砂色のステラ

水城ひさぎ

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旅路編

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「司令塔?」

 驚くと、後ろからレイヴンが話に入ってくる。

「おそらく、オークが司令塔です。私を取り逃したオークがゴブリンに指示を与え、洞窟まで追いかけてきた。まさか、仕留めたはずの私が戻ってくるとまでは思ってなかったでしょうが」
「そんなことがあるのですか? でしたら……」
「はい。そろそろ、仕掛けてくるはずです。もう少し先に行くと、道幅が広くなる場所があります。そこまでなんとか……」

 レイヴンが口をつぐむと同時に、ルドアースが叫ぶ。

「団長っ! 上ですっ」
「わかっている。ベリウスはレオナを連れて先に行け。レイヴン、おまえもだ。ここは俺とルドアースでなんとかするっ!」

 セリオスが手綱を離すと、アレスが道案内するように細い道を駆けていく。そのあとをベリウスが追いかけ、レイヴンも続いた。

「セリオス様っ」

 レオナはイリスの背に揺られながら振り返る。何かが山の斜面を滑り降りてくる。それは人の姿をしていた。しかし、肌の色は緑で、恐ろしい牙がむき出しになっていた。あれが、オークなのだろうか。

 ゴブリンとはまた違う異形の生き物に、レオナは全身に鳥肌が立つのを感じた。震えながら見守る中、セリオスがオークへ向かって剣を突き立てる。しかし、オークは倒れない。後ろに飛びすさった彼の背中が小さくなっていく。

「団長なら大丈夫です。レオナ様、一気に進みましょう」

 いつの間にか、道幅が広くなっていた。ベリウスがイリスに飛び乗り、ぐんぐんと加速する。そして、ベリウスの馬にまたがったレイヴンが後ろに続いてくる。その代わりに、セリオスの姿が見えなくなった。

 本当に大丈夫だろうか。いくら、大丈夫だと言われても不安だった。セリオスを信じてないわけじゃない。しかし、無事な姿を見るまでは安心なんてできない。レオナが祈るように震える指を組み合わせたそのとき、アレスが突然、右へ曲がった。

「レイヴンっ、止まれっ!」

 ベリウスは後ろへ向かって叫ぶと、レオナの腰を引き寄せ、もう片手で手綱を引っ張る。イリスが悲鳴をあげながら、前足を持ち上げる。

 眼前で揺らぐ景色に、レオナはめまいを覚えた。道の先がいきなり崖になっていて、足もとの小さな石がコロコロと転がり落ちていく。ベリウスの判断が少しでも遅ければ、イリスとともに真っ逆さまに落ちていた。

「ベリウス卿、ご無事ですかっ」

 馬をおりたレイヴンが駆け寄ってくる。ベリウスは汗の浮かぶひたいをぬぐい、片方の唇を引き上げる。

「死の山とはよく言ったものですよ。レオナ様に何かあっては、死ぬに死ねません」

 いつも陽気なベリウスのほおは強張っていたが、はあはあと肩で息をするレオナを抱えると、平坦な場所まで歩いて戻った。

「セリオス様たちは大丈夫でしょうか」

 すがるように、レオナはベリウスに尋ねた。

「待ちましょう。団長に何かあれば、アレスが行くはずです」

 アレスは耳をピンと立てていたが、冷静な目で来た道を見つめていた。ベリウスが戻ったところで、あの狭い道幅で魔物と戦うのは困難なのだろう。戻れば、足手まといになる。それこそ、レオナが望まないことだった。

 両手を組み合わせ、じっと待っていると、レオナは道の奥から走ってくる馬に気づいた。ルドアースの馬だ。その後ろから、ふたりの剣士が駆けてくる。

「セリオス様っ!」

 レオナは叫ぶとセリオスに向かって走った。彼はにやりと笑むと、両腕を広げてレオナを抱きとめる。

「何を震えている。あの程度の魔物に俺がやられると思うか」
「だって、心配です。もうこんな危ない道を通ってほしくありません」

 大げさな、とセリオスはくすりと笑うが、レオナの肩にそっと顔をうずめて、抱きしめる腕に感慨深く力を込めた。それはまるで、安心させるような優しいもので、レオナはようやくあんどの息をつく。

「レイヴン、この先はなるべく安全な道を進めるか?」
「魔物に見つからないことを祈りましょう」

 それしか言いようがないと、レイヴンは肩をすくめる。しかし、セリオスは満足げにうなずくと、レオナを抱きかかえたままアレスに乗った。

「レオナは俺の馬に乗せていく。峠まで休まず行くぞ」
「セリオス様……」

 レオナはセリオスの胸にしがみつく。片時も離れたくない。こんな気持ちになったのは、初めてかもしれない。

 セリオスは王子であると同時に騎士団の団長で、これから先もきっと危険な旅をする。そのたびに胸がつぶれるような思いをするのだろう。彼の妻になるということの重大さが重くのしかかり、レオナはますます不安になって、彼の背中に腕を回して抱きついた。

「あまり、おまえを愛おしがらせるな。我慢できなくなる」

 セリオスはレオナのこめかみに口づけると、手綱を引いた。

 我慢しなくていい。抱いてほしい。そう強く願うのも、初めてかもしれない。火照るほおをレオナは彼の胸にすりつけた。

 それから半日かけて峠にたどり着き、翌朝には、ゆるやかな坂を一気に駆けおりた。モンリス山のふもとにあるコンヒスの町へ到着したのは、王都を出発してから三日後のことだった。
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