砂色のステラ

水城ひさぎ

文字の大きさ
53 / 99
リーヴァ編

8

しおりを挟む
「素晴らしいです。今のは、何という魔法なのですか?」

 拍手をする小さな少年が、レオナの方を見ている。その茶色の瞳は透き通るように繊細で、どこか現実ではない何かを見ているような輝きを放っている。

「ルカ様……」

 なぜ、中庭にいるのだろう。レオナは驚いて、歩み寄ってくる少年を見つめる。彼の後ろにはメイドらしき女の人が付き従っているが、ほかには誰もいないようだ。バルターが来ているというのにふたりで屋敷内を回っているのだろうか。

「レオナさんですね。母上からステラサンクタだと聞きました」

 7歳とは思えないしっかりとした口調だが、好奇心の浮かぶ表情にはまだあどけなさがある。

「ステラサンクタをご存知なのですか?」
「もちろん。ですが、ステラサンクタの魔法を見たのは初めてです」

 ルカは後ろへ向かって手を伸ばす。

「エリス、ルーペを」

 メイドはエリスというらしい。黒髪で色白。物静かな雰囲気だが、レオナより少し年上に見える。彼女はエプロンのポケットから布を取り出すと、そこに包まれているレンズをルカに手渡す。

 レオナは使ったことがなかったが、そのレンズが拡大鏡と呼ばれるルーペだというのはすぐにわかった。ベネット公爵が資料を読むときによく使っていたのを知っていたからだ。

 何をするのだろう。見守っていると、ルカはルーペを噴水に向け、あちらこちらを眺めたあと、限りなく水面に近い場所に置き、中をのぞき込む。

 探しても何か見つかるはずがない。レオナが見せたのは魔法だとわかっているはずなのに、彼はそこに何らかの秘密がないか確かめずにはいられない性格のようだ。

「何もないですね。少しは仕掛けがあると思ってました」
「仕掛けがあるとしたら、魔石の力でしょうか。私も魔法を習ったわけではありませんので、うまく説明できないのですけれど」
「そうなんですね。早速、魔石の本を読んでみます」

 ルカは驚くほどに素直な勉強家のようだ。次期国王に選ばれてもふしぎのない聡明な少年なのだろう。

 レオナは7歳のころの自分を思い浮かべてみた。言語の勉強をするための家庭教師はつけられていたが、好奇心を持ってさまざまな本を読むには至らなかったように思う。

「エリス、母上に頼んでみてください。王都まではまだ何日もかかると聞いています」
「かしこまりました。ルカ様、次はどこへ行かれますか?」
「ステラサンクタに興味があります。ここにいたいです」

 好奇心を隠さずにルカが言うと、エリスがレオナに尋ねる。

「ルカ様がそうおっしゃっています。ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「あっ、私はかまいません。もうそろそろ、セリオス様がいらっしゃるかもしれませんけれど」
「伯父さんとも話がしたいです。セシェ島の生活がどのようなものだったのか知りたいのです」

 ルカの好奇心は果てることを知らないのかもしれない。

「座ってお話をしましょう」

 レオナがルカをガゼボに案内すると、彼はすぐに魔石に興味を示した。ペンダントについた魔石を手のひらに乗せて差し出すと、彼はおそるおそる手に取り、やはり、ルーペを使って魔石の中をのぞき込んだ。

「魔石は透き通ってないのですね」

 しばらくしてルカがそう言うと、思わずうなるレイヴンが口を開く。

「魔石の中には不純物があります。そちらの魔石は街の魔石屋が扱うにしては高価なものですから、不純物は少ない方なんですよ」
「高価なのですね。そのようなものとは知らずにいただいてよかったのですか?」

 レオナは申し訳なさげに言うが、レイヴンは気にするなとばかりにそっとほほえんでうなずく。

「純度が高いものは魔力も強くなりますから」
「どのようにしたら、純度の高い魔石になるのですか?」

 ルカが尋ねる。冷静な口調ではあるが、興味津々にレイヴンを見上げている。レイヴンがいてくれてよかった。質問攻めにされたら、レオナは困り果てるしかできなかっただろう。

「良い質問です。魔石は生物のように生きていて、内部で不純物の分解と吸収を繰り返し、純度を高めていくのですよ。かなりの年月を要しながら、高純度を得るのです」
「古い魔石ほど高価なのですか?」
「そうとも言えますね。まれに、新しいものでも高純度のものがあります。そういったものが掘り出し物として安く手に入ることもあるのですよ」
「目利きがきくといいのですね」
「そういうことです」

 レイヴンは満足そうにうなずく。優秀な生徒に教えるのを楽しむようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その出会い、運命につき。

あさの紅茶
恋愛
背が高いことがコンプレックスの平野つばさが働く薬局に、つばさよりも背の高い胡桃洋平がやってきた。かっこよかったなと思っていたところ、雨の日にまさかの再会。そしてご飯を食べに行くことに。知れば知るほど彼を好きになってしまうつばさ。そんなある日、洋平と背の低い可愛らしい女性が歩いているところを偶然目撃。しかもその女性の名字も“胡桃”だった。つばさの恋はまさか不倫?!悩むつばさに洋平から次のお誘いが……。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...