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旅路編
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セリオスに触れられた身体がまだ熱を持っていた。しかし、この熱が冷める前に、セリオスは戻ってきてくれないだろう。レオナは湯桶の中でひざをかかえて座り、そこへあごを乗せた。長い砂色の髪が水面を漂う。
セリオスが美しい銀色だと褒めてくれた髪がキラキラと光っているように見えたが、乾いてしまえばまた薄汚い砂色になってしまう。まるで、セリオスが褒めてくれる間だけ輝いていられるだけで、真実のレオナの姿は何も変わらないのと同じようだ。
レオナは女主人が用意してくれたチュニックに着替え、茶色のローブを羽織る。まだ湿り気を帯びている髪を一つにまとめ、フードで隠すと階段をおりた。
笑い声につられて歩いていくと、厨房で上機嫌に使用人と話す女主人の姿があった。女主人はすぐにレオナに気づき、廊下へ出てきた。レオナが外へ出たいのだと話すと、夜の町にひとりで出かけるのは危ないと忠告してくれたが、少し外の空気を吸いたいだけだからとさらに言うと、しぶしぶランタンを持たせてくれた。
レオナはランタンを片手に宿の外へ出た。辺りはすっかり日が沈み、数歩先も真っ暗でよく見えない。ランタンを掲げて周囲を照らしながら歩いていくと、遠目に灯りが見えてきた。
あれは、何の灯りだろう。セリオスの居場所もわからないまま出てきてしまい、見つからなければすぐに戻ろうと思っていた。しかし、好奇心にかられて歩き出す。そのときだった。
「この町は民家を除いて、酒場と宿が一軒ずつしかないようですね」
急に後ろから話しかけられて、レオナの身体は驚きのあまり飛び上がる。あわてて振り返り、ランタンを突き出すと、フードをかぶった金髪の男が闇に浮かびあがる。
「れ、レイヴンっ」
「そんなに驚かなくとも」
レイヴンはククッと笑う。驚く姿が、よほど滑稽に見えたのだろう。恥ずかしくて顔を赤らめてしまうと、レイヴンの目に、すっかり気を許した仲間に見せるような優しさが帯びて、それはそれで居心地悪くなってしまう。
「いつからそこにいたのですか?」
レオナはおずおずと尋ねる。
「物音がしたので外をのぞきましたら、レオナさんが宿を出ていく姿が見えたので、追いかけてきたのですよ」
「では、ずっと後ろにいたのですか?」
「ここの住人はみな、山から切り出した資材をリーヴァまで運び、それを売って生計を立てているものたちばかりのようです。セリオス殿が身分の高い騎士なのは見てわかるでしょうし、レオナさんを誘拐すれば金になると良からぬことを企む住人がいてもふしぎではありませんからね。護衛のためについてきました」
だから、女主人も危ないと忠告してくれたのだろうか。しかし、無理に引きとめなかったのだから、それほどの心配はいらなかっただろう。
「レイヴンは心配しすぎです」
「レオナさんに何かあっては困りますから」
「楽園に入れなくなるからですか?」
自身に価値があることも、ないこともわかっている。レオナが不機嫌を隠さずに言うと、レイヴンはうっすらと口もとに笑みを浮かべる。
「それもありますとだけ言っておきましょうか。さて、こんな暗い中、どこに行かれるのですか?」
「セリオス様を探していただけです」
「ああ。でしたら、あの先に見える酒場にいますよ」
レイヴンは遠目に見える灯りを指差す。どうやら、あれは酒場から漏れる光のようだ。レイヴンはなんでも知っているようで、レオナは感心してしまう。
「酒場とはどのようなものなのですか?」
「エルアルムのご令嬢は何もご存知ないのですね。男女が出会い、酒を飲み交わし、恋仲になる場所ですよ。レオナさんのような純真な方が行くような場所ではありません」
「でも、セリオス様は酒場にいらっしゃるのですよね?」
レオナは気がかりになって、レイヴンの目をのぞき込む。男女が恋仲になる場所だなんて冗談だろうと思ったが、意外にも冷めた目をしているから、本当なのだろうかとますます不安になってしまう。
「騎士団の方と入っていきましたよ」
「騎士団?」
「ええ。フォルフェス騎士団の紋章がついたマントを着ていましたから、騎士団の方だと思います」
たしか、オリビアという女の人は、セリオスが氷嶺監獄から解放されたと聞いて駆けつけたと言っていたのだったか。
「どのような方だったのでしょうか」
「それはそれは美しい方でしたね」
レイヴンは意地悪そうな笑みを浮かべる。からかっているのだろうか。しかし、からかいにもならない。レオナより美しい人がセリオスの周りにいくらでもいるだろうことはわかっている。
「レイヴンの好みの方なのですね」
からかい返したつもりだったが、セリオスにとってもそうなのだろうかと、自身の言葉に不安になった。
レオナとセリオスが出会う前からふたりは知り合いだった。レオナとの結婚を躊躇しなかったセリオスを思えば、恋仲であるはずはない。しかし、本当にそうなのだろうか。王子との結婚は簡単ではないが、騎士団の団長と団員が惹かれ合い、長旅の中で身体を重ね合う仲になるのは容易な気がした。
レオナの身体を見つめるセリオスの真剣なまなざしが、別の人の身体にも向けられている。そんな想像をしたら、そわそわと落ち着かなくなった。だから、セリオスはレオナを抱かないと言ったのだろうか。オリビアという女の人を抱くために。悪い想像はどんどんふくらんだ。
