた。

「お父さまがお許しくださったのですね。ほかには? ほかには何と書かれていますか? お父さまはお身体を崩してないでしょうか?」

 ルドアースがセリオスに手紙を渡すと、すぐにレオナは彼に近づいた。その手もとをのぞき込むと、セリオスはレオナに手紙を差し出す。

「娘を案じる言葉ばかりだ。このような手紙をすぐにしたためられるのだから、元気でいるだろう」
「見てもいいですか?」

 そう尋ねて、レオナは手紙を受け取る。セリオスの言う通り、手紙の内容はレオナの幸福と健康、一日もはやい帰還を祈る文言が並んでいた。

「ルドアース、フロストからはまだか?」
「今ごろ、宮殿では騒ぎになっているのではないでしょうか。日没までに届くのを祈りたいところです」
「騒ぎなどと大げさな。枢密院のやつらが己のメンツをかけて意地の張り合いをしているだけだろう」
「国益のためでしょう」
「ではなおさら、ロデリックは信用を失った俺の後ろ盾になるのだから、ベネット公爵令嬢との結婚は悪くない話だ」

 さとすルドアースに、セリオスは面白くなさそうに言うと、ひじかけにもたれてひたすら時間が経つのを待った。

 フロスト宰相から裁可の知らせが届いたのは、水平線の奥に太陽が沈みかかる直前だった。

 枢密院の話し合いがどうであったのか、レオナには知らされなかったが、無事に裁可を得ることができ、ほっとした。セリオスがレオナにとって最大の保護者になった瞬間だった。

「さっきから、何を大事そうに抱えているんだ?」

 すっかり日が暮れたころ、セリオスはレオナの腕の中にあるシルクの布へ目を向けた。

「殿下は……、お風呂をどうなさるのですか?」
「風呂?」

 そう言われて初めて、レオナの抱えるものがナイトドレスだと気づいた彼は、暖炉の前を指差した。

「そろそろ湯が運ばれてくるだろう。毎日、決まった時間に桶の湯が用意される」
「お湯につかれるのですか?」
「もちろん」

 ここ数日、レオナは湯で湿らせた布で身体をぬぐうだけだった。それなのに、罪人であるセリオスは毎日のように風呂に入っていたようだ。

「あの……、私も入ってもよいのでしょうか?」

 ひかえめに尋ねたが、目が期待感に満たされていたのか、セリオスはおかしそうに目を細めた。そのとき、扉がノックされ、ルドアースの声がする。

「湯をお運びしました」
「入れ」

 部屋の鍵はレオナに渡されていたが、二つずつあるのだろうか、ルドアースが鍵を開けると、兵士が大きな桶を運んでくる。その中にはなみなみと湯が注がれ、白い湯気が立っている。

 湯の温度を確認したルドアースが兵士を部屋から出ていかせると、その様子を寝椅子に転がって見ていたセリオスが立ち上がる。

「湯の片付けはいらぬ。朝まで誰も来る必要はない」
「かしこまりました。暖炉の薪を多めに用意しておきましょう」
「気が利くな」

 セリオスが満足そうに言うと、ルドアースはすぐに薪を用意させ、部屋の安全を確認すると、「おやすみなさいませ」と頭をさげて出ていった。

「さあ、湯が冷めぬうちに入ろう」

 ルドアースが扉に鍵をかけるや否や、セリオスがレオナの方へやってくる。入ろう? と、レオナは困惑しながら、セリオスを見上げる。

「入りたいのだろう? 後ろを向け。脱がせてやる」
「え……」
「ひもがほどけないのだろう?」
「あ、いいえ。脱ぐのはできます……」

 ふるふると首を横に振ると、セリオスがいきなりシャツを脱ぎ捨てるから、驚いてナイトドレスを落としてしまった。

 レオナは視線を泳がせた。目の前にさらされた、あまりに見事な筋肉質の身体は芸術品のように美しかった。公爵家に飾られた英雄の彫刻を模したかのような造形美を、とてもではないが直視できない。

「そんなに驚くことはない。幽閉生活とはいえ、毎日の鍛錬は欠かさない。すぐにでも戦場で闘える力はつけている」
「何も……何も疑ってはおりません」
「いつでも国王を殺しにいけると思っているなら、おびえるな。放っておけば死ぬ者の死期を、わざわざ早まらせるほど愚かではない」
「そのようなことは、決して」

 思ってもないようなことを言われて、レオナは身をすくめた。ただ、美しい身体に胸がざわついたなんて言えるはずはなく、それがおびえてるように見えてるなんて思いもしない。誤解するセリオスは、さらに不可解なことを言った。

「では、何が不満だ。結婚の儀式におびえる必要はない」
「結婚の儀式……?」

 お風呂につかることが? と、レオナはきょとんとした。そのような儀式があるなんて聞いたことがない。

「おまえは結婚の儀式を知らないのか?」
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