78 / 99
楽園編
11
しおりを挟む
*
石碑のある丘の上の広場には、色とりどりの花が咲き乱れ、そよぐ風に甘い香りが漂っている。凄惨な戦争の犠牲者たちの眠る場所は、その存在を忘れられることなく、ステラサンクタの手によって丁寧に弔われているようだった。
「おまえの髪は、水や風……自然に触れると銀に輝くふしぎな髪なのだな」
風になびく砂色の髪を優しくつかみ取り、セリオスはうっとりと眺める。
「ステラサンクタは自然に愛されております。妖精のいたずらでしょう」
黙っていられなかったのか、ロエルが楽しげに、そして誇らしげにそう言う。
「妖精か。ステラサンクタの存在そのものが神秘なものならば、ありえない話ではないな」
セリオスが妖精の存在を信じているとはとても思えないが、彼も愉快そうに言ったとき、広場に厳かな空気が漂い始め、フィリスが姿を見せた。
すぐさまロエルが足早に進み出て一礼すると、フィリスが口を開く。
「レイヴン・カーライルならびに、ベリウス・ダッドをここへ」
「ただちに」
ロエルが広場の中央へ向かって両手のひらを突き出すと、ふわりと円を描くような風が吹き、金色に光る輪が地面に浮かんだ。さらに風が渦を巻き、輪の光は次第に強くなっていく。すると、輪の中心に地面からせり上がるようにして、淡い水色の水晶に閉じ込められたレイヴンとベリウスが現れた。
こちらに気づいたベリウスが、内側から水晶を叩き、何かを叫んでいるが、声は届かない。一方、レイヴンは冷静な目でじっとフィリスを見つめていた。
「ロエル、ふたりを解放しなさい」
フィリスは優雅にかまえていたが、揺るぎない声で命じる。
ロエルは心配する様子を見せたが、微動だにしない教皇の命令に逆らうことはせず、ふたたび、両手を水晶に向けてそっと息を吐き出す。すると、水晶が淡く揺らめき、まるで霧が晴れるように消えていく。
「だ、団長っ! ご無事ですか!」
水晶が消えた途端、ベリウスが叫ぶ。
「俺のことは気にするな。ベリウスこそ、大変だったんじゃないのか?」
駆けつけるベリウスへ、彼のあわてぶりをからかうようにセリオスは声をかけた。
「それはもう、びっくりしましたよっ。剣でも魔法でもびくともしません。すべての力が水晶に吸収されてしまいました」
「ほう。では、バルターもおとなしくしているのだろうな。自らつかまりに来ただけとは、今ごろ悔しがっているだろう」
愉快げなセリオスは、ひとりごとのようにつぶやきつつ、静かにたたずむレイヴンへ目を移す。
「さあ、レイヴン、さっさと石碑とやらを確認して、王都へ帰るぞ」
レオナもレイヴンに駆け寄り、祈るように彼を見上げる。
「レイヴン、あの日にお父さまが来ていたなら、犠牲者を弔う石碑に名が刻まれているそうなのです。……探してみますか?」
気づかうようにレオナは尋ねた。
もし、名が見つからなければ、彼の旅は続くのだろう。あってもなくても、それはどちらもつらい選択でしかない。
固い表情をしていたレイヴンは、レオナと目を合わせると、静かに息をつく。
「もちろんです。このために来たのですから」
レイヴンはフィリスに歩み寄り、頭を深くさげる。
「ノクシスより参りました、レイヴン・カーライルと申します。私の父であるヒュー・カーライルは、15年前、ユーラスへ向かって旅立ちました。以降、父がノクシスへ帰ってくることはなく、あの争いに巻き込まれたのだと思っています」
フィリスは坂道の先にある神殿へと顔を向けたあと、レイヴンへ優しく話しかける。
「あのころのユーラスには、大陸中のものたちが訪れていた。神殿に多くの人が集まり、神に祈りを捧げ始めたそのとき、ユーラスを支配しようとする異国の兵士が神殿に攻め込んできた。ステラサンクタたちは力を合わせて応戦し、治療をほどこしたが、救われた命はわずかだった。あなたの父が当時、確かにユーラスを訪れていたならば、今日会えるでしょう」
「身元がわからなかったものはいないのですか?」
レイヴンが尋ねると、フィリスの代わりにロエルが答える。
「神殿へ入る際、多くの者が記帳をします。混乱の最中、記帳ができなかった者もいたかもしれませんが、出来得る限りお調べし、犠牲になった方たちのお名前を石碑に刻み、共同墓地に埋葬したのです」
「では……、父の骨を探すのは困難ですね」
レイヴンは最初からあきらめていたのか、冷静にそう言った。
「……おそらく。犠牲者が身につけていたものの一部は神殿で保管してあります。ご覧になりますか?」
「ぜひ」
「石碑に名があるか確認しましたら、ご案内いたしましょう。どうぞ、私についてきてください」
ロエルは一礼すると、花に囲まれた石碑に向かって歩き出す。その後ろを、レイヴンは神妙な面持ちで続いた。
石碑のある丘の上の広場には、色とりどりの花が咲き乱れ、そよぐ風に甘い香りが漂っている。凄惨な戦争の犠牲者たちの眠る場所は、その存在を忘れられることなく、ステラサンクタの手によって丁寧に弔われているようだった。
「おまえの髪は、水や風……自然に触れると銀に輝くふしぎな髪なのだな」
風になびく砂色の髪を優しくつかみ取り、セリオスはうっとりと眺める。
「ステラサンクタは自然に愛されております。妖精のいたずらでしょう」
黙っていられなかったのか、ロエルが楽しげに、そして誇らしげにそう言う。
「妖精か。ステラサンクタの存在そのものが神秘なものならば、ありえない話ではないな」