「私はレオナさんをかわいらしいと思いますよ」
セリオスが美しい銀色だと褒めてくれた髪がキラキラと光っているように見えたが、乾いてしまえばまた薄汚い砂色になってしまう。まるで、セリオスが褒めてくれる間だけ輝いていられるだけで、真実のレオナの姿は何も変わらないのと同じようだ。
レオナは女主人が用意してくれたチュニックに着替え、茶色のローブを羽織る。まだ湿り気を帯びている髪を一つにまとめ、フードで隠すと階段をおりた。
笑い声につられて歩いていくと、厨房で上機嫌に使用人と話す女主人の姿があった。女主人はすぐにレオナに気づき、廊下へ出てきた。レオナが外へ出たいのだと話すと、夜の町にひとりで出かけるのは危ないと忠告してくれたが、少し外の空気を吸いたいだけだからとさらに言うと、しぶしぶランタンを持たせてくれた。
レオナはランタンを片手に宿の外へ出た。辺りはすっかり日が沈み、数歩先も真っ暗でよく見えない。ランタンを掲げて周囲を照らしながら歩いていくと、遠目に灯りが見えてきた。
あれは、何の灯りだろう。セリオスの居場所もわからないまま出てきてしまい、見つからなければすぐに戻ろうと思っていた。しかし、好奇心にかられて歩き出す。そのときだった。
「この町は民家を除いて、酒場と宿が一軒ずつしかないようですね」
急に後ろから話しかけられて、レオナの身体は驚きのあまり飛び上がる。あわてて振り返り、ランタンを突き出すと、フードをかぶった金髪の男が闇に浮かびあがる。
「れ、レイヴンっ」
「そんなに驚かなくとも」
レイヴンはククッと笑う。驚く姿が、よほど滑稽に見えたのだろう。恥ずかしくて顔を赤らめてしまうと、レイヴンの目に、すっかり気を許した仲間に見せるような優しさが帯びて、それはそれで居心地悪くなってしまう。
「いつからそこにいたのですか?」
レオナはおずおずと尋ねる。
「物音がしたので外をのぞきましたら、レオナさんが宿を出ていく姿が見えたので、追いかけてきたのですよ」
「では、ずっと後ろにいたのですか?」
「ここの住人はみな、山から切り出した資材をリーヴァまで運び、それを売って生計を立てているものたちばかりのようです。セリオス殿が身分の高い騎士なのは見てわかるでしょうし、レオナさんを誘拐すれば金になると良からぬことを企む住人がいてもふしぎではありませんからね。護衛のためについてきました」
だから、女主人も危ないと忠告してくれたのだろうか。しかし、無理に引きとめなかったのだから、それほどの心配はいらなかっただろう。
「レイヴンは心配しすぎです」
「レオナさんに何かあっては困りますから」
「楽園に入れなくなるからですか?」
自身に価値があることも、ないこともわかっている。レオナが不機嫌を隠さずに言うと、レイヴンはうっすらと口もとに笑みを浮かべる。
「それもありますとだけ言っておきましょうか。さて、こんな暗い中、どこに行かれるのですか?」
「セリオス様を探していただけです」
「ああ。でしたら、あの先に見える酒場にいますよ」
レイヴンは遠目に見える灯りを指差す。どうやら、あれは酒場から漏れる光のようだ。レイヴンはなんでも知っているようで、レオナは感心してしまう。
「酒場とはどのようなものなのですか?」
「エルアルムのご令嬢は何もご存知ないのですね。男女が出会い、酒を飲み交わし、恋仲になる場所ですよ。レオナさんのような純真な方が行くような場所ではありません」
「でも、セリオス様は酒場にいらっしゃるのですよね?」
レオナは気がかりになって、レイヴンの目をのぞき込む。男女が恋仲になる場所だなんて冗談だろうと思ったが、意外にも冷めた目をしているから、本当なのだろうかとますます不安になってしまう。
「騎士団の方と入っていきましたよ」
「騎士団?」
「ええ。フォルフェス騎士団の紋章がついたマントを着ていましたから、騎士団の方だと思います」
たしか、オリビアという女の人は、セリオスが氷嶺監獄から解放されたと聞いて駆けつけたと言っていたのだったか。
「どのような方だったのでしょうか」
「それはそれは美しい方でしたね」
レイヴンは意地悪そうな笑みを浮かべる。からかっているのだろうか。しかし、からかいにもならない。レオナより美しい人がセリオスの周りにいくらでもいるだろうことはわかっている。
「レイヴンの好みの方なのですね」
からかい返したつもりだったが、セリオスにとってもそうなのだろうかと、自身の言葉に不安になった。
レオナとセリオスが出会う前からふたりは知り合いだった。レオナとの結婚を躊躇しなかったセリオスを思えば、恋仲であるはずはない。しかし、本当にそうなのだろうか。王子との結婚は簡単ではないが、騎士団の団長と団員が惹かれ合い、長旅の中で身体を重ね合う仲になるのは容易な気がした。
レオナの身体を見つめるセリオスの真剣なまなざしが、別の人の身体にも向けられている。そんな想像をしたら、そわそわと落ち着かなくなった。だから、セリオスはレオナを抱かないと言ったのだろうか。オリビアという女の人を抱くために。悪い想像はどんどんふくらんだ。
「私はレオナさんをかわいらしいと思いますよ」
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