砂色のステラ

水城ひさぎ

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旅路編

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 セリオスが不機嫌そうにそちらを見ると、オリビアがあきれ顔をする。

「団長がそのように動揺なさるなんて珍しい。バルター王子はまだモンリスを越えてもいないでしょう。あまり心配せずとも危険はありませんよ」
「バルターだけが心配なのではない」
「でしたら、レオナ様の警護は私が致します。ベリウスは少々、忙しすぎるのではありせんか?」

 レオナは驚いた。セリオスにまっすぐ意見する人を初めて見たからだ。

「オリビアがそう言うならそうしよう」

 片方の眉をぴくりとあげていたセリオスも、意外なほどにすぐにうなずいた。

「では、今夜は私とレオナ様を同じ部屋にしてくださってかまいませんよ」

 オリビアの目はからかうように笑っていた。セリオスは気まずそうに咳払いすると、「いや、それは必要ない」と目をそらす。自分ではわからない何かのやりとりがされているようで落ち着かなくなる。

「では、私は失礼いたします。オリビア、あなたはおしゃべりが過ぎます。レオナ様をあまり遅くまで引きとめないように」
「わかってますよ、副団長」
「本当にわかっていますね?」

 釘をさしたルドアースが酒場を出ていく後ろ姿を見送っていると、「レオナ、隣へ座れ」とセリオスに手をつかまれた。

「ひどく冷えてるな。外に出るなと言っておくべきだった」

 セリオスはレオナの腰を抱き寄せると、冷え切った手のひらを優しく両手で包み込んでくる。彼の手もポカポカしていた。オリビアの手が熱いと思ったのも、レオナの身体が冷え切っているからだったのだろう。

「すぐに温めてやろう。レオナ、食事は?」
「まだ何も……」
「そうか」

 セリオスはテーブルの上の皿を引き寄せる。そこには、こんがり焼けた肉厚のソーセージが乗っていた。

「少し食べておけ」

 ソーセージを切り分けてくれるセリオスに驚きながら、レオナは口もとに運ばれてきた肉片を受け取り、ぱくりと食べる。その様子をオリビアとフリントが驚くように見ている。よほどレオナの世話を焼くセリオスが珍しいのだろう。

 王子としての威厳が保てているのか不安になったレオナは、お皿ごと引き寄せると自分で食べた。しかし、その様子をセリオスがじっと見てくるから、すぐに胸もお腹もいっぱいになってしまった。

「あの……、騎士団の方はあとどのぐらいいらっしゃるのですか?」

 レオナが尋ねると、フリントが口を開く。

「団長をはじめ、私たち5人を含めますと、総勢50名でございます。副団長はルドアース殿のみでして、隊長はこのオリビア殿とベリウス殿。そして、上級騎士が8名ほどおります」
「魔法使いの方は?」
「私のほかにあと2人おります」
「大きな部隊なのですね」

 レオナが感心すると、オリビアが胸を張る。

「団長への忠誠心はこの2年でまったく衰えておりません。むしろ、セシェ島にありながら、我々の身を守ってくださった団長への敬意は増し、大陸全土へ響き渡っております。その勢力は今後、拡大し続けるでしょう」
「オリビア、あまり期待させるな」

 セリオスが苦言する。

「期待してもかまわないではありませんか。団長が国王陛下になる日を我々は期待しております」
「それはもうルカに決まった。気に入らないやつを引き止める必要はない。あまり、もめごとは起こすな」
「私がいつ、もめごとを……っ」

 身を乗り出すオリビアの肩を、フリントがそっとつかむ。

「オリビア殿は間違っておりませんよ。2年もの間、よくぞ団員の面倒を見てくださいました。オリビア殿あってこそのフォルフェスでもありますよ」
「団長はそうは思ってないようですが?」

 ふんっとオリビアは鼻を鳴らすが、セリオスは愉快そうに目を細めた。

「それについては礼を言ったはずだ。リーヴァに着いたら、ミラージュ侯爵に真っ先に会いに行こう」

 ミラージュ……侯爵?

 レオナがまばたきをしてオリビアを見ると、フリントがふたたび、口を開く。

「オリビア殿はリーヴァを領土に持つミラージュ侯爵のご令嬢でございます。ミラージュ家は王家の娘が嫁ぐなど、ダムハート家とは縁の深い家柄でございます」
「そうだったのですね」

 レオナは納得した。オリビアが持つ高貴な品格には、王族を親族に持つからこその威厳が含まれている。公爵の養女であるレオナとは比べものにもならない。本物だからこそ持てる品格の前では、レオナは野道に咲く花程度の価値しかないだろう。

「私と団長は幼少のころからともに過ごしてまいりました。騎士団に入りたいと言ったときは、父もさすがに渋りましたが、私は末の娘ですので、ずいぶんと自由にさせてもらっているのですよ」
「セリオス様と兄弟のように育ったのですね……」

 レオナには兄弟はおろか、友人と呼べる知り合いもいない。ほんの少しうらやましいような気がしていると、セリオスがレオナの腕をつかむ。

「くだらない話をするなら、宿へ戻るぞ」
「セリオス様、私はまだお話が……」
「オリビアの話に付き合っていたら、夜が明ける。やめておけ」

 そのオリビアとずっと酒場で楽しんでいたのはセリオスではないか。自分はよくて、レオナはだめだなんてずいぶん勝手だ。

 レオナはフォルフェス騎士団のことも、騎士団にいるほかの魔法使いのことも、オリビア以外についても、まだまだ知りたいことはたくさんあったが、セリオスに手を引かれるままに酒場を出た。

「セリオス様っ、急にどうしたのですか? 私が酒場へ行ったから怒っているのですか?」

 足早に歩いていくセリオスは急に立ち止まると、顔を近づけてくる。レオナの持つランタンが彼の顔を照らし出す。その青い瞳にはいらだちが揺らめいている。

「こんなに冷たい身体を心配しないはずがないだろう。これからも俺は団員たちとこのように過ごすことがあるだろうが、そのたびに様子を見にくる必要はない。レオナはあれらとは違うのだ」
「違うって、何がですか?」
「レオナは騎士団員ではない。俺の妻であり、公爵令嬢である。団員たちはおまえを守るために存在しているが、決して馴れ合う必要はない」

 セリオスは声をくぐもらせてそう言う。レオナの身分が広まることを案じているのだろう。しかし、口に出さないといけないぐらい、自分の立場をわかれと彼は言うのだ。
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