セリオスが妖精の存在を信じているとはとても思えないが、彼も愉快そうに言ったとき、広場に厳かな空気が漂い始め、フィリスが姿を見せた。
すぐさまロエルが足早に進み出て一礼すると、フィリスが口を開く。
「レイヴン・カーライルならびに、ベリウス・ダッドをここへ」
「ただちに」
ロエルが広場の中央へ向かって両手のひらを突き出すと、ふわりと円を描くような風が吹き、金色に光る輪が地面に浮かんだ。さらに風が渦を巻き、輪の光は次第に強くなっていく。すると、輪の中心に地面からせり上がるようにして、淡い水色の水晶に閉じ込められたレイヴンとベリウスが現れた。
こちらに気づいたベリウスが、内側から水晶を叩き、何かを叫んでいるが、声は届かない。一方、レイヴンは冷静な目でじっとフィリスを見つめていた。
「ロエル、ふたりを解放しなさい」
フィリスは優雅にかまえていたが、揺るぎない声で命じる。
ロエルは心配する様子を見せたが、微動だにしない教皇の命令に逆らうことはせず、ふたたび、両手を水晶に向けてそっと息を吐き出す。すると、水晶が淡く揺らめき、まるで霧が晴れるように消えていく。
「だ、団長っ! ご無事ですか!」
水晶が消えた途端、ベリウスが叫ぶ。
「俺のことは気にするな。ベリウスこそ、大変だったんじゃないのか?」
駆けつけるベリウスへ、彼のあわてぶりをからかうようにセリオスは声をかけた。
「それはもう、びっくりしましたよっ。剣でも魔法でもびくともしません。すべての力が水晶に吸収されてしまいました」
「ほう。では、バルターもおとなしくしているのだろうな。自らつかまりに来ただけとは、今ごろ悔しがっているだろう」
愉快げなセリオスは、ひとりごとのようにつぶやきつつ、静かにたたずむレイヴンへ目を移す。
「さあ、レイヴン、さっさと石碑とやらを確認して、王都へ帰るぞ」
レオナもレイヴンに駆け寄り、祈るように彼を見上げる。
「レイヴン、あの日にお父さまが来ていたなら、犠牲者を弔う石碑に名が刻まれているそうなのです。……探してみますか?」
気づかうようにレオナは尋ねた。
もし、名が見つからなければ、彼の旅は続くのだろう。あってもなくても、それはどちらもつらい選択でしかない。
固い表情をしていたレイヴンは、レオナと目を合わせると、静かに息をつく。
「もちろんです。このために来たのですから」
レイヴンはフィリスに歩み寄り、頭を深くさげる。
「ノクシスより参りました、レイヴン・カーライルと申します。私の父であるヒュー・カーライルは、15年前、ユーラスへ向かって旅立ちました。以降、父がノクシスへ帰ってくることはなく、あの争いに巻き込まれたのだと思っています」
フィリスは坂道の先にある神殿へと顔を向けたあと、レイヴンへ優しく話しかける。
「あのころのユーラスには、大陸中のものたちが訪れていた。神殿に多くの人が集まり、神に祈りを捧げ始めたそのとき、ユーラスを支配しようとする異国の兵士が神殿に攻め込んできた。ステラサンクタたちは力を合わせて応戦し、治療をほどこしたが、救われた命はわずかだった。あなたの父が当時、確かにユーラスを訪れていたならば、今日会えるでしょう」
「身元がわからなかったものはいないのですか?」
レイヴンが尋ねると、フィリスの代わりにロエルが答える。
「神殿へ入る際、多くの者が記帳をします。混乱の最中、記帳ができなかった者もいたかもしれませんが、出来得る限りお調べし、犠牲になった方たちのお名前を石碑に刻み、共同墓地に埋葬したのです」
「では……、父の骨を探すのは困難ですね」
レイヴンは最初からあきらめていたのか、冷静にそう言った。
「……おそらく。犠牲者が身につけていたものの一部は神殿で保管してあります。ご覧になりますか?」
「ぜひ」
「石碑に名があるか確認しましたら、ご案内いたしましょう。どうぞ、私についてきてください」
ロエルは一礼すると、花に囲まれた石碑に向かって歩き出す。その後ろを、レイヴンは神妙な面持ちで続いた。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
その出会い、運命につき。
あさの紅茶
恋愛
背が高いことがコンプレックスの平野つばさが働く薬局に、つばさよりも背の高い胡桃洋平がやってきた。かっこよかったなと思っていたところ、雨の日にまさかの再会。そしてご飯を食べに行くことに。知れば知るほど彼を好きになってしまうつばさ。そんなある日、洋平と背の低い可愛らしい女性が歩いているところを偶然目撃。しかもその女性の名字も“胡桃”だった。つばさの恋はまさか不倫?!悩むつばさに洋平から次のお誘いが……。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~
紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。
「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。
だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。
誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。
愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる