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旅路編
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ルドアースは無言でレオナを見下ろした。その沈黙に、やはり無理だろうかと不安がよぎる。
「セリオス様がほかの団員の方に会っているようなので、私もごあいさつしたいのです」
そう申し出ても、ルドアースの表情は変わらない。心のうちが読み取れず、焦りを覚えていると、彼はようやく口を開いた。
「レオナ様をお連れしたら、団長はこころよく思われないと思います」
その言葉に胸がざわつく。
「なぜですか? セリオス様が私をさけているというのですか?」
強い口調だったかもしれない。ルドアースが驚きを隠せずにまばたきをした。
「そうは言っておりません。明日は早朝に出発しますので、団長はレオナ様にゆっくり休んでほしいと考えているはずです」
納得できず、レオナはむきになって食い下がる。
「少しあいさつがしたいだけです」
「困りましたね。しかし……、レオナ様はセシェ島まで乗り込んできた勇敢な方でしたね。わかりました。ご案内しましょう」
ルドアースは少し悩んだあと、譲歩してかかとをひるがえした。彼を追いかけようとしたレオナは、はたと気づいて振り返る。
「レイヴンは一緒に行きますか? ……レイヴン?」
ランタンを持ち上げて、周囲を照らす。どこにもレイヴンの姿がない。
「先ほど、宿へ戻りましたよ」
「そうなのですか? 全然気づきませんでした」
「彼は気配を感じさせない動きをします。なかなか油断ならない男ですね」
ルドアースは渋い顔をすると、宿の方へ目をやり、そのまま酒場へ向かって歩き始める。ルドアースはレイヴンをあまりよく思ってないのだろうか。気になったが、レオナは黙って彼に続いた。
ほどなくして、酒場の入り口が見えてきた。古びた家の窓からはほの明るい光が漏れ、扉の奥から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。ルドアースが扉を開くとにぎやかな声は一層大きくなり、中では大柄な男たちが酒の瓶を片手に、浮かれ騒いでいた。
宮殿のパーティーで繰り広げられる貴族たちの恋物語を本で読んだことがあるが、それとはまったく違う雰囲気だった。もっとロマンチックなものを想像していたレオナは、本当に男女が出会い、恋仲になる場所なのだろうかと、きょろきょろと周囲を見回しながら奥へ進んだ。
「団長」
ルドアースが壁際に座るセリオスへそっと声をかける。木製の器を口もとに運ぼうとしていた彼は、レオナに気づくと、わずかに眉をひそめた。そのまま、迷惑そうな視線をルドアースに向けて、「どうして来た?」と冷たい声を発する。
「申し訳ございません。レオナ様が団員にあいさつしたいとおっしゃいますので、お連れしました」
「あいさつ?」
「明日からはオリビアもフリントも同行しますから、レオナ様も気づかわれたのですよ」
ルドアースがレオナをかばうように言うと、セリオスは前に座るふたりへと視線を向けた。
「オリビアとフリント、彼女がレオナだ。フードを外せないのは許してやってくれ」
どうやら、気に入らないまでも、レオナを追い返すつもりはないらしい。フードをはずしていいのか迷っていたレオナは、彼の言葉に救われて、ふたりへと目を向けた。
セリオスの向かいに座るのは、細身の初老の男だった。いつもレオナが着ているものと同じローブをまとっている。彼が魔法使いだろう。
「レオナ・ベネットです。よろしくお願いします」
レオナが頭を下げると、男は「フリントとお呼びください」と柔和な笑顔を見せた。少しほっとする。冷たい人だったらどうしようかと不安だったのだ。
「レオナ様、私は騎士団隊長、オリビア・ミラージュと申します。私のことは、オリビアと。お目にかかれて光栄です」
フリントの隣に腰かけていた淡い金髪の女の人が手を差し伸べてくる。その瞳も金色で、肌は白く、背筋も伸びている。彼女には強さと知性を感じさせる清々しさがあった。
