砂色のステラ

水城ひさぎ

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旅路編

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 コンヒスは小さな町だった。騎士団一行が到着したと聞いた住人は、今日は騎士がよく来る日だと騒いでいた。どうやら、ほかの騎士団の一員も来ているらしい。それは珍しいことのようだった。

 ベリウスが一晩泊まれる宿と、何か温かいものをお願いしたいと住人に頼むと、町で唯一の宿に案内された。普段はあまり旅人は来ないようで、宿の中へ入ると、古びた木の香りがして、少し湿った空気が漂っていた。

 レオナはセリオスとともに部屋へ入る。小さな窓から差し込む夕暮れの光が、薄暗い室内に置かれたベッドを照らしていた。今日はベッドで眠れるのだと思ったら、一気に疲れが押し寄せてきた。すぐに横になってしまいたかったが、身体から汗臭い匂いがして、落ち着かなくなった。

 ここ数日、お風呂に入っていなかった。セシェ島に渡って以降、不便な生活にはなれていたつもりだったが、セリオスの前ではかぐわしい香りを漂わせていたかった。

 まだ香水が残っているはずだ。レオナが床に置いたトランクを開けて瓶を探していると、セリオスが上からのぞき込んでくる。

「何をしてる?」
「あ……、あの、香水を」
「香水?」

 セリオスはふしぎそうに首をかしげたあと、「ああ」と息をつく。

「すぐに風呂の用意をさせよう」

 彼は勘がいい。レオナの望みを簡単に見抜いてしまえるのだから、ほかの女の人にもこうして……と、どうしても考えてしまう。魔物の脅威がなくなったとたんに嫉妬なんかして、見苦しいとレオナは恥ずかしくなる。

「いいのですか? みなさん、お食事を先にしたいのでは」
「そんなことを気にする必要はない」

 セリオスはあきれ顔をしたが、ふっと優しい笑みを見せる。

「あいつらが俺たちより先に食べないと思っているなら、好きなように食べろと言っておく。待っていろ。すぐに湯を持ってくるよう頼んでくるから」

 そう言うと、セリオスは部屋を出ていった。しばらくして、セリオスが戻るとともに宿の女主人と若い給仕たちが大きな木桶を運んできた。

「大急ぎで湯を焚いているので、もう少しお待ちくださいますか。……ほれ、おまえたち、もっと急がないか。これだから不慣れは困る。ああ、もう。着替えはまだ用意できないのかい? お客さん、そちらのローブもすぐにお洗いしますね」

 女主人はあわただしく給仕に指示を出しながら、レオナに媚びるような笑みを見せては身の回りの世話を申し出た。

 給仕たちが入れ替わり立ち替わり、せっせと小さな桶に入れた湯を部屋に運び込むが、動きがぎこちなく、女主人をやきもきさせた。しかし、それほど待たずに木桶の中は湯で満たされた。

 部屋に風呂を用意させるのは、どうやら、特別なことらしい。騎士団の中でも高待遇を受けるレオナが何者なのかと、女主人は好奇心を隠せていなかったが、レオナに最大限の配慮をしてくれた。

「それでは、ごゆっくりどうぞ。お着替えはこちらに。食事はお声をかけてくだされば、部屋までお運びいたします」

 女主人は品の良い振る舞いで頭をさげると部屋を出ていった。

 まるで、高級宿の主人になったかのようだな、とセリオスは笑ったが、彼が相場以上の対価を支払ったからだろうことは、レオナにも想像がついた。セリオスが自分に対してこれほどまでに配慮してくれたことが、レオナにはうれしかった。

「さあ、入ろうか。背中を洗ってやる」

 不意に、セリオスはレオナのローブを脱がした。

「あの……、自分で」

 何度言ったらわかってくれるのだろう。もう着替えは一人でできるのに。

「疲れているだろう。おまえは何もせずともよい」

 レオナの当惑など無視して、セリオスは鎖かたびらをはずすと、その下にあるチュニックの腰ひもに手をかける。

「まっ、待ってください」
「なんだ?」
「一緒に……入るのですか?」

 レオナは不安げに尋ねるが、彼は声を立てて笑った。

「あたりまえだ。それとも何か、湯を浴びる妻をベッドから眺めていろと言うのか。それは拷問というものだ」
「でも、私をお抱きにはならないと……」
「触れるのも許してはくれないのか」
「あ……、それは私が拒んでいるのではなくて……」

 使命に集中するためか、はたまた旅の無事を祈る願掛けなのか、レオナと戯れることを禁忌にしたのは、セリオス自身ではないか。

「レオナは抱いてほしいのか?」

 セリオスの指先が、腰ひもをするりとほどく。チュニックを脱がされて、彼の視線が下がっていくと、恥ずかしくてたまらなくなる。

「手を出さずにいるには惜しい美しさだ。抱いてしまえたらどんなにいいか……」

 嘆きとは思えない麗しいため息とともに、キスが落ちてくる。何度か唇に優しく触れて、首筋に落ちる唇が熱い。

「どうしてこんなにも綺麗なのだ」

 レオナを責めるように言いながら、胸もとを見つめるセリオスの瞳に鋭さが宿る。冷静だった息は荒くなり、ふくらみを指が覆うから、レオナの身体はびくりと震える。

「おびえるな」

 セリオスはぴしゃりと言う。おびえてるわけじゃない。服を着たセリオスの前で裸になったままでいるのが恥ずかしかった。

「……おまえは柔らかいな。しかし、ここは素直に硬くなる。かわいいものだ」

 うっすら笑むセリオスに胸の先端を指で弾かれて、レオナは小さなため息を吐く。硬くなったそこを、舌を出すセリオスが下からなめあげる。その姿が妖艶で、レオナは湧き上がる歓喜で全身を震わせる。

 こんなにも身体が反応してしまっているのに、セリオスは抱いてくれないのだろうか。求める気持ちが止められなくなりそうで、レオナは彼の肩を押す。

「まだ……、お風呂に……」
「俺が洗ってやろう」

 木桶の中に沈められるように押し倒され、跳ねた湯がセリオスの前髪をぬらす。彼が自身のシャツのボタンをはずしたとき、部屋にノック音が響いた。

「誰だ」

 セリオスが少々いらだったように言う。

「団長! 私です。オリビアです」

 ドアの向こうで、はきはきとした女性の声がする。

「オリビア……?」
「幽閉解放と聞き、フリントとともにはせ参じました」

 セリオスは深いため息を吐くと立ち上がり、シャツを整えてドアに向かう。

「すぐに行く。下で待っていろ」
「はっ!」

 敬礼する姿まで想像できるような威勢のいい声がして、階段を降りていく足音が遠ざかる。

「セリオス様、今のはどなたですか?」

 オリビアって誰? 声も名前も女の人のものだった。しかし、その口調は軍人のような厳しさがあった。

「レオナは先に休んでいろ。少し出てくる」

 おまえは知らなくていい。そんなふうに突き放された気がした。傷ついた表情を浮かべたかもしれない。セリオスは眉をひそめたが、木桶につかるレオナを置いたまま、足早に部屋を出ていった。
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