砂色のステラ

水城ひさぎ

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楽園編

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「……お父さまの髪?」
「この髪の色は、ステラサンクタであるエレノアと、サイラスの間に生まれたことの証。それをなぜ、汚らしいと言える?」

 父と母の……? ずっとみすぼらしいと思っていた髪は、父を感じられる唯一のものだったなんて思いもしない。

 セリオスは黙り込むレオナのチュニックを脱がせると、目を細めて鎖骨に人差し指を乗せる。

「おまえのどこが貧相なのだ。おまえほど清らかな美しさのある娘を俺は知らない。そうであるのに、これほどに魅力的な体も」
「そんなことは……」

 肌に押し付けた人差し指が、胸のふくらみの上を通り、谷間を通って薄っぺらなお腹にたどり着く。

「俺がどれほど我慢しているか。王都へ戻ったら、一晩中抱き続けてやる。魅力がないなどと言わせない」

 セリオスの鋭い目に見つめられて、レオナの体は熱くほてる。恥ずかしさのあまり、胸を隠して身をよじるが、ねばりつくように追いかけてくる視線から逃れられない。

「綺麗だ、おまえは」
「本当……ですか?」

 セリオス様がそう言ってくださるなら……、とレオナは胸もとを隠す手を離す。すると彼は目を細める。

「俺の愛を一身に受け、おまえはもっと美しくなるだろう。生涯、手放さないと誓う」

 生涯……? レオナはまばたきをする。

「私を王都へ連れていってくれるのですか……?」
「俺が教皇に逆らわないとでも思ったか」
「王国と教皇の対立は大問題になりかねません」
「また氷嶺監獄へ入れと枢密院のやつらが騒ぐなら、喜んで投獄されよう。おまえは必ず、俺に会いに来るからな」
 
 セリオスはにやりと笑うと、自身のシャツを脱ぎ捨てた。すると、レオナの目の前に革紐に通された指輪がつり下がる。

「あ……」

 レオナは手を伸ばし、その指輪に触れた。

「私の指輪……」
「ああ、そうだ。聖魔石の本当の力、見せてもらった」
「ステラの門を通られたのですよね?」
「あれほど神秘な光景を見たのは初めてだ」

 セリオスはレオナの手首をつかむと、指輪に触れる指先に唇を落とす。

「なぜ、この指輪を湖に置いていったのだ? 母親にもらったものだと大切にしていただろう。俺が見つけなければ、どうなっていたか」
「ステラの門を通らなければ、楽園までは半月ほどかかると聞いて」
「俺が助けに来ると信じていたか?」
「助けに来てくださったときに、困るといけないと思っていたのです。セリオス様なら、聖魔石の使い方に気づいてくださると信じていました」
「そうか。母親との思い出より、俺を優先したのだな。……これほど嬉しいことはないようだ」

 セリオスはうっすら笑むと、身をかがめ、レオナの唇に触れる。途端に、乾いた唇が急くように重ねられ、レオナは苦しさのあまり薄く口を開く。口内に入り込む舌は、飽き足らずにレオナをからめ取り、動きを止めた。そして、荒々しい呼吸を整えると、ふたたび深く入り込む。

 もう二度、セリオスに会えないかもしれない。ほんの少しでもそう思った瞬間の後悔を埋め尽くす激しいキスに、レオナも夢中になって受け止めた。

「セリオス様……」

 レオナは彼の首に腕を回し、とろんと下がる目で見上げる。

「なんだ。もう欲しいのか? 俺が」
「セリオス様が欲しいのでしたら……」
「ああ、欲しい。何もかもを手にしたい。おまえも、おまえとの子どもも」

 セリオスはレオナのひざをつかみ、ゆっくりと押し開く。

「今夜はできる予感がする」
「……わかるのですか?」

 レオナがふしぎそうに尋ねると、セリオスはくすりと笑う。

「おまえが言ったのではないか。楽園でなければ、子どもは授かれないと。いま、どこにいるのか忘れたのか?」
「楽園……です」
「そうだ。ここへ来て初めてわかった。ユーラスは時間の流れがゆったりとしている。だからこそ、ステラサンクタたちは穏やかに暮らしているのだろう。このような環境があれば、ユーラスでなくても、子どもは授かれるのではないか?」

 意外な言葉に驚いた。

「本当ですか?」
「少なくとも俺は、レオナとともに過ごしているときは穏やかな気持ちになれる」

 セリオスはいつになく優しく中へと入ってくる。そうであっても、レオナの身体には力が入ってしまう。

「セリオス様……、私は……」

 揺れ動く彼の手を握りしめて、レオナは考える。こうしているとき、穏やかな気持ちになれているだろうか。いや、安らぐようなものではなくて、穏やかなものとは程遠いけれど、決して怖いものでもなくて……。

 レオナはぎゅっとセリオスの背中を抱きしめる。もう甘いため息しか出てこないレオナの耳もとに唇をつけて、セリオスはささやく。

「おまえは俺の、楽園だ」
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