砂色のステラ

水城ひさぎ

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王都編

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 何度、細く暗い回廊を曲がったかわからない。窓もなく、光も差し込まない廊下を、ランタンの明かりだけを頼りに進んでいく。生温い風が時折吹き、じめじめとした湿気が身体にまとわりつくようだった。この、気が重くなる雰囲気を、レオナは知っていると思った。

 極寒ではないものの、セシェ島にある氷嶺監獄の重苦しさに似ている。バルターはすでに罪人として罰を受けているのだろう。地下牢に入る原因を作ったレオナを恨んでいるだろうか。一瞬、会うのが怖いと思ったが、セリオスを知りたいと願う気持ちを奮い立たせ、レオナはまっすぐ前を向いて進んだ。

「ああ……、よかった。ベリウス殿です」

 フリントがつぶやいた。

「ベリウス卿?」

 レオナが首をかしげたとき、牢屋の前にある椅子に座っていた男が跳ねるように立ち上がった。

「レオナ様ではありませんかっ。フリントやリネアさんまで、こんな辺鄙なところにどうしたんですかっ」
「ベリウス卿も、何をなさっているのですか?」
「俺は見張りですよ。ここの見張りは誰もやりたがらない上、バルター殿下がフォルフェス騎士団しか信用できないとおっしゃるので……」

 ベリウスはそっとレオナに顔を寄せると、「押しつけられたんですよ」と小声で言い、肩をすくめた。彼に似合いの仕事ではないかと、思わずレオナはそっと笑ってしまう。

「おい、騒がしいな。……誰だ?」

 奥の暗がりから響く低い声。湿った空気の中で、その声だけが鋭く際立つ。バルターの声だ。すっかりまいってしまってるのではないかと心配したが、ずいぶん張りのある元気そうな声だった。

「バルター殿下にお会いしたいのですが、お話してくれますでしょうか?」

 レオナがベリウスに懇願の目を向けると、彼はひゅっと驚いたように息を飲んで、後ろあたまをかいた。

「団長はご存知……ではありませんよね?」

 ベリウスがフリントやリネアに目を移し、当然だよな、と肩をすくめる。

「仕方ありません。殿下にうかがってみましょう」

 自身を鼓舞するようにベリウスは言うと、真っ暗な格子戸の奥に向かって声をかける。

「レオナ様がいらっしゃいました。お会いになりたいとのことですが、どうなさいますか?」
「……ほう、レオナ妃殿下が直々にだと? 落ちぶれた姿を笑いに来たとは思えぬ。よかろう。会ってやる」

 ベリウスは肩を落とす。できれば、会いたくないと断ってほしかったのだろう。彼は仕方なさそうに足もとのランタンを持ち上げると、レオナとともに格子戸の前へ移動する。そうして、牢の中を照らすようにランタンを掲げた。

 レオナは思わず息を飲んだ。ランタンの揺れる明かりに照らされたバルターは、奥のベッドに腰をかけていた。

 三ヶ月前、ギラギラとした欲望を全身にみなぎらせていたバルターとは思えないほど、落ち着き払っている。ほおは痩せ、目だけが強い意思を持ち、もともと長かった髪はさらに伸び、毛先は行き場を失ったようにうねっていた。

「何をしに来た。兄上がここへ来るのを許すはずはないが」
「お久しぶりでございます。殿下にどうしてもお尋ねしたいことがあって来たのです」
「今さら何を聞きたい。おまえを利用し、エルアルムを我がものにしようと企んだ理由か? そんなものに大した理由はない。誰しもが、権力欲というものを持っている。ステラサンクタであるおまえにはわからないかもしれぬが」

 バルターはゆっくり立ち上がると、格子戸の前までやってきた。以前より痩せてはいたが、その体躯は大きく、彼の持つ風格に威圧される。

「本当に兄上と結婚する気か? 王子妃の生活など、つまらなくて退屈に思うがな」

 豪華なドレスをじろじろと眺めたバルターは、うっすら笑むと身をかがめ、レオナと目線を合わせた。

「それで、何を聞きに来たのだ?」
「バルター殿下しか知らないことがあると聞き、やってきたのです」
「ほう。俺しか知らないことだと? 申してみよ。問いによっては答えてやらないでもない」
「エイダ王妃殿下についてなのですが……」

 バルターは眉をひそめ、鼻筋にしわを寄せた。あまり聞きたくない名前だったのかもしれない。しかし、もう引き下がれない。レオナは意を決して尋ねる。

「エイダ王妃殿下が亡くなられたあの日の出来事を知りたいのです。とても……、とても大事な一日だったはずです」

 セリオスが苦悩し、誰もが口を閉ざす出来事。もし、誰かがあの日を語るなら、陛下亡き今、バルターしかいない。祈る目で、レオナはバルターを見つめた。彼もまた、真意を探すように見つめ返してくると、凄みのある声を発した。

「知ってどうする?」

 バルターはじろりとにらみつけてきた。

「兄上が被った罪を暴き、やつを王位に就けるつもりか?」

 レオナはびくりと肩を震わせた。バルターは今、セリオスが被った罪……と言ったか。

「セリオス様は……」

 レオナは急激にカラカラになる喉をごくりと鳴らし、ふたたび口を開く。

「セリオス様は無実の罪で氷嶺監獄に送られたのですか……?」

 バルターはゆっくり目を細め、くるりと背を向ける。答える気はないのだ。レオナはベリウスが止めるのも聞かず、格子戸をつかんで彼の背中に問いかけた。

「教えてくださいっ。セリオス様はなぜ、罪を被ったのですか? それは、あの日と関係しているのですかっ?」
「レオナ様、おやめください。団長は罪を償いました。それがすべてです」

 ベリウスが声を押し殺す。

「でもっ、セリオス様は無実だった。それが広く大陸に知れ渡れば、立派な国王として、より民に認められるのではありませんか?」
「王になるもならないも、兄上は好きにやるだろう。どんな批判にさらされようと、守りたいものを守るのが兄上だ」
「セリオス様は何を守っているのですか?」

 氷嶺監獄に入ってまで、守りたかったものとは何なのだろう。バルターはそれを知っているのだ。

「教えてください、殿下っ。セリオス様は覚悟を決めておられるのです」
「……覚悟か。覚悟なら、俺もした。兄上にこの国は任せられないという覚悟を。それは失敗に終わったが、俺はやるべきことをしたのだ。しかし、まだ覚悟を決めていないやつが一人いる」
「それは、誰ですか……?」
「あの日は……陛下の誕生日であった」

 バルターはふたたびベッドに腰を据えると足を組み、そのギラギラとした目をレオナに向けた。

「パーティーには、各地の貴族が招かれていた。当然、ストークス伯爵も含まれる」
「では……」
「ああ」

 バルターの唇が、わずかにつり上がる。

「これ以上は、アメリアに聞け。あいつも……あの日、ここにいた」
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