レオナとはまるで何もかもが違う。このような女性をそばに置きながら、レオナを妻にしたセリオスの考えがわからないと、これほど強く思ったことはないほどの美しさだった。レイヴンがレオナをかわいらしいと言ったのが、最大限のなぐさめだったとわかるほどに。
「ここへ至るまでのお話は団長よりうかがいました。長旅にはなりますが、我々がお守りいたしますので、どうぞ、ご安心ください」
「はい、よろしくお願いします」
レオナはオリビアの手を握り返した。騎士団の隊長とは思えない華奢な手だったが、レオナの何倍も温かみがあった。
思っていたのとは少し違うと戸惑った。オリビアの口調からすると、レオナがセリオスの妻であることは知っているようだ。それを妬み、セリオスを奪おうとしているようにはまったく見えない。きっと、酒場が恋仲になる場所だなんて話はレイヴンのでたらめなのだ。からかったのだろう。少し、彼には文句を言いたい気分になったが、ルドアースが下がろうとするのに気づいて、レオナは彼に声をかけた。
「どこに行かれるのですか?」
「宿へ戻ります」
「馬の様子を見に行かれるところでしたね。わざわざ送ってくださり、ありがとうございました」
レオナが丁寧に頭をさげると、セリオスがけげんそうにする。
「レオナはルドアースと宿にいたのではないのか?」
「外へ出たところでお会いしました。ルドアース卿は心配してくださったのです」
「ひとりで出てきたのか? ベリウスはどうした。レオナのことはベリウスに頼んだはずだが?」
宿に見張りがいなかったことをとがめたようだ。ルドアースは淡々とした表情で胸に手をあてた。
「申し訳ございません。ベリウスが馬車の準備で宿を離れた矢先だったのだと思います。今後はこのようなことのないように致します」
「レオナに何かあったらどうするつもりだ」
小言を言うセリオスを、レオナははらはらしながら見つめた。勝手に出てきたのはレオナだった。考えてみれば、セリオスがレオナひとりを宿に置いておくはずがない。レオナがいないと気づいて焦るベリウスが思い浮かんで申し訳なくなった。そのとき、くすりと笑い声がした。
「セリオス様がほかの団員の方に会っているようなので、私もごあいさつしたいのです」
そう申し出ても、ルドアースの表情は変わらない。心のうちが読み取れず、焦りを覚えていると、彼はようやく口を開いた。
「レオナ様をお連れしたら、団長はこころよく思われないと思います」
その言葉に胸がざわつく。
「なぜですか? セリオス様が私をさけているというのですか?」
強い口調だったかもしれない。ルドアースが驚きを隠せずにまばたきをした。
「そうは言っておりません。明日は早朝に出発しますので、団長はレオナ様にゆっくり休んでほしいと考えているはずです」
納得できず、レオナはむきになって食い下がる。
「少しあいさつがしたいだけです」
「困りましたね。しかし……、レオナ様はセシェ島まで乗り込んできた勇敢な方でしたね。わかりました。ご案内しましょう」
ルドアースは少し悩んだあと、譲歩してかかとをひるがえした。彼を追いかけようとしたレオナは、はたと気づいて振り返る。
「レイヴンは一緒に行きますか? ……レイヴン?」
ランタンを持ち上げて、周囲を照らす。どこにもレイヴンの姿がない。
「先ほど、宿へ戻りましたよ」
「そうなのですか? 全然気づきませんでした」
「彼は気配を感じさせない動きをします。なかなか油断ならない男ですね」
ルドアースは渋い顔をすると、宿の方へ目をやり、そのまま酒場へ向かって歩き始める。ルドアースはレイヴンをあまりよく思ってないのだろうか。気になったが、レオナは黙って彼に続いた。
ほどなくして、酒場の入り口が見えてきた。古びた家の窓からはほの明るい光が漏れ、扉の奥から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。ルドアースが扉を開くとにぎやかな声は一層大きくなり、中では大柄な男たちが酒の瓶を片手に、浮かれ騒いでいた。
宮殿のパーティーで繰り広げられる貴族たちの恋物語を本で読んだことがあるが、それとはまったく違う雰囲気だった。もっとロマンチックなものを想像していたレオナは、本当に男女が出会い、恋仲になる場所なのだろうかと、きょろきょろと周囲を見回しながら奥へ進んだ。
「団長」
ルドアースが壁際に座るセリオスへそっと声をかける。木製の器を口もとに運ぼうとしていた彼は、レオナに気づくと、わずかに眉をひそめた。そのまま、迷惑そうな視線をルドアースに向けて、「どうして来た?」と冷たい声を発する。
「申し訳ございません。レオナ様が団員にあいさつしたいとおっしゃいますので、お連れしました」
「あいさつ?」
「明日からはオリビアもフリントも同行しますから、レオナ様も気づかわれたのですよ」
ルドアースがレオナをかばうように言うと、セリオスは前に座るふたりへと視線を向けた。
「オリビアとフリント、彼女がレオナだ。フードを外せないのは許してやってくれ」
どうやら、気に入らないまでも、レオナを追い返すつもりはないらしい。フードをはずしていいのか迷っていたレオナは、彼の言葉に救われて、ふたりへと目を向けた。
セリオスの向かいに座るのは、細身の初老の男だった。いつもレオナが着ているものと同じローブをまとっている。彼が魔法使いだろう。
「レオナ・ベネットです。よろしくお願いします」
レオナが頭を下げると、男は「フリントとお呼びください」と柔和な笑顔を見せた。少しほっとする。冷たい人だったらどうしようかと不安だったのだ。
「レオナ様、私は騎士団隊長、オリビア・ミラージュと申します。私のことは、オリビアと。お目にかかれて光栄です」
フリントの隣に腰かけていた淡い金髪の女の人が手を差し伸べてくる。その瞳も金色で、肌は白く、背筋も伸びている。彼女には強さと知性を感じさせる清々しさがあった。
レオナとはまるで何もかもが違う。このような女性をそばに置きながら、レオナを妻にしたセリオスの考えがわからないと、これほど強く思ったことはないほどの美しさだった。レイヴンがレオナをかわいらしいと言ったのが、最大限のなぐさめだったとわかるほどに。
「ここへ至るまでのお話は団長よりうかがいました。長旅にはなりますが、我々がお守りいたしますので、どうぞ、ご安心ください」
「はい、よろしくお願いします」
レオナはオリビアの手を握り返した。騎士団の隊長とは思えない華奢な手だったが、レオナの何倍も温かみがあった。
思っていたのとは少し違うと戸惑った。オリビアの口調からすると、レオナがセリオスの妻であることは知っているようだ。それを妬み、セリオスを奪おうとしているようにはまったく見えない。きっと、酒場が恋仲になる場所だなんて話はレイヴンのでたらめなのだ。からかったのだろう。少し、彼には文句を言いたい気分になったが、ルドアースが下がろうとするのに気づいて、レオナは彼に声をかけた。
「どこに行かれるのですか?」
「宿へ戻ります」
「馬の様子を見に行かれるところでしたね。わざわざ送ってくださり、ありがとうございました」
レオナが丁寧に頭をさげると、セリオスがけげんそうにする。
「レオナはルドアースと宿にいたのではないのか?」
「外へ出たところでお会いしました。ルドアース卿は心配してくださったのです」
「ひとりで出てきたのか? ベリウスはどうした。レオナのことはベリウスに頼んだはずだが?」
宿に見張りがいなかったことをとがめたようだ。ルドアースは淡々とした表情で胸に手をあてた。
「申し訳ございません。ベリウスが馬車の準備で宿を離れた矢先だったのだと思います。今後はこのようなことのないように致します」
「レオナに何かあったらどうするつもりだ」
小言を言うセリオスを、レオナははらはらしながら見つめた。勝手に出てきたのはレオナだった。考えてみれば、セリオスがレオナひとりを宿に置いておくはずがない。レオナがいないと気づいて焦るベリウスが思い浮かんで申し訳なくなった。そのとき、くすりと笑い声がした。